EP:18
「レイニー、お待たせしました。行きましょう」
ジャックはカッコよかった。
セットした髪の毛も、控えめな装飾も、それから、私の目と同じオレンジ色の刺し色の入った服が、とてもよく似合っていた。
「ジャック、とてもカッコいいですわ」
「レイニーもとても美しいです」
「さ、行きましょう」
ワイルズ家を示す、「鴉」と「剣」がモチーフの紋様が入った馬車に乗り込む。
「最初はどちらに伺う予定ですか?」
「まずは教会だ。少々話を付けなければならない」
「どの様なお話ですか?」
「レイニーは気にしなくていい。こちらで対処する」
「そうですか」
「その後食事して、指輪とドレスを見て周るといい。メノールに付き添ってもらえ」
「ジャックは、ご一緒されないのですか?」
「あぁ、用事があってな。後に合流する」
「承知しました」
ジャックが、まったくこちらを見てくれない。
心なしか、会話にも冷たさを感じる。
「ジャック、何か、ありましたか?」
「いいや、何もない」
冷たい声、まるで関心が無い様に感じる。
「あの、何か触る部分があれば、改善致します」
「いや、レイニーは良くやってくれている、感謝もしている」
「そうですか……。昨日は、夕食の時間にも遅れてらして……」
「あぁ、仕事の切りが悪くてな、気を付けよう」
「いえ、あの、それなら良いのです。昨晩はきちんとお休みになられたのでしょうか?」
「あぁ」
……。
こちらを見ようともしない。
冷たい横顔が、胸を締め付ける。
嫌な予感が、もやっと顔を出す。
「ジャック」
「なんだ」
そのもやを、容認できない。
私は、この契約を、遂行しなければならない。
レイニーの瞳から、光が失われる。
「こちらを見てください」
ジャックはゆっくりとこちらを向く。
ニコッと笑いかける。
「ジャック、私たちは夫婦です。そして、それを貴方が望まれました」
それに対し、ジャックは応答しない。
「分かっています、レイニーを、私を求めたわけではないと」
ジャックの表情は変わらない。
冷たい目は、私が何を言いたいのか理解していない様だ。
「貴方にとって、それは誤算だったか、誰が来ようと関係ないか、興味がないか」
「ともかく、何を思おうと、ジャックの自由です。」
冷静に、諭すように。
貴方が求めた契約を、理解させるように。
「ですが、私は貴方の妻にならねばなりません。それは、皇帝陛下が望まれ、そして貴方が望まれた事」
「私はその任を、遂行しなければならない」
その、重みを。
「例え、命に換えても」
ジャックは何も言わない。
表情も変わらない。
それでも、私の本気は理解できただろう。
レイニーの瞳に光が戻る。
「貴方が望むのであれば、3ヵ月で公爵家の妻になってほしいという、無謀なお願いも聞きましょう」
「例え情報の共有がされずとも、貴方が私をどう扱おうと、それに対して私は言葉を持ちません」
「嘘を付かれようと、想い人を探そうと、構いません。ご自由になさってください」
「ですが」
「貴方が非協力的であろうと、私はその任を、命に換えても務めねばなりません」
「仮に、貴方が旦那様の枠から外れようと、仮に貴方が戦場で死にかけようと」
「仮に、貴方が姿を消したとしても、です」
「分かりますよね?この意味が」
ジャックは答えない。
そして私も伝えない。
(本当に、何でもする)
という意味であることを。
「俺を脅すのか」
ジャックの声は冷たい。
「いいえ、妻は夫を脅したりしません。妻として、夫に進言しているのです」
「随分だな」
「言い過ぎでしょうか?いいえ?貴方は何も思っていないはず」
ジャックは答えない。
「現に、貴方はこの事態に対する対処しか考えていない」
「何故、突然、私がこのような状況を作り出したのか」
「答えを教えてさしあげます」
「貴方に目的がある様に、私にも目的があるのです。例え貴方に逆らえずとも、私は目的を達成するのです」
「その過程で必要な行動をしている、というだけです」
にっこりと笑う。
それを見て、ジャックは更に眉間に皺が寄る。
「分からないな」
「いいえ?貴方は馬鹿ではありませんもの」
ジャックの眉間に皺が寄る。
ふざけるな、とでも言いたげですね。
「お前は、自分で言ったな。例えレイニーでなくてもいいと」
「はい、私でなくても構わないのでしょう」
「今まさに、破棄できるぞ」
「いいえ?できませんわ」
ジャックは答えない。
「何故か分かりませんか?さぁ、何故でしょうか?」
わざとらしく、分からない、という表情をしてあげる
「レイニー」
答えない。
いい加減、その冷たい声、やめてくれます?
「レイニー?」
私の手をとる、表情まで作って。
まぁ、随分と演技に熱が入るのね。
それでも私は動じない。
貴方にも、同じだけの責任を求めなければならない。
変わらない私を見て、ジャックは観念した様だ。
「わかった、望む通りにしよう。契約は破棄しない」
ため息と共に、私の手を離す。
「流石旦那様、理解が早くて助かります」
やっと戻ったその雰囲気に、安堵する。
「教えてくれるか?」
感情の乗ったその声が、今度は弱弱しくも感じられる。
「そうですね、妻ですから、夫を支えたいと思います」
「でもその前に、私のお願いを聞いて下さい」
「なんだ?」
「貴方は私の夫として、正しい振る舞いをお願いしたいのです。そしてそれは、貴方にとって都合がよいはずです」
「分かった、その通りにしよう」
「それから、貴方の望む妻がどのような人物なのか、教えて頂きたいのです」
「それは……何故?」
「恥ずかしながら、妻に関する理解が足りていません。その部分を、貴方に教えて頂きたいのです」
「今のままで構わないが」
「ジャック」
ジャックはため息をつく。
「お願い、だったな」
にっこり笑って肯定する。
「俺は、レイニーに何も求めていない。求める事がなくなったと言って正しい。だから好きなように生きてほしい」
「それは、何故ですか?」
「レイニーの人生を縛っている事を理解している。そして、それに対して同情している。これ以上、求めていない」
「では、妻に求める事は何もないと?」
「そうだ。妻で居てくれればそれでいい。契約もいつまで続くか分からないからな」
「随分と人道的ですね。俺の犬、とまでおっしゃったのに」
「立場を示す為だ。言ったろう?俺にとって理想的な状況だと」
「私を逃がさない為の発言だったと?」
眉間に皺を寄せるジャックは、肯定的な反応をする。
「そうですか。随分ですね」
「まぁ、もう余裕がなくてな」
「弱気ですね」
「それは見込み違いだな」
「そうですか、では、随分と熱が入っていらっしゃるのですね」
否定しない。
それほどまで、必死に探していらっしゃるのですね。
「それで?教えてもらえるか?」
「そうですね、教えない選択肢はありませんし」
ジャックは、私の言葉に耳を傾ける。




