EP:21
結婚指輪の為に、宝石店に向かう。
「いらっしゃいませ、ワイルズ様。ご準備は整っております」
「ウォーロン、紹介します、こちらが僕の妻、レイニーです」
丁寧に挨拶を交わすと、結婚のお祝いの言葉を頂戴し、私たちは奥の応接室へと案内された。
「今回ご用意させていただいた品々でございます」
「どれも素晴らしいものばかりですね。希少で、美しい……」
「ワイルズ様に相応しきものを、心を込めてご用意いたしました」
「レイニー、君の好きなものを選んでほしい」
「ジャックのお好みは、どちらかしら?」
ふと隣にいる彼に視線を向ければ、想像よりも近い距離に、思わず胸が高鳴った。
……なんて綺麗な顔。
「レイニーの好みが、僕の好みです」
ジャックは私の手を取り、穏やかな声音で囁いた。
普通なら、きっと幸せを感じていたはずだ。
けれど今は、胸が苦しい。
失敗、だったのだろうか。
自分の行動を振り返る。
いいや、必要だった。
ただ、ジャックへの影響は考慮しきれていなかった。
自分の行動に後悔はしない。
失敗したのなら、取り返せばいい。
「これはこれは、仲睦まじいご様子で何よりでございますな」
「人前ですのに……恥ずかしいですわ、ジャック」
私がジャックを見つめると、彼もまた視線を返してくれる。
「おっと、私は野暮というものですな」
「はっはっは」とウォーロンが愉快そうに笑う。
ジャックが笑顔で話す
「申し訳ありません。所用のため、席を外さねばなりません」
「あら、もうお出かけになられるのですか?」
「レイニー、そんな顔をなさらないで。すぐに戻ります」
「指輪は?私の分を、選んでくださらないのですか?」
「レイニーの望むものを贈らせてください」
「……お揃いでも、よろしいですか?」
「もちろん。レイニーが望むのなら、異論はありません」
彼はウォーロンに向き直り、簡潔に告げた。
「妻の意向に沿う品を、頼みます」
そして私の手の甲に口づけしながら、静かに言う。
「レイニー、また後で」
そう言い残し、部屋を後にした。
「奥様は、たいそう愛されておりますな」
「本当に、私には過ぎたお方ですわ」
「とんでもございません。あのように慈しみに満ちたご表情、初めてお目にかかりました」
笑っておく。
あまり、当人のいない場で過剰に持ち上げる言葉は好きではない。
商人としての当然の話術であることも、分かっているのだけれど。
テーブルの上の、提示された原石に目を向ける。
どれもが希少で、見惚れるような存在感を放っている。
インクライト、アルゲンタイル、ブラックパール、クローク、ヴァルトール
中でも目を引くのはインクライトとヴァルトール。
これらの原石は本当に希少だ。
インクライトは虹色の輝きを持ち、一見華やかだ。
だが、加工を誤れば、たちまちその美しさを失う。
扱える職人も少なく、産出量も限られている。
それを提示するという事は、技術者がいるという事。
素晴らしいわね。
ヴァルトールは石そのものが貴重だ。
限られた島でしか採掘されず、流通数は年間に数個程度。
輝きこそ控えめだが、その希少性ゆえに価値がある。
どちらも、公爵家に相応しい逸品だ。
けれど、私には他に望む品があった。
「どれも魅力的ですわ。ですが……」
「何か、お気づきの点でも?」
「アンクライトは、取り扱っておいでですか?」
「……もちろんでございます。少々お待ちを」
ウォーロンは立ち上がり、奥の棚を探り始めた。
やがて彼は戻り、黒い石を慎重に置く。
「こちらがアンクライトでございます」
「ありがとうございます。これで指輪を仕立てていただけますか?」
「……奥様。アンクライトがいかなる石か、ご存知でいらっしゃいますか?」
「ええ、もちろん存じております」
「それでは、本当にこちらでよろしいのですね?」
「はい。とても心惹かれる石ですもの」
彼は言葉に詰まり、難しい顔をした。
「……ご無礼を承知で申し上げますが、旦那様がご納得なさらないのではと」
「いいえ。ジャックは『妻の意向に沿う品』と、そう申しました」
「しかし……」
「何かご不満でも?」
どう伝えれば良いものか、という顔をする。
公爵家の者に対し、発言は細心の注意を払わねばならない。
けれども、ウォーロンもまた、商人としての立場がある。
ウォーロンは慎重な面持ちで、口を開いた。
「恐れながら、ひとつ進言をお許しいただけますか」
「私の決定に異を唱えるとおっしゃるの?」
声で威圧する。
私は、公爵家の人間であると。
「……恐れながら」
それでも、ウォーロン様は怯まない。
「よろしい、許可します。」
沈黙の中、ウォーロンは言葉を選びながら語り出した。
「……アンクライトは、インクライトの“対”として語られております。
インクライトは、その輝きゆえに『幸福を呼ぶ石』『吉兆を招く宝』として愛されてまいりました。
対して、アンクライトは“影の石”。『不幸を引き寄せ、災厄を招く』とされる忌避の象徴でございます」
彼は一瞬、言葉を切り、こちらの表情を窺うように目を伏せた。
「……恐れながら、婚姻の儀という祝福の場においては、ふさわしからぬ選択かと存じます」
私は黙って、その言葉を受け止めた。
そうね、一般的にはまさにその通り。
アンクライトは、深い黒の石だ。
磨いても輝かず、艶も出ない。光を反射することなく、ただ静かに沈むような石。
古くから不吉の象徴とされ、輝かしいインクライトの“影”として語られてきた。
災厄を招く石として、遠ざけられてきた歴史もある。
ウォーロンは正しい。
この石を婚約指輪に選べば、周囲の反感を招くかもしれない。
ことによっては、儀式そのものに傷をつけることになるかもしれない。
それでも私は、この石を選ぶ。
「ウォーロン様。どうか、顔をお上げくださいませ」
静かにうなずいた彼の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「承知しております。その上で、私はアンクライトを選びたいのです」
「それは……なぜでございますか?」
私は微笑んで答える。
「アンクライトは、ジャックの瞳をそのまま映しているように思えます。そして、その存在そのものが、彼と重なるのです」
そう、アンクライトは、私の知るジャックそのもの。
深い黒は、ジャックの瞳と、髪の色を表す。
何者も寄せ付けない言い伝えは、ジャックの仮面と同じ。
その本質は、誰にも知られていない。
冷めた目も、冷めた声も、私だけが知るジャックと、まさに同じに思える。
私には、私に見せるその本性は、きっと、想い人に見せる事は無いのだろう。
だから、私だけが知るジャックは、本当に、アンクライトの様なのだ。
「他の石では、表現しきれません。」
「いえ、決して、言い伝えのように、ジャックが災いを招くという意味ではありませんよ?」
私が笑っても、ウォーロンは答えない。
どの様に思ったのか、私には分からない。
「言い伝えは確かにありましょう。ですが、不幸をもたらしたという確たる記録を、私は知りません。インクライトの対と見なされたがゆえに、ただそれだけで、恐れられてきた石……。私は、そう思うのです」
「私は、根拠のない噂で、あの人の面影を宿すこの石を、手放したくはないのです」
しばしの沈黙の後、ウォーロンは静かに頷いた。
「奥様のお気持ち、しかと承りました。全力でお応えいたします」
「無理なお願いをして、申し訳ございません」
すぐに態度を改めたウォーロンは、穏やかな口調で応じる。
「とんでもないことです。そのような慈しみに満ちたお考え、私には到底及びもつかず……差し出がましい発言をいたしました」
彼の笑顔に、私も微笑み返す。
「ただ一つ、気がかりがございます。やはり世間の目は、好意的とは申せぬでしょう。奥様は、その点をどうお考えでしょうか」
「ええ。それは仰る通りです。私が何をしようと、石の評価は簡単に変わりません」
「特に、悪しき言い伝えが根強く残るものなら、なおさらでございます」
「ですから、ウォーロン様。お願いがございます」
私は一呼吸置き、ゆっくりと口を開いた。
「アンクライトを、すべて私に売ってください」
「そして、こんな噂を流してほしいのです『ワイルズ公爵家の妻は、石の価値も分からぬまま、夫にのぼせ上がった哀れな女だ』と」
「それは…何故でしょう」
「そうすれば、アンクライトは私の手元に集まってくるでしょう。私はそれらを全て買い取り、常に身につけましょう」
「夜会では『夫と同じ色』だと言い、誰も着けようとしないのがむしろ好都合だと微笑みましょう」
「最初は警告されるでしょう、『その石は不幸を招く』と。しかし、それでも私が着け続ければ、やがて石ではなく私自身に注目が集まります」
「そして噂はこう変わるのです――『公爵の妻は、夫の色を持つ石を買い漁る、嫉妬深い女だ』と」
「誰かがアンクライトを身につけたら、私はこう言います――『その石、不幸を招くとされていますのよ』と」
「それは耐え難い牽制にもなりましょう」
「次第に私は、ある種の評価が下されるでしょう」
「例えば、「嫉妬に狂う、いかれた女」でしょうか」
「もしくは「不吉な石を相手に送り付けて牽制する、恐ろしい女」でしょうか」
「どちらにしても、石の評価よりも、私の評価が目立つこととなりましょう」
「それから、アンクライトが本当に不幸を招くかどうかは、私の生き様が証明してみせますわ」
私の発言に、呆気にとられるウォーロン。
「確かに……ごもっともなお話です。石への関心を逸らし、奥様自身に目を向けさせる。論理は理解できます。ですが、なぜ、そこまでするのでしょう」
「言ったでしょう?私の夫と――ジャックと重なる石、だからですわ」
「ジャックには内緒にしてくださいね。嫉妬深い女だと思われたら、嫌われてしまいますもの」
ふふ、と笑えば、ウォーロンも穏やかに笑った。
「いやはや、多くの無礼をお許しください」
「そのような記憶はございませんが……協力していただけるなら、ありがたいことですわ」
「もちろんでございます、奥様」
「それから、できれば買い付けたアンクライトの加工もお願いしたいのですが」
「もちろんでございます。責任をもって、我々が対応させていただきます」
「ありがとうございます。ジャック共々、今後ともよろしくお願いいたしますわ」
良い取引だった。そう思いながら部屋を出ると、メノールが待機していた。
実を言うと、最初から気が付いていた。
ジャックが部屋を出た後、直ぐにメノールが待機していた。
部屋に入らなかったのは、招かれなかったからだろう。
ただ、中の話は聞こえたはずだ。
聞かせた、と言ってもいい。
近いうちに、ジャックの耳に入るはず。
彼はどう思うだろうか。
私を叱るのか、それとも何も言わずに受け止めるのか。
いずれにせよ、「私は貴方に忠誠を誓っています」と、そう見せることができたなら、それでいい。
使用人との間の溝も、少しずつ埋めていきたい。
ジャック視点も描きたいけど~話を進めます~
マーダーミステリーを作成するので次回の更新は来週です~




