表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/66

EP:38.5

ジャックの独白は、まるで私宛てのラブレターだった。

どうしようもないほど、彼は私のことを想っているらしい。


ジャックの言う「君」は、きっと私のことなのだろう。


話の内容から察するに、ジャックはこの背中の傷の時の、当事者。

誘拐された貴族の子供は、ジャックだったに違いない。


当時の記憶はある。

だが、あの少年が憧れるような振る舞いを、私がした記憶はない。

少年を魔力暴走させた……ことは覚えている。


その後、少年がどうなったのかは知らない。

奇跡関連の事件だったから、恐らく"処理"されたはずだ。


その"処理"を覆して「記憶を取り戻した」という。


規格外にも程がある。

常人では考えられないわ。


ジャックは、当時のその記憶の「思い」を軸に、人生を歩んできた。

だからこそ、想い人への執着が異常なほどに濃く、深かったのだろう。


私が脅した時、彼の胸に、どれほどの激情が渦巻いたのか。

きっと、殺したいほどに怨んだろうな。





――ジャックはきっと、本当の私を知ったら、幻滅するだろう。


私はただ、任務を遂行しただけの女だ。

容赦なく人を殺し、まともに任務もこなせず、自分でミスした後始末も酷いモノだった。


そんな私に「憧れた」という。


でも、私は、そんな人間ではない。

ジャックの気持ちを否定して申し訳ないが、誰かに誇れる様な人間ではない。


私は、皇帝陛下に全てを捧げた。

その命令に一切の疑念を抱かず、時には赤子の命すらも奪った。


乳離れすらしていない、何も知らぬ命を。

命令であれば、容赦はしなかった。

同情も、しなかった。


「この殺しに意味があるのか」

「このターゲットが何をしたのか」


そんな疑問を、持つことは許されていない。


たとえ何も悪くない善良な市民だったとしても。


皇帝陛下のご命令こそが、絶対の正義だった。

それが私の生き方であり、存在の意義だった。


ジャックが私に抱く憧れは、私を知らないただの憧れに過ぎない。


誰かが人質になろうと、命令がなければ助けない。


そんな私に「なりたかった」と言ってくれるジャックに、返す言葉すら見つからない。


彼は、私の本当の姿を知って、それでも変わらず、私を想い続けてくれるのだろうか。



──今、少しだけ。

ほんの少しだけ、自分の過去を後悔している。


もっと、胸を張れるような生き方をしてくればよかった。


そう思う自分に、心がざわざわした。




けれど──

それも、もう関係のないことなのだ。


ジャックの語った内容から察するに、

私はすでに「処分対象」になったのだろう。


もう間もなくと「私の換り」がこの屋敷を訪れるはずだ。


そして、それを拒否できないだろう。

正確には、拒むという選択肢が存在しない。


皇帝陛下がそう望まれたのなら、それが絶対なのだ。




私の換り、つまり私は「皇帝陛下の希望に沿った働きが出来なかった」という事。


それは「任務の失敗」と同義。

そして、任務の失敗は許されていない。


私の存在価値が、無くなったに等しい。


それはつまり――。




何が悪かったのかは、分からない。


ジャックの事は彼女に依頼して護っていたし、妻として、あえて誘拐される選択をした。


それが皇帝陛下の意に反していたというのなら、

私には理解できない次元のことだったのだろう。


重要なのは、皇帝陛下がそう判断されたという事実だけ。

私の価値観は関係ない。




私が全ての様な人を置いて、去らねばならない事が、本当に悲しい。


ジャックの傍に居たい。

そう思う、この気持ちは、恋心なんだろうか。


……。


──そうだといい。

これが「好き」なら、嬉しい。


なぜ嬉しいのか、自分でもよく分からない。

ただ、子供のように甘えるジャックを、たまらなく愛おしいと感じる。


その想いに、名前があるのなら。

きっと「好き」なのだと信じたい。




せめて。

せめて、ジャックの事を許してもらおう。

皇帝陛下に逆らえば、命は無いのだから。

ジャックを罪に問わないで下さいと、この価値のない命を持って、お願いしよう。




──ああ。

ジャックを護ってくれた"彼女"にお礼はできそうにない。

申し訳ないけれど、今の私には、何もしてあげられない。


師匠の最後の願いと思って、寛大な心で許してくれると嬉しい。




ウェディングドレスも、アンクライトも、

全ては無意味になってしまった。

どうか「私の換り」の子に合わせてほしい。


全て私の我儘だったから。




──それから。

家族にも、最後に会いたかったな。

娘の花嫁姿を、見せたかった。


何一つ、親孝行できなかった。

本当に、ごめんね。




これらの想いは、私の胸に秘めておこう。

私の痕跡など、残してはいけない。


完全な「存在の抹消」は、少々厄介だから。




この後、私は誰かに殺されるのだろうか。

それとも、幽閉されるのだろうか。


存在価値の無くなった神の遣いの行先は知らない。


けれどそれは、もはや「生きている」とは呼べないだろう。


それはつまり──

()()()()()ということ。




私の未来は、皇帝陛下の望むままに。














――今更、後悔はしない。

自分の人生に、疑問は持たない。


でも、それでも。

少しだけ、少しだけ。


ジャックとの未来を、望んでしまう。


叶う事のない、切願を胸に。


なんでこんなにジャックを想うのかも分からない。


今、"失う"事に、”怖さ”を感じる。

それはきっと、抱いてはいけない想いのような気がする。




私はきっと、その様に作られていなかった。




(きっと、全てが、許されない……)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ