EP:02
カーソン家の夕食の時間は少し特殊で、お互いに殺し合う事が許可されている。
1回だけ、対象は1人。それから食事が全て食べられない、というのも避けるルールがある。
気は休まらなくとも、家族として過ごす大切な時間である。
ナイフを投げたり、食事に毒を混ぜたり、あらゆる手段が許可されている。
もちろん、何もしない事だってある。
小さい時はしびれ薬で優しかったけど、9歳になる頃には本物の毒薬で殺されかけた。
おかげで多少の毒には耐性があるけど、猛毒なら普通に死ぬ。
食堂には、既にお父様とお母様が座っていた。
「お父様、お母様、お待たせしました」
「待ってなんていませんわ」
「さぁ、食べよう」
「今日は何で楽しめるでしょうか?」
「私はリチャードに仕掛けましてよ」
「そうか、ミリーは私が嫌いかね」
「まぁ!大好きだからこそですわ」
「仲が良くて羨ましいです。私もワイルズ様と仲良くなれるでしょうか?」
「えぇ、きっと仲良くできるわ」
会話を楽しみながらスープに手につける。
見た目は普通。匂いは……問題ない。
銀食器は本物だし、変色もしてない。
探知にも何も反応が無い。
誰かがいるわけでもなさそうだし、何か仕掛けがあるわけでもなさそう。
スープを口に含んだ。
うん、舌も反応しない。
そのまま飲み込み、体に異変が無い事を確認する。
「私が大好きなカボチャのスープ!とっても美味しいです。」
「レイニーの好物を作らせましたの。そう言って貰えて嬉しいわ。」
「ところでレイニー、贈り物をしたいと聞いたが」
「はい。護衛が任務ですので、結界か何か、危ない時は自動発動できる魔道具を作ろうかと思いまして」
「そうか、では懐中時計を持っていきなさい。ワイルズ様がお持ちでも違和感ないだろう」
「懐中時計!とっても素敵です」
「後でアメリアから受け取りなさい」
「はいお父様、ありがとうございます」
そういって頭を下げたとき、ヒュンっという風の切る音がした。
ほぼ条件反射で体を横にずらした。
おかしい、お父様もお母さまも凶器は持っていなかった。
そう思って顔を上げると二人とも笑っていた。
「どうやったんですか?お父様?お母様?」
「内緒だよ」
「もう、これで殺せなかったら無理ね。ふふっ」
どうやら種明かしはしてもらえないらしい。
この場には私達しかいないし、部屋に何も異変は無い。
つまり、使用人や窓の外からの攻撃ではない。
通り抜けたはずの凶器も見当たらない。
何で攻撃されて、どこにいったの?
奇跡を使ったとしても、探知に引っかかるはず。
私の探知に引っかからない奇跡?そんな奇跡がある?
お父様か、お母様か、どちらの攻撃かも分からなかった。
何か特殊条件で発動する場合は?
設置型なら痕跡があるはず、でもそんなものは探知できなかった。
他の可能性も考えてみたが、実物が無い事は初めてだ。考えても分からない。
分からないものは、考えても仕方がない。
そういうもの、として、今後の対応として頭に入れておけばいいのだ。
こういった事は何度もあった。
考えて答えが出る事もあったし、教えてくれることもあった。
それでも分からない時は、同じ手段で殺されない様に頭に入れておく事を学んだ。
さて、今度は私の番だ。
当分家族で食事する事もないだろうし、何か驚かせたいな……。
いつもみたいにナイフを投げたり毒を盛ったところで殺せない。
今まで一度だってまともに手ごたえを感じたことは無い。
楽しく食事をしながら思考する。
まだどちらかに攻撃される可能性がある。集中は切らさない。
過去の暗殺を思い出し、そういえば……と思いついた。
食事も終わりが近い、デザートが運ばれてきた。
「お父様、お母様、最近新しい奇跡を覚えました」
「ほう、見せてくれるかな」
「驚かないでくださいね」
両手を前に出し、指で魔法陣を描き、何の変哲もない小さな氷の玉を作った。
「どうですか?凄いでしょう?」
「レイニー、ただの氷ではなくて?」
「いえいえ、ただの氷ではありません。もっとよく見てください」
私の言葉に促され、両親は氷の玉をよく観察し始めた。
そして私は、瞬きのタイミングでそのまま目を閉じた。
次の瞬間、パッと玉が砕け、中から眩い光が全体を照らす。
レイニーは少し待って、それから目を開ける。
両親の様子を見ると、硬直している。
あまりの眩しさに、目を眩ませている様だ。
思った以上の成果になにも思考できず、すぐさまテーブルのナイフをお父様に、フォークをお母様に投げた。
しまった、対象は1人、1回までを破ってしまった。
「あっ」と声をかけようとした時、両親は席を立ち、二人でテーブルを持ち上げた。
反射的に私はテーブルを避けた。
ドスン、パリン、という音と共に、テーブルが反対を向いて床に落ちた。
「あ、ごめんなさいレイニー。殺すつもりはなかったのよ?自衛しただけで」
「お、お母様、私は大丈夫です、問題ありません」
「すまなかった、食事を無駄にしてしまったね」
「いえ、もう食べ終わったところです」
レイニーはドキドキしながら、両親の次の言葉を待った。
「そろそろ目が慣れてきましたわ」
「そうだね、レイニーびっくりしたよ」
「ありがとうございます。でも不意を突いたのに阻止されました」
「そうだね、状況的に前からの攻撃以外無いからね」
「殺すのでしたら奇跡を使うのが賢明です。食器は音が鳴りますから」
「自分でも安直すぎたと反省しています。それに約束を破って、お父様とお母様両方に投げてしまいました」
「はは、大丈夫だ」
「流石の判断ですわ!チャンスは掴んでこそ、ですわ」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
二人は満足した様で、その後は執事を呼んで片付けさせていた。
食事もここでお開きとなり、私は自室に戻ることにした。
初めて、二人を驚かせることができた高揚感でいっぱいだった。
アメリアにお風呂の準備をお願いして、ベッドにダイブした。
足をジタバタとさせ、胸いっぱいの気持ちを落ち着けた。
嬉しい。確かに改善は必要かもしれないけど、自分のやりたかった事が成功して、初めて両親を驚かせることができた。
お父様もお母様も尊敬しているし、大好きだ。
そんな二人に少しでも認められたみたいな、成長している姿を見せられて嬉しい気持ちでいっぱいだった。
冷めやらぬ興奮でニヤニヤしていると、ドアがノックされた。
「お嬢様、お風呂の準備が整いました」
「ありがとうアメリア!」
「それから、旦那様から懐中時計を預かっております」
「あ、そうだわ」
ベッドから降りてドアを開けた。
アメリアは小さな黒い箱を持っており、中にはとてもよく手入れされたアンティークの懐中時計が入っていた。
「こちらが懐中時計です。メンテナンスも済んでおりますので、そのままお渡し頂けます。」
「ありがとう」
受け取った懐中時計を部屋において、浴場へ向かった。
小さい頃はアメリアにも湯浴みを手伝ってもらったが、任務で背中に大きな傷をつけてからはお願いしなくなった。
いつもの様に湯浴みをし、早々に部屋に戻った。
懐中時計を前に、どんな仕掛けをしようか悩んだ。
とりあえず命を守らないといけないから、結界魔法かな……いや、転移の方がいいかな?
身体強化もいいな、いやでも命の危険がある時に戦っていられるかな。
色々思考した末に決めた。
『対象者が命の危機に瀕した場合を条件として:結界展開、発動通知、位置探知、致命傷修復』
本当は発動後、半永続にする為に環境から魔力供給できるようにしたいけど、技術的に無理。
転移は魔力量が足りないし、永続回復もしたいけど、苦手分野だから失敗する確率が高い。
そもそも、暗殺に向かない奇跡に関しては熟練度が低い。
熟練度が低いという事は、それだけその奇跡に関して知識が浅いという事。
知識が浅いという事は、想像力や精神力が大切な奇跡において、致命傷である。
実践では使い物にならない。
魔道具だからこそ、何とか付与できるだろうと考えた。
懐中時計に向き合い、裏に魔法の線で魔法陣を描く。
この魔法陣はいわば何も入っていない箱。
この箱からはみ出さない様に、慎重に詰め込むイメージだ。
簡易効果であれば難しくない。
ただ、今回は自動発動に加え、危機に瀕した状態など事細かに設定する必要がある。
限定条件の枠を作り、その中に効果を書き込む。
これは実際に奇跡を発動させ、発動させたものを箱に押し込む。
完成するまで箱の蓋は閉じない。つまり、完成するまでずっと奇跡を発動した状態であるという事。
もたもたしていたら魔力切れで失敗する。
時間との勝負であり、集中力との勝負でもある。
つまり、ものすごく難しいのだ。
作業から数時間して、線が揺れた。
ズキンっと、左腕に衝撃が走る。魔力回路が損傷したのだ。
「いっつぅ……」
思わず声が漏れた。左腕がズキズキと痛む。
痛みに耐えながら、再度意識を集中させる。痛みが更に悪化する。あまりの痛さに涙が出てきた。
何でこんな事してるんだと思いながら、冷静に、大丈夫だと言い聞かせ、針に糸を通すような、繊細な作業を続ける。
それから長い時間が過ぎた。
最後の線を引き終えて、完成した。
危なかった。もう魔力がすっからかんだ。
汗でベトベトになった服が体にまとわりつき、気持ち悪かった。
ここまで護りに特化した物を作ったのは初めてだ。
自分用に欲しいくらい。
達成感で胸がいっぱいだ。
腕がズキズキ痛むけど、これはやむを得ない。むしろ左腕だけでよかった。
失敗したときに傷つく魔力回路がどこなのか、どの程度損傷するかは未知数。
本来、魔道具の作成は禁止されている。
魔力回路の損傷場所によっては、奇跡が使えなくなる可能性もある。
カーソン家は王命であれば魔道具の作成も許可されている。
今回の場合、護衛任務が王命である為、魔道具の作成も何も問題はない。
本来であれば申請してからの譲渡だけど、出来るだけ早く渡したい。
後日でも届けを出せばいいか。
なんて思いながら、窓の外から光が差し込んでるのが見えた。
「嘘……!もう朝!?」
思った以上に時間が過ぎていたらしい。
時計を見たら朝の5時だった。
公爵家には午後にお伺いすることになっている。
慌ててベッドにダイブした。疲れた体に癒しをくれる。
気持ち悪さはあるものの、数分で眠りについた。