EP:03
「お嬢様、おはようございます。お時間でございます」
アメリアが部屋の外から声をかけてくれる。
この部屋にはいくつかの魔道具が仕掛けられており、侵入者を即刻排除する。
それが例え両親であったとて発動してしまう。
解除には一度、私が触れる必要がある。
まぁ、この屋敷にいる人なら、この程度じゃ殺されないけどね。
それに、寝ていたとしても異変があればすぐに起きる。
どんなに疲れていても、熟睡はしない。そう訓練された。
流石に睡眠時間が足りていない。
重たい体を起こすと、ズキズキと痛む左腕にはぁ、とため息が出た。
装置を解除し、アメリアを中に呼ぶ。
「おはようアメリア」
「昨日は遅くまで電気が付いておりましたね」
「そうなの。できれば湯浴みをしたいのだけど」
「そう思いまして、既に準備を整えております」
「流石アメリア」
時刻を確認すると朝9時。
まだ眠いが、今から準備しても遅いくらいなので仕方ない。
それから鎮痛剤を持ってきてほしいとお願いした。
アメリアは少し驚いた表情をして、それから何か言いたげに、承知しましたと部屋を出て行った。
魔力回路が傷ついた場合、治すのに軽症で3か月、重症だと一生をベッドで過ごす事になる。
魔力回路は外的要因(奇跡や薬など)で治癒出来ない為、本人の回復力に頼るしかない。
幸い、魔力回路が損傷している状態で奇跡を使っても、更に損傷する事は無いが、激しい痛みに襲われる。
痛みに耐性のある私でも涙がでるのだ。常人では気絶しかねない。
鎮痛剤は追加で奇跡を使用した場合の激しい痛みまでは軽減されない。
治るまで、魔法は使わない様に極力過ごすのが賢明だ。
浴場に向かい、昨日の汗臭さをとる為に少し念入りに洗う。
左腕が痛みでうまく動かないが、なんとかこなす。
自室に戻るとアメリアとメイドが準備して待っていてくれた。
鎮痛剤を渡してくれたのでその場で飲んだ。
大丈夫、と声をかけ、準備をお願いする。
ワイルズ家当主様の瞳の色と合わせて、黒を基調とした大人の女性を演出。
髪の毛は髪留めでアップにまとめ、アクセサリーは小さく、主張の少ないものを。
本来の私の髪色は赤髪だが、魔法が使えない今、髪留めに茶髪付与された魔道具を使用する。
過去の任務で作ってからは楽で愛用している。
もちろん、これも定期的に魔力を流す必要があるが、奇跡を発動しないのであれば問題ない。
激しい痛みは、魔力操作や魔力の循環などに影響しない。
奇跡を使うと、激しい痛みに襲われるのだ。
「とてもお美しいです、お嬢様」
「ありがとう。こんなに綺麗にして頂いたんだもの、きっと公爵様もお喜びになるはずよ」
笑顔でお礼を伝える。
「そろそろ出発のお時間です」
「そうね、帰ってこられるのは何年後かしら……」
「いつでもご帰宅を心よりお待ちしております」
「そうね、早く任務を終わらせるわ」
既に馬車が止まっており、荷物も積み終わっていた。
お父様もお母様もお出かけの様で、執事から「頑張りなさい」と、二人の言伝を頂いた。
屋敷の者に見送られながら、公爵家に向かう。
道中、馬車の中でワイルズ家に関する資料を読んだ。
アメリアに調べさせたデータの裏付けは取れていない。
-----------------------------------------------------------------
【ワイルズ公爵家】
公爵家当主:ジャック・ワイルズ
家族構成:両親共に健在、領地で療養中、兄弟は無し
・軍大将校を務め、領地経営もこなしている。
・人格者としても知れ渡っている。
・北の農業地域全般の領地所持
・容姿端麗、20歳になっても今だ女性人気が高い。
・婚約中の女性はいない。
・言い寄ってくる女性を全て拒否、冷徹無慈悲として多くの女性を泣かせた経歴を持つ。(理由不明)
・ブラトニー・ワイルズ(先々代):軍大将校として勝利に大きく貢献、持病の悪化により故人
・ブルックリー・ワイルズ(先代):その手腕で物資提供に大きな貢献をしたことで公爵に爵位、現在は領地で妻と療養中
-----------------------------------------------------------------
ざっくりまとめるとこんな感じか。
うーん、違和感はないけど……。
いくつか疑問は残るが、これ以上は何も分からない。
ワイルズ様に聞いて、疑問が解消されればいい。
資料を眺め、ぼんやりしながら馬車に揺られた。
大体2時間くらいして、目的地に到着する。
「到着致しました、レイニーお嬢様」
馬車の扉が開かれ、従者に手を引かれ外に出ると、屋敷の前で大勢の使用人が待ち構えていた。
「わっ…」
思わず声がでてしまった。
慌てて体制を立て直し、カーテシーでご挨拶する。
「初めまして皆様、レイニー・カーソンと申します。急な事で私も困惑しておりますが、これからお世話になります。よろしくお願い致しますわ」
「カーソン様、よくおいで下さいました。執事のシュラクと申します。使用人一同、心よりお待ちしておりました」
「心よりのお出迎え、嬉しく思います。皆様のご期待に沿える様、精一杯努力致しますわ」
シュラクは一礼すると、使用人に声をかけ、馬車の荷物を運びこませた。
「それではカーソン様はこちらに、旦那様がお待ちにございます」
「ありがとうございます」
屋敷に入ると、流石公爵様の屋敷といった印象を持った。
大きな玄関ホール、絨毯の敷かれた廊下、凝った装飾品に大きな絵画、品のあるインテリアに季節の花瓶。
応接間の家具はどれもキラキラとしており、値段は想像したくない。
「旦那様、カーソン様がお見えになりました」
「入りなさい」
「失礼致します」
シュラクが応接間の扉を開けると、ソファーの前で立つ男性がいた。
「初めまして、ワイルズ家当主、ジャック・ワイルズと申します」
爽やかな笑顔に心が持っていかれそうになる。
あぁ、この甘いマスクに何人もの女性が持ってかれたのだろう。
容易に想像ができた。
「初めましてワイルズ様。レイニー・カーソンと申しますわ」
こちらも美しいカーテシーでご挨拶する。
ニコッと微笑めば、大抵の事は上手くいく。
自分の強みは、自分が良く分かっている。
「さ、こちらに来てソファーに座ってください」
「恐れ入りますわ」
ワイルズ様の向かいの席に座る。
「改めて、依頼を受けていただけて感謝しています」
「こちらこそ、私では不十分に思いますがご指名頂けて嬉しく思いますわ」
お互いニコニコと笑いながら挨拶を交わす。
「それで、どこまで聞いているのでしょうか?」
「そうですね、十分にお強い公爵様の妻になって護衛する、という事しか知りませんわ」
「そうか、ちょっと情報が足りていないようだね」
「えぇ、もう少し詳しく知りたいですわ」
隣でメイドがお茶を準備してくれている。
「そうだね、何が知りたいのだろうか?」
全てです。と言いかけて口を噤んだ。危ない。
「そうですわね、まず、どうしてこうなったのかお聞かせ頂けますか?」
「はは、そうだね。」
そう言うと、彼は部屋にいた者を下がらせた。
未婚の男女が密室に二人きりというのは頂けない。
ただ、私よりも大層身分の高い彼が望むのであれば何も言えないし、何かあっても私なら自衛できる。
それに対して苦言を申すよりも、情報が欲しい。