EP:15
そろそろ鎮痛剤の効果が切れる為、一錠飲む。
それから、さっきの訓練を思い返す。
ジャックとの会話に、違和感が残った。
魔力を手に入れた、奇跡を使いたい。
だから、訓練に真剣に取り組む。
なのであれば、最後の質問はもっと奇跡に関する話が出てくるのでは?
どんな奇跡が使えるのかとか、私の奇跡は何を使うのかとか。
だけど、そういった類の質問はされなかった。
魔力を感じる事ができなかったから、奇跡が使える希望がなくなった?
確かに、ジャックは目に見えて落胆していた。
でもそれは、私の時の実例を持って普通だと話をした。
直ぐに奇跡が使える状態じゃなかったから、奇跡に関しては二の次だった?
確かに、魔力操作が出来なければ奇跡を使用することは出来ない。
センスがあって2年、なければ10年かかってもおかしくない。
現状を知って、理解したから?
そもそも奇跡に興味がない?
であれば、わざわざ訓練なんてしないだろう。
奇跡の訓練をせよ、なんて国から命令が出ていると思えないし、自主的だろうと思う。
うーん。
まぁ、想像できる以外にも可能性はある。
だけど、それなら「他の神の遣いに関して」なんて、質問はしてこないと思う。
つまり、奇跡に関してよりも、その使い手、他の神の遣いに関して知りたかった。
奇跡の使い方や種類よりも、優先して欲しい情報だった。
何故?
何故そんなことが知りたかった?
後天的魔力保持者、ジャックはこの世界に関して何も知らないはず。
にもかかわらず、足元より、周りを見る理由。
分からない。
考えられる可能性はいくつもある。
例えば、命を狙われる心当たりがある。
例えば、何か、計画の弊害となりうる人物がいる。
例えば、神の遣いに心当たりがある。
例えば、自分の情報の流失を恐れた。
例えば、国の奇跡に関する管理力が知りたかった。
……。
国の、奇跡の、秘匿性がどの程度のものか知りたかった?
なんだろう、この腑に落ちる感じは。
そう、考えれば最初から何かおかしかった。
彼は、落ち着きすぎている。
大人だから、演技がお上手だから、なんてのは関係ない。
知らない世界というのは、誰しもが不安を覚える物だ。
それが、彼には感じられなかった。
私は奇跡が生まれた時から身近にあった。
だから、違和感が無い。
彼にとって、後天的魔力保持から始まる”それ”は非日常だったはずだ。
それに対して、彼はあまりに肯定的過ぎる。
そのうえで、それを利用する術(契約婚)を持っていた。
彼は、奇跡を知っていた……?
その可能性にたどり着いた時、思考が乱れた。
激しい頭痛、胃から込み上がる吐き気、不快感、全身の脱力、急激な”恐怖”。
その場で蹲る、体が震える、涙が出てくる、耳を手で塞ぐ、汗が全身から湧き出る。
私の頭を恐怖が支配する。
怖い、怖い、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、助けてください、ごめんなさい、ごめんなさい。
その状態でどれだけの時間が立っただろう。
体感では数時間だった。
なんとか、なんとか落ち着きを取り戻す。
大丈夫、大丈夫だと言い聞かせる。
久しぶりの感覚だった。
これ以上”考えてはいけない”
思考の、制限がかかった。
吐かなかっただけ、子供の時よりは随分とマシ。
ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
何も考えず、深呼吸だけに意識を向ける。
そうすれば、大丈夫。
10分も繰り返せば、元通りだ。
私のやるべきことは変わらない。
ジャックの妻となり、ジャックを護る。
ジャックが何かを隠していたとして、関係ない。
たとえそれが、ジャックの命に関わる事だったとしても、私が護ればいいのだ。
例え全てを殺してでも。
扉がノックされて、はっと我に返る。
返事をすると「奥様、食事のご用意ができております」とメノールが声をかけてくれた。
一緒に食堂に向かう。
ジャックはまだ居なかった。
使用人と共に、静かにジャックを待つ。
それからしばらくして、ジャックが来た。
「すみません、お待たせしてしまいました。すぐに食事にしましょう」
ニッコリ仮面のジャックは、少し慌てた様子で席に着いた。
運ばれてくる料理と共に、当たり障りない会話をする。
何故遅れたのか、話を聞きたいけれど、私は琥珀石を持ち合わせていない。
聞ける雰囲気でもないし、使用人の前で昨日の様な見苦しい姿を見せたくない。
困った。
結局、最後まで打つ手なしで食事を終えた。
仕方ない、夜寝る前にでも話そう。
自室に戻って、お風呂に入って、メノールに感謝して、日課して、着替えて、夫婦の寝室で待つ。
待つ間にそういえば、と思案する。
私の背中について、ジャックは知っているのだろうか?
昨日は背中を向けなかったけど、腰を掴まれたし、普通に抱きしめたし、気付いていてもおかしくない。
でもそれなら、気が付いた時点で手が止まったり、何か言ってくると思う。
自分で言うのもなんだけど、どうしたの、と心配されてもいいくらい酷い火傷痕だ。
それが無かったことを考えると、まだ気づかれて無さそう。
両親は、見られて弱みを握られたら大変だ、と色々と努力してくれた。
あまりに痛々しすぎて、思春期の頃は魔法で消していた。
大人になって、誰にも体を見せる事が無くなってからは気にしなくなった。
両親も次第に何も言わなくなった。
よく考えたら、公爵夫人が傷物なんて、あってはならないのでは?
背中の開いたドレスだって着られない。
そもそもドレスの採寸だってまともに受けられない。
よく考えたらメノールに伝えたのは失敗だった。
奇跡で隠すとして、メノールは私の背中に傷が無い事を驚き、不審に思う。
いっそ適当に嘘をつけばいいかしら?
ジャックに話したら医者を見つけてくれて、奇跡が起こったとか。
良い塗り薬が見つかって目立たないとか。
難しいわね。
いっそメノールを殺すか。
……まぁ、抵抗は無いのだけど、もう少しやり方を探したいなと思う。
とりあえずメノールに直近で疑われることが無いように振舞おう。
面倒になったら最悪殺せばいい。
そう思い、ベッドから起き上がって自室に戻った。
持ってきた貴重品入れから赤い指輪を取り出す。
部屋に鍵をかけ、ベッドに腰かける。
指輪に魔法陣を描く。
左腕がズキズキと痛み始める。
今回は認識阻害の応用で、傷を認識できないようにする。
ジャックに触れられた時に、違和感無い様に感触も調整する必要がある。
影響を与えるのは相手の脳。一種の洗脳状態にする。
効果範囲は広め。目にする人全員を対象。
時間は永久。適時魔力供給する。
効果はこんなもん……よし
少しばかり難しい術式を書き込んでいく。
これがもっとしっかりした洗脳であれば、私一人では構築できない。
難しすぎる。
ゆっくり、集中すれば問題ない。
少し時間がかかり、負担も大きくなるが、失敗して作り直すよりはいい。
時間が過ぎた。
額に少しだけ汗が滲んでいる。
最後の線を書き終えて、目を開けた。
小さなルビーが光り輝いている。
魔力を流して確認する。
うん、問題無いわね。
指にはめて、時刻を確認した。
「え、もう25時!」
思わず声がでた。
慌てて夫婦の寝室に戻る。
もうジャックがいるかな……と思いながら扉を開けた。
だけど誰もいなかった。
少しほっとして、ベッドに潜る。
それからジャックを待った。
1時間待って、入ってくる気配は感じられなかった。
多分仕事をしているのだろう。
そもそも凄く忙しい方だと聞いている。
仕方ない、と先に寝ることにした。
ドアが開いたり、この部屋に誰かが近づくだけでも分かる。
ジャックが来たら声をかけよう、そう思いながら眠った。
その日、ジャックが夫婦の寝室に来ることはなかった。
過去分の手直しが全て完了したので、続きを書いていきます☺
更新はまったりです~
2025/05/07




