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EP:04

修正:2025/05/07 DONE

彼はテーブルに小さな琥珀石を置いた。

どうやら防音効果が付与された魔道具らしい。

私たちの周りに円状のオーラが包み、そして見えなくなった。


防音障壁は、起動した瞬間だけ奇跡の痕跡オーラが見える。

その後、オーラは効果を残したまま透明になり、見た目に映らない。

誰かが突然入ってきたとしても、奇跡が使用されている事は悟られない。


「さて、まぁ、同い年だし、夫婦だし、少し砕けるよ」


相変わらず笑顔のワイルズ様に違和感を覚えながら頷く。


「実は、俺は後天的魔力保持者だ」

「えっ」


その証拠、という事で右手の手袋を外し、手の甲の魔力紋を見せてくれた。


「そう、で、国の管理下に置かれることになった。だけど、後天的魔力保持者は事例が少ない」


流石に驚きを隠せない私に、彼は続けて話す。


「俺は魔力の操作の仕方も、奇跡の使い方も知らない。でも君は神の遣いで、奇跡も扱えるときいている」

「えぇ、まぁ、はい」

「だから、国から君が適任だと判断されたわけだ。まぁ確かに、俺は女性を希望したけど」


「えーっと、そうですね、わかりました。ワイルズ様は後天的魔力保持者なのですね」

「ジャックでいいよ。」

「えっと、ジャック様」

「夫婦になるのに様付け?距離感じるなぁ」

「そうですね、そうだと思いますわ」


ちょっと待ってほしい。色々理解が追い付かない。

まず、後天的魔力保持者?100年に一度あるかないかくらいの確立じゃなかったか?


でもまぁ、それはいいとして、一旦落ち着こう。

深呼吸して、はい、落ち着いた。視界クリアに、目的を明確に。


「ではジャック、女性を希望したのはなぜですか?」

「レイニーは俺の事をどれだけ知っている?」

「とても冷酷で無慈悲だとお伺いした事もしばしば。数多くの女性を泣かせたとか」


「随分な評価だな。光栄だよ」

「誰か心に決めたお相手でもいらっしゃるのでは、と思っておりました」


「間違いではないな。実は、俺はずっと探している女性が居る。彼女は隠れるのが上手くてね、公爵家の力を持ってしても見つけ出せていない」

「それはそれは。是非彼女にかくれんぼを教授しなくては」


貴方に見つかりたくないのでは?と思う。言わないし、顔に出さないけど。


「だからまぁ、つまり、その女性以外今のところ興味が無い」

「では、女性避けの為に、偽装結婚できる相手が欲しかったと」

「察しが早くて助かる」


なんだそれ。こちとらそんな理由で結婚せにゃいかんのか。

呆れた。正直言ってあほくさかった。私を巻き込むな、そう思った。言わないけど。


「女性を求めた理由は分かりましたわ。では、護衛というのは?誰かに狙われているのですか?」

「これは恐らくだが、後天的魔力保持者は希少価値が高い、その為護衛する者が必要だと考えたのだろう。俺自身、真っ当な相手であれば自分の事は自分で守れるが、奇跡を使う相手となると、話が変わる」


恐らく、という事は、護衛は陛下が求めただけで、ジャックが求めた訳ではない、という事か。


「だから強い女性、奇跡を使える君であれば護衛もできるだろう、という事だと思う」


強い女性、奇跡を使える、だと思う、ね。

この感じ、私が暗殺者という事は知らないみたい。

私の事をどれだけ知っているのかしら。


「分かりましたわ。まとめると、ジャックは後天的魔力保持者で、女性避けの妻がほしくて、希少価値が高いから護衛もしてほしい。という事ですね?」

「そういうことだ」


うん、まぁ、理由としては妥当。

色々突っ込みどころはあるが、一旦はいい。


「それではジャック、その期間に関してですがどれくらいを考えていますか?」

「逆に聞くけど、俺はどれくらいの時間があれば奇跡が使えるようになる?」

「そうですね、センスがあれば2年もかからないと思いますわ」

「では2年はこの契約が有効になるな」


なるほど、ジャックが魔法を習得したら奇跡相手にも自衛できる、という事ね。


「では奇跡が習得できなかった場合はどうなりますか?」

「契約は永久に有効だな」

「えっ!?」

「なんだ、俺では不満か?」

「いえ、そういう事ではないのですが…」


困った。いや、困ってはいないけど。

分かってる、分かってるよ。自分の人生、自分の物でないくらい。

でも自分の感情は、私だけの物でしょう?だから私、一度でいいから恋してみたいとか思ってた。


それが実る事ない恋だとしても、誰かにときめいたり、そういうのって、一度味わいたかった。

そんな風に思ってたのに、偽装結婚で、一生一緒の可能性がある?

確かにイケメン公爵との生活なら喉から手が出る様な状況で羨ましいでしょうけど……!だけど、だからって!!

そんな契約ある? 有効なの? 嘘でしょ?



彼女は焦っていた。

彼女の杞憂は本来どうでも良い事である。

契約婚だとしても、誰かを好きになりたいという、彼女の願いは果たされるはずだから。

決して叶わないその恋を受け止めているのなら、「永久」に「妻」でも何ら問題は無いはずである。

これは王命であり、国が認めた事であり、彼女の人生のレールを敷いたに過ぎない。

しかし、彼女は、殺しに関してはエキスパートで、常に冷静沈着であるが、人間としてはまだ成熟しきっていない。

恋愛経験に乏しく、想像ができず、自分の人生を受け止めきれなかったのだ。



「そう焦るな。まぁ、永久というのは冗談だ。……永久という事はないな」

「その根拠は……?」

「俺は希少価値が高い。100年に一度の奇跡だ」

「はい、そうですわね」

「なぜそれだけ価値が高いと思う?」

「発生条件が分からないから、ですわ」

「そうだな。だから?」

「発動条件が分かれば希少価値も下がる……という事ですね?」

「そうだ。そして大体の検討はついている」


え!じゃあ早くそれを出して頂ければ私解放されるのでは?


「では……」


期待に胸が躍る。彼の言葉を待つ。


「そう。実例をもって出せれば、君は解放される」


そうでしょう!私解放されるのね!良かった。ほっと胸を撫でおろす。

ニコニコと笑う彼に、私も同じくニコニコと返す。


……少しの沈黙。様子がおかしい。


「でもよく考えてほしい」

「何を、でしょう?」

「俺は今、相当に理想的な状況だ」


変わらずの笑顔で言葉を続ける。


「使い勝手のいい小間使いができた。王命だから拒否できないし、期限も無期限。

事前にもらった情報だと、君は随分と優秀らしいな。遺憾なくその力を発揮してもらいたい」


なるほど、なるほどね。


つまり、公爵様は想い人がいると。上流貴族の手前、お誘いは無下にできない。

仕事で忙しくとも、断れないお誘いというのも存在する。

正当な理由に一番良いのは、誰かと縁を結ぶこと。


恐らく、婚約者ではなく、妻として、なのは様々な問題に対処する為だろう。

婚約者はまだ結婚していないのだから、とか、つり合いの取れていない分際で、とか。

護衛にしても、一緒に暮らしている方が都合良い。実に合理的な理由だと思う。


陛下も困っただろうな。社会に混乱を与えない様に、今回の件をどう処理するか。

そこで、白羽の矢が立ったのが私。

同い年という共通点があり、婚約者もおらず、裏社会でその力は認められており、表社会の評判も上々。

ジャックの性格(冷徹無慈悲)を溶かした女性として違和感もない。

優秀な成績によって、伯爵家に嫁いでも混乱は招かない。


これ以上ないほど、好条件だった、とういうわけですか。

そもそも神の遣い自体絶対数が少なく、更に奇跡を扱える人となるともっと限られる。

他に選択肢がなかっただけかもしれないが。


私の解放条件は、

ジャックが奇跡を使えるようなるか、公爵家の力を持ってしても見つけられない謎の女性を見つけるか。

前者は無理だ。ジャックがまだ使えないと申請すればそれまで。期待薄。

後者も難しいが、多少可能性がある。裏社会のネットワークをもってすれば、あるいは。


ただ、一番の難点は、当の本人が「自分の価値を操れる切り札」を持っている事。

それを国が知っているのであれば、何としても私に聞き出せ、と追い命令が下るはずだ。

そうなれば、例え想い人を見つけたとて、国がこの契約婚を破棄しない。


あー。ちょっと詰みすぎじゃないだろうか。

詰みすぎて笑えてきた。これからどうすればいいの。


「確かに、相当に理想的な状況という事は理解しましたわ」

「分かっていただけて何よりだ」

「それではジャック、私に何を求めているのでしょうか?」

「まずは夜会だな。妻帯者であることを知ってもらう必要がある」

「わかりましたわ。それでは私はこれからジャックの妻として、貴方を支えますわ」


ニコリと、最大限の笑顔で返す。


「レイニー、俺は良い妻を貰って幸せだ」


ジャックも笑顔で返してくれる。

サラサラな黒髪も、細い目も、美しい顔立ちだからとても綺麗。


「それでは、私は自室に戻りますわ」

「あぁ、私もこれから仕事だ。これからのスケジュールはシュラクに聞いてくれ」


そういうと彼は琥珀石を掴み、ポケットにしまった。

防音障壁がなくなっていく。


外にいる執事に声をかけ、私の自室まで案内を促してくれた。

私はお礼をして、その場を後にした。


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