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EP:33

──さて。後始末をしなくては。


奇跡の使用痕跡は、可能な限り抹消せねばならない。


とはいえ、痕跡そのものは少ない。

問題は、ジョンの死体をどう処理するか、ということ。


彼の遺体を抱え、凍結魔法により一時的に保存する。

流れ出た血は、土で覆い隠した。


馬は……どうしよう。

どこかで見つかれば、説明がつかない。

とはいえ、これまでの移動による足跡をすべて消して回るのは現実的ではない。


奇跡の使用に関わっていない以上、放っておいても差し支えないはず。


ジョンを抱えたまま、元の場所へ戻り、凍結を解く。

あたかも、この場で殺されたかのように、違和感なく工作する。


──まあ、こんなところか。


あとの処理は、諜報員が何とかしてくれるだろう。


問題は「私をどうするか」だ。


本来はこのまま私は生かされ、助けに来たところで殺すつもりだった。

そのプランはもう使えない。


つまり、助けが遅れれば、私は飢え死にする。



うーん。


一時的に、奴隷落ちするか。

そうすれば、いずれ誰かが助けに来てくれる……はず。

それに、とりあえず命は助かる。


公爵家が交渉に応じなかったということは、もしかすれば、皇帝陛下が直々に動いてくださっている可能性もある。


だが、そのどちらでもなかった場合、

私は見捨てられたということになる。


そうなれば、助けは来ない。


こればかりは、どの選択をとったのかわからない。


私の感情は、必要ない。

それでも、助けの来ない可能性が否定できないことが、心を蝕んだ。


とりあえず、このまま拘束されていることにしよう。

何か問い詰められたとしても、私は暴力を受け、拘束された被害者であり、殺人犯だとは思われないはず。


あとは、返り血の処理だ。


痛みにより感覚の失われた左腕の状態を思えば、浄化魔法の使用は避けたい。


となれば、脱ぐしかない。


下着姿で見知らぬ誰かを迎えるのは、少々気は引けるが……


いや、むしろその方が現実味があるかもしれない。


服を脱ぎ、顔についた返り血をふき取り、暖炉に投げ込んだ。

燃え盛るそれは、跡を残さないだろう。



牢の中のカルロスをどうするか──


このままでいいか。

何か聞かれても、知らなかったで通そう。



私は薬で眠らされていて、その事実を知らなかった。


目隠しをされていて、状況もつかめなかった。


南京錠が外されていたことも、牢の中で何が起こっていたのかも分からなかった。


動けず、脱出の意思もなく、ただ、黙ってここにいた。


それが生きる為の最善だと思った。



この筋書きでいこう。


小屋に置いてあった、適当に食べれるものを軽く食す。


それから水を飲み、暖炉の薪をさらに追加した。


牢に戻り、自分で目隠しを施す。

縄を、再び関節を外してつける。


下着姿のためか、床の冷たさが骨身に染みた。


暖炉の薪が燃え尽きてしまえば、今度は凍死の危険性が出てくる。


……。ネグリジェを着ていたとしても、状況はそう変わらないか。


あと二日が限界。

それまで、この状態でじっと耐えるしかない。



こんな状態で、人は──どう思うものなのだろう。


私はただ、次に何をすべきかしか考えていない。


でも、普通なら泣き叫んだり、取り乱したりするのだろうか。


“普通”という感覚が分からない。

想像するしかない。



なぜカルロスは、私の正体に気づいたのだろうか。

どこに落ち度があったのか、今でも分からない。


今後は、無知な人質を演じるのはやめておこう。

素人に見破られるようでは、使いものにならない。


自らの行動を省みる。

本来であれば、奇跡など用いずとも解決できたはずの事件だった。


自分の過ちによって、無駄な工程が増えたことは反省せねばならない。


奇跡の使用自体は、契約内であるため問題はない。

とはいえ、私が無鉄砲に使いすぎることで、迷惑が掛かろう。


やはり、基本は奇跡を用いずに事を解決せねばならない。



刻一刻と、時間が過ぎてゆく。


誰もいないにもかかわらず、途中で目を覚ましたように演技を続ける。

そして、座り直し、少しでも体温の放出を抑えた。



普通の人なら、孤独感に苛まれ、心を壊してしまうのだろうか。


この状況であれば、それも無理はない。


見た目にも、乱暴を受けたように見えるはず。


……。


助けに──来てくれるだろうか。

ジャックは……来てくれない気がした。


最後は、怒っていた姿が目に浮かぶ。

あのとき、あの背中を引き止めることができていれば。


仲直りできていたなら、今、私はここでうずくまってなどいなかったのかもしれない。




……なんて。


私らしくもない。


助けが来なければ──奴隷に落ちたということにしよう。




さらに長い時間が過ぎる。

空腹のせいで、お腹が痛む。

暖炉の炎も消え、寒さが身を貫く。


それでも、外に気配は感じない。

血の、鉄の匂いが、鼻をつんざく。




さらに長い長い時間が過ぎた。


そろそろ限界だ。

これ以上待てば、もう動けなくなる。


体力の残っているうちに、この場から離れなければならない。

体感では、ここに来てから丸二日

──いや、それ以上が経っているはず。


あと一時間。

それだけ待っても助けが来なければ、行動を起こす。


そう決めて、私は静かに、ただ時間が過ぎるのを待った。




普通なら「怖い」が勝つんだろうな……。

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