EP:38.5
ジャックの独白は、まるで私宛てのラブレターだった。
どうしようもないほど、彼は私のことを想っているらしい。
ジャックの言う「君」は、きっと私のことなのだろう。
話の内容から察するに、ジャックはこの背中の傷の時の、当事者。
誘拐された貴族の子供は、ジャックだったに違いない。
当時の記憶はある。
だが、あの少年が憧れるような振る舞いを、私がした記憶はない。
少年を魔力暴走させた……ことは覚えている。
その後、少年がどうなったのかは知らない。
奇跡関連の事件だったから、恐らく"処理"されたはずだ。
その"処理"を覆して「記憶を取り戻した」という。
規格外にも程がある。
常人では考えられないわ。
ジャックは、当時のその記憶の「思い」を軸に、人生を歩んできた。
だからこそ、想い人への執着が異常なほどに濃く、深かったのだろう。
私が脅した時、彼の胸に、どれほどの激情が渦巻いたのか。
きっと、殺したいほどに怨んだろうな。
――ジャックはきっと、本当の私を知ったら、幻滅するだろう。
私はただ、任務を遂行しただけの女だ。
容赦なく人を殺し、まともに任務もこなせず、自分でミスした後始末も酷いモノだった。
そんな私に「憧れた」という。
でも、私は、そんな人間ではない。
ジャックの気持ちを否定して申し訳ないが、誰かに誇れる様な人間ではない。
私は、皇帝陛下に全てを捧げた。
その命令に一切の疑念を抱かず、時には赤子の命すらも奪った。
乳離れすらしていない、何も知らぬ命を。
命令であれば、容赦はしなかった。
同情も、しなかった。
「この殺しに意味があるのか」
「このターゲットが何をしたのか」
そんな疑問を、持つことは許されていない。
たとえ何も悪くない善良な市民だったとしても。
皇帝陛下のご命令こそが、絶対の正義だった。
それが私の生き方であり、存在の意義だった。
ジャックが私に抱く憧れは、私を知らないただの憧れに過ぎない。
誰かが人質になろうと、命令がなければ助けない。
そんな私に「なりたかった」と言ってくれるジャックに、返す言葉すら見つからない。
彼は、私の本当の姿を知って、それでも変わらず、私を想い続けてくれるのだろうか。
──今、少しだけ。
ほんの少しだけ、自分の過去を後悔している。
もっと、胸を張れるような生き方をしてくればよかった。
そう思う自分に、心がざわざわした。
けれど──
それも、もう関係のないことなのだ。
ジャックの語った内容から察するに、
私はすでに「処分対象」になったのだろう。
もう間もなくと「私の換り」がこの屋敷を訪れるはずだ。
そして、それを拒否できないだろう。
正確には、拒むという選択肢が存在しない。
皇帝陛下がそう望まれたのなら、それが絶対なのだ。
私の換り、つまり私は「皇帝陛下の希望に沿った働きが出来なかった」という事。
それは「任務の失敗」と同義。
そして、任務の失敗は許されていない。
私の存在価値が、無くなったに等しい。
それはつまり――。
何が悪かったのかは、分からない。
ジャックの事は彼女に依頼して護っていたし、妻として、あえて誘拐される選択をした。
それが皇帝陛下の意に反していたというのなら、
私には理解できない次元のことだったのだろう。
重要なのは、皇帝陛下がそう判断されたという事実だけ。
私の価値観は関係ない。
私が全ての様な人を置いて、去らねばならない事が、本当に悲しい。
ジャックの傍に居たい。
そう思う、この気持ちは、恋心なんだろうか。
……。
──そうだといい。
これが「好き」なら、嬉しい。
なぜ嬉しいのか、自分でもよく分からない。
ただ、子供のように甘えるジャックを、たまらなく愛おしいと感じる。
その想いに、名前があるのなら。
きっと「好き」なのだと信じたい。
せめて。
せめて、ジャックの事を許してもらおう。
皇帝陛下に逆らえば、命は無いのだから。
ジャックを罪に問わないで下さいと、この価値のない命を持って、お願いしよう。
──ああ。
ジャックを護ってくれた"彼女"にお礼はできそうにない。
申し訳ないけれど、今の私には、何もしてあげられない。
師匠の最後の願いと思って、寛大な心で許してくれると嬉しい。
ウェディングドレスも、アンクライトも、
全ては無意味になってしまった。
どうか「私の換り」の子に合わせてほしい。
全て私の我儘だったから。
──それから。
家族にも、最後に会いたかったな。
娘の花嫁姿を、見せたかった。
何一つ、親孝行できなかった。
本当に、ごめんね。
これらの想いは、私の胸に秘めておこう。
私の痕跡など、残してはいけない。
完全な「存在の抹消」は、少々厄介だから。
この後、私は誰かに殺されるのだろうか。
それとも、幽閉されるのだろうか。
存在価値の無くなった神の遣いの行先は知らない。
けれどそれは、もはや「生きている」とは呼べないだろう。
それはつまり──
存在しないということ。
私の未来は、皇帝陛下の望むままに。
――今更、後悔はしない。
自分の人生に、疑問は持たない。
でも、それでも。
少しだけ、少しだけ。
ジャックとの未来を、望んでしまう。
叶う事のない、切願を胸に。
なんでこんなにジャックを想うのかも分からない。
今、"失う"事に、”怖さ”を感じる。
それはきっと、抱いてはいけない想いのような気がする。
私はきっと、その様に作られていなかった。
(きっと、全てが、許されない……)




