EP:20
ジャックの隣を歩く。
うーん。
そうだよね、そうでしょう。
噂の公爵様が、女性を連れて歩けば待ちゆく人に見られましょう。
すれ違う人は勿論、端の隅で会話していたご婦人、買い物していた男性客まで、皆の視線を奪っていく。
分かってはいたけれど、まさかここまでだったとは。
流石ジャック、と言わざるを得ない。
ジャックが、声をかけてくれる
「レイニー、どうしましたか?ご気分でも?」
「いいえ、あの、あまり見られることに慣れていないのです」
「すみません、確かに、軽率でした。目的地まで馬車を走らせましょう」
「いいえ、隣を一緒に歩きたいのです。それに、こんなことで動揺していては、ジャックの妻は務まりませんわ」
笑って返事をする。
ジャックにとっては日常的でも、私にとっては非日常である。
これから、そういう目で見られるのだ。
相応しいと判断されるまで、好奇な目に晒される。
分かってた。慣れなければ。
「ジャックは有名人ですのね」
「皆さん僕よりも、レイニーに興味がおありでしょう」
「それもありますが、女性の目はジャックに釘付けですわ」
「男性はレイニーばかり見ていますよ、少し妬けてしまいます」
笑い合う。
周りには、仲良く見えているでしょうか?
そうあってほしい。
美味しそうな出店を見つけて、一緒に食べる。
可愛いお洋服を見て、ウィンドウショッピングをして。
アクセサリーを見て、似合いますか?なんてはしゃいで。
ジャックが私の腰を掴めば、私はそれに赤面する。
周りに、ジャックの隣が決まったと、そう思わせなければならない。
相手は誰で、どこの令嬢か。
できれば、ヘイトは私に向けばいい。
ジャックの弱みとなる存在は私だと。
そうすれば、敵はジャックではなく、私を襲うだろう。
私たち夫婦は、良くも悪くも、自分の見せ方を良く知っている。
そのように振舞えば、その様に見える。
今まで噂もなかった二人だ。
密かに想い合っていた。
そんなストーリーを勝手に作ってくれればいい。
教会に着くと、神父様が出迎えてくれた。
「ワイルズ公爵様、ご機嫌麗しゅう」
「ブラトニー様もお元気そうで何よりです」
「こちら、妻のレイニーです」
「初めまして、ブラトニー様。ワイルズ家当主、ジャック・ワイルズの妻、レイニー・ワイルズにございます。宜しくお願い致します」
「初めまして、ブラトニー・エルシャと申します。ブラトニーと呼んでください」
物腰柔らかい、60歳くらいのおじい様だった。
服装が通常の物とデザインが違うので、恐らく上位職の方なのでしょう。
「本日は如何されましたか?」
「今度式を挙げますので、先にブラトニー様にご挨拶をと思いまして」
「左様でございますか、誠に慶ばしい出来事でございます」
「この日を迎えられたこと、すべてはブラトニー様のお導きによるものと、深く感謝申し上げます」
「長き祈りが報われたと、信じてよろしいのですね?」
「はい、私が望み続けたもの、ようやく手に入りました」
それを聞いて、ブラトニー様は満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい」
「ありがとうございます」
それから他愛もない話をして、時間になってその場を離れる。
「神のご加護が、お二人にあらんことを」
ブラトニー様から、まるで敵意を感じない。
聖人の様な人だった。
「ブラトニー様とはどういったご関係でしょうか?」
「そこまで親しくはありませんよ、ただ、彼に挨拶をする事が大切なのです」
「式の責任者、でしょうか?」
「いいえ、彼はそんな暇な方ではありませんよ。レイニーも何かあれば彼に頼ってください。必ず力になってくれます」
結局、誰なのか、何をしてもらうのか、教えてもらえないらしい。
公爵家の結婚式を引き合いに出し、それを暇でないからと、一蹴出来る人、ね。
あまり関わりたくない。
なんとなく、皇帝陛下の管理下に居ない人、の様な気がする。
遅めの昼食の為に、ジャックに連れられ店に入る。
あれ、確かここって……
VIP専門、予約制の、限られた人のみが入る事を許される「星の宿」だ。
以前の仕事で随分と苦労した。
どうやっても忍び込めなかった。
人の付き人でも、仕入れ業者でも、従業員になろうとしても、全くの無駄だった。
ガードが固い、というより、警戒心が強い。
仕方なく、潜入は諦めた。
結局、ターゲットの調査はやり直し、ロリコン趣味に付け込む事となった。
あぁ、嫌な思い出だ。
本当に嫌な思い出だ。
「ワイルズ様、お待ちしておりました」
「あぁ」
「ご案内致します」
店のマスターであるバン・イラルドに対し、ジャックは随分とフランクだ。
個室に通されると、バンは「お食事をお持ち致します」と出ていき、二人だけの空間となった。
ジャックの雰囲気は冷たい。
「とても素敵なお店ですのね」
「あぁ、レイニーも知っているだろう」
「いいえ、私は存じ上げておりませんで、申し訳ございません」
「そうか、俺の名前を出せばいつでも入れるぞ」
「それは、随分ですね」
「信頼のある店だ、レイニーも今後世話になる事もあるだろう」
「その様ですわね、ジャックの態度を見れば良く分かります」
「そうだな」
他愛もない話をしながら、食事を楽しむ。
痛む腕を動かすのは嫌ね。
早く彼女に届かないかしら。
「そういえばジャック、講師の件ですが、領地経営に関しても学びたいのです」
「それは……必要か?」
「はい、ジャックは領地経営もされているでしょう?」
「そうだ、だから俺がやる」
「はい、ですがジャックは要請があれば戦場に向かわれるでしょう?」
「確かに、レイニーがやってくれれば助かりはするが」
「では」
「すまないが、レイニーを信用していない」
「貴方の妻、ですわ」
「妻は夫の仕事に口を出さない」
……。
それを言われると、これ以上何も言えない。
ジャックが妻にそう求めるのであれば。
「分かりましたわ、ジャックがそうおっしゃるのでしたら」
「あぁ」
「講師の件は保留しておきます」
それよりも、信用していない、その言葉に胸が痛んだ。
「ところで、信用していないとは、随分ですね」
「そうか?心当たりはあるんじゃないか?」
「怒っていらっしゃるのね」
「そう見えるか」
「えぇ、とても」
「じゃあ、そうなんだろうな」
「必要な行動でした」
「理解できる」
「悪いと思っています」
「そうか」
淡々と食事を進める。
とても美味しい食事なのに、味わう雰囲気もない。
「ジャック」
「なんだ」
冷たいです。
その言葉は、出てこない。
私が招いた結果、分かってる。
それでも、許しを請うのは間違っているでしょうか。
「どうすれば、信用して頂けますか?」
その言葉に、ジャックは手を止めた。
「それは、必要ではない、と思うが」
あぁ、ジャックは理解している。
そう、別に信用が無くとも、お互いに妻と夫を演じられる。
それは、その通りなのだけれど。
これ以上、歩み寄りたいと思うのは酷か。
ジャックの声は冷たい
「レイニーが必要だと言うのなら、発言は撤回しよう」
それは、"脅し"に対する"警戒"か。
私が望み、それを拒むなら、何かするのか?という警戒。
随分と、溝が出来てしまった。
私が思っていたよりも、その溝は深い。
「いいえ、そんなことはありません……」
落ち込む。
冷たい声、冷たい目、興味を見せないその言動に。
心を切り替える。
今は何を言っても無駄なのだろう。
時間をかけて、少しずつ溝を埋めていけばいい。
そう、言い聞かせる。
食事も終わり、バンに挨拶をする。
「とても美味しゅうございました」
「またいつでもいらしてください」
少し堅物の様に見える風貌には似つかわしくない、柔らかな声で挨拶を返してくれた。




