EP:14
修正:2025/05/07 DONE
「それで、ご用件は何でしょうか?」
「あぁ、そうだな、明日は空いているか」
「申し訳ございません、明日から講師がお見えになります」
「そうか、ではキャンセルして明後日からにしてくれ」
「まぁ、随分と急な用事ですね」
「俺が忙しい。明後日から少しばかり王宮に行く」
「そうですか……。直ぐはお戻りにならないのですね」
「あぁ、できる限りの用事は明日で済ませたい」
「それでは後ほど早馬を出しましょう」
「そうだな」
それからジャックは琥珀石を取り出す。
防音障壁が展開される。
「奇跡に関して教えてほしい」
「そうですね、正しい知識を知る必要がありますわ」
「いつから始められる?」
「いつでも始める事はできますわ」
「そうか、いきなりで悪いが今からでもいいか?」
「構いませんわ。それでは部屋を移動しましょうか」
「ここではダメか?」
「そうですね、何かあっては責任取れませんので。どこか防音で、人の来ない場所が好ましいです」
「そうか、それでは地下に行こう」
ジャックと共に地下室に移動する。
途中、ジャックはシュラクに声をかけ、明日の予定の変更と、地下室への立ち入り禁止を告げた。
地下室は少し肌寒かった。
使われていないだろうに、思った以上に綺麗だった。流石公爵家。
「ここならいいだろう」
ふと思う。
あれ、これ、私が適当に教えても分からないのでは?
そう思ったけど、妻はそんなことしないか、と考え直した。
「それではまず……一切の説明をする前に、同意をして頂きます」
「同意?」
「今から行う行為は師弟関係にのみ許されます。決してそれ以外の者に内容の全てを口外してはなりません。
これは王族との契約と同義です。これを必ず説明し、両者同意した場合のみ行う事を厳守します。
師、レイニー・ワイルズはこれに同意します。ジャックは弟子として同意をお願いします」
「内容は聞けないのか?」
「はい。許可が無ければ何もお答えすることはできません」
「そうか、弟子ジャック・ワイルズはこれに同意します」
「ありがとうございます。それでは、まず奇跡に関して説明致します」
「奇跡とは、一般的に言われる奇跡と同義です。その為、奇跡を起こせることは周知させず、存在は秘匿されています。」
ジャックは適時相槌をしてくれて、真剣に話を聞いている。
「奇跡を使うには、魔力が必要です。」
「魔力とは、空気の様に、見えずとも存在しています。それは地球上に溢れており、生物が持つこともあります」
「人間の場合、魔力を持つ形は先天的と後天的の二種類しか確認されていません。先天的は生まれた時点で魔力を持ちます。後天的は20歳を超えてから魔力を保持した場合です」
「俺は後天的な魔力保持者だな」
「そうです」
「先天的魔力保持者は、殆どの場合小さい頃から教育されて奇跡が使用できる様になります。後天的魔力保持者は事例が少なく、どのように教育されたのかは不明です。ただ、基本的に変わらないだろうと思います」
「苦労をかけるな」
「構いません。それではまず、奇跡を使うために、魔力の確認をしましょう。」
私はジャックの隣に座りなおした。
「ジャックの魔力紋を見せて頂けますか?」
ジャックは手袋を外して、手を差し出す。
ジャックの手を包み込むように掌で握る。
「この魔力紋は、魔力が一番濃い場所に現れます。私が今からこの場所に魔力を流しますので、とにかく集中してみてください」
「分かった」
ゆっくりと、少量の魔力を流す。
「どうですか?何か感じますか?」
「いや……何も感じない」
「そうですか、ではもう少し具体的に説明しますね。魔力は、血液の様に体中を循環しています。なので、ジャックの中で既に魔力が循環しています。想像して、意識してみてください」
少しずつ魔力の送る量を多くする。
「どうですか?先ほどより何か感じませんか?」
「……すまない、何も感じない」
一度ジャックの手を離す。
「そうですか、問題ありません。そもそもの魔力量も少ないですから、慣れる必要があるのでしょう」
「奇跡は使えるだろうか?」
「そうですね、魔力があっても奇跡を使えない人はいます。」
「そうか……」
少し残念そうな顔をしている。
「それではここから、気長にまったりコースか、危険を伴うハードコースがあります」
大人になってからのハードコースって、結構辛そうだな。
「他を知りませんが、大体ハードコースだと思います。私もハードコースでした。とても痛かったのを覚えていますわ」
「具体的な内容は?」
「まったりの場合は時間がかかりますが、適量の魔力を送り続けます。そのうち魔力が満たされることで、感覚を掴む方法です。ハードの場合は手荒ですが、確実に魔力を感じられます」
「つまり何をするんだ」
「魔力を感じるまで送ります」
「簡単じゃないか?」
「はい、言葉だけで説明すると簡単に思えます。ただ、ほぼ確実に魔力回路が傷つきますので、最悪寝たきりになります」
「魔力回路とはなんだ?」
「魔力回路とは魔力の流れている血管だと思えばいいです。その血管の一部が破裂すると考えるとイメージしやすいかと」
「レイニーの腕も確か魔力回路が傷ついていると言っていたな」
「そうです。一か所でも結構痛いですよ」
「寝たきりというのは?」
「厳密には、治るまで寝たきり、という意味ですね」
「もう少し詳しく話してくれ」
「魔力回路が損傷した場合、その場所と損傷度合は未知数です」
「つまり?」
「つまり、魔力回路の損傷度合と場所によっては、人間の活動が停止する、寝たきり、という事です」
「なるほど?」
「一か所でも損傷度合によっては酷くなる可能性があります。損傷度合が小さくとも、複数の破損が積み重なれば痛みに耐えられません」
「やっかいだな」
「それから頭や心臓など、人間の急所近くの回路が損傷した場合、その影響は大きく、痛みも伴いますが、強制的に活動停止状態に陥ると聞いています」
「何故だ?」
「恐らくですが、人体の危機回避行動だと思います。体が生命維持に必要だと判断するのでしょう。回復に集中する為に、活動を停止するのだと思います。正直なところは知りません」
「なるほどな」
「一番の懸念事項は、魔力紋近くの回路が損傷した場合です。それは最悪、奇跡が使えなくなります」
「何故だ?」
「魔力紋は一番魔力が濃い場所に現れます。魔力のコア、と言えばイメージしやすいでしょうか?そこに傷が付くと、上手く魔力を生成・制御できず、奇跡が発動できないのです」
「なるほどな」
「ただ、そこまで酷くなる確率は低いですわ」
「確認だが、魔力回路が損傷しても、人体の活動自体に影響はないんだよな?」
「はいそうです。魔力回路がどれだけ損傷したとしても、治れば元通り生活できますよ。後遺症はありません」
「外傷無く寝たきりだった人が、突然起きる事もあるわけだ。」
「そうですね、一般だと、それも奇跡と言われますね」
「便利だな」
「話を戻しますが、ハードモードは魔力を感じるまで送るので、途中で止めません。つまり、魔力回路の損傷が1・2箇所で終われば良い方です」
「それはまた、荒療治だな」
「ジャックはお仕事がありますし、そうならない様に痛みを感じた時点でやめる事も可能です。ですが、やはりどこがどの程度損傷するかは未知数です。酷く魔力回路が損傷すれば、鎮痛剤でも痛みが残るかもしれません」
「そうだな……」
「師弟の相性?か、分かりませんが、相性によっては無事に完了することもあるみたいです」
「詳細は知らないのか」
「そうですね、知識に制限がかかっています」
「そうか……わかった。今回はまったりでやろう。明後日からは戦場だからな」
「まぁ、それは寝込んでいる暇ありませんね」
先ほどと同じように、包み込む様にジャックの手を取る。
「先ほどより多く、でも傷つかない様に調整致しますので、そうですね、一度私に頑張って魔力を送ってください」
「……魔力を感じられていないのにか?」
険しい顔のジャックが、更に険しくなった。
「冗談です」
「このタイミングでそんな事するな」
そんなに怒らなくても。
元気づけてあげようと思ったのに。
「今から奇跡を使います。そんなに緊張せずに、少し待ってくださいね」
探知の魔法の応用だ。
これは少し特殊で、相手の魔力紋を触れている必要があるらしい。
らしい、というのは、実践したことないし、されたことも無いからだ。
左腕が痛むけど、これは仕方ない。
感覚で流すこともできるけど、万が一も無くす。
魔法の線で魔法陣を描き、奇跡を発動させる。
左腕がズキズキと痛む。痛い。
目を瞑り、集中する。
ジャックの体に流れる魔力を感じ、魔力回路の状態を見る。
……やはり、ほとんど流れていない程度の魔力量しかない。
恐らく発現してまだ時間が経ってないのだろう。
魔力回路の大きさはもう少し余裕がありそう。
この状態で魔力を流して、回路から溢れないように魔力量を調整する
だいたい……このくらいね。
流した魔力量を記憶し、魔法を解く。
合わせて左腕の痛みも引いていく。
「ジャック、お待たせしました。これから魔力を流します。意識を集中させてください。なるべく想像力を働かせてくださいね」
ジャックが目を瞑る。
私も集中する。
先ほどと同じ魔力量を送る。加減を間違えない様に、慎重に作業する。
「ジャック、何か感じたら教えてくださいね」
「分かった」
それから、1時間程時間が過ぎた。
お互いに少し疲れてきただろう。
魔力を送るのをやめて、ジャックを見る。
「ジャック、どうですか?何か感じましたか?」
「……いや、何も感じない」
ジャックは額に汗を滲ませ、目を閉じて凄く集中していた。
「本日は一度終わりましょうか、目を開けていいですよ」
ジャックと目が合った。
「時間をかけて慣れていきましょう」
「あぁ……」
ジャックは目に見えて落胆している。
「大丈夫です。私は最終的に1年くらい寝込みました」
「それは……随分と大変だったんだな」
「小さい頃なので記憶にありませんし、比べる相手もいないので、それが良いのか悪いのかも分かりません」
「そうか……」
これ以上何を言ってもジャックの気分は変わらなそう。
「私の魔力に触れていれば何か違うかもしれません。必ず懐中時計を身に着けてくださいね」
「あぁ……」
「それでは、ここからはもう少し詳しい奇跡の話になります」
それから、ジャックに詳しく説明をした。
「……などのリスクが伴うため、私以外の人に魔力紋を見せてはいけません。必ず隠してください」
「そうか、分かった。レイニーはどこにある?」
「原則として、師、後は皇帝のみが知ります。これは夫婦や肉親など関係ないのです」
「それもそうか」
「何か質問などあれば、必ず私にお願いします」
「確認だが、他の神の遣いについて、どこまで知っている?」
「それはどういう意味ですか?」
「つまり、どの程度まで情報共有をうけているのか、という事だ」
「そうですね、他の方に関してはほとんど知りません」
「そうか」
「はい、何も知らないといった方が正しいかもしれません」
「例えば俺が後天的魔力保持者だという事は誰か他に知っているのか?」
「原則では皇帝と師のみが知ることになります。例外として、皇帝の他にもう一人、説明係だったかが居たかもしれません」
「つまり、情報が漏れるとしたら、その人たちからしかない、という事だな」
「はい。そもそも、他の人の情報を知っていたとしても、教える事は出来ないのです」
「それは、どういう意味だ?」
「そのままの意味です。仮に私が、神の遣いであるAさんの情報を知っていたとして、それを第三者に教える事は出来ないのです」
「それは、物理的に?それとも、精神的に?」
「言っている意味が良く分かりません、伝える事が出来ないという事は、伝える事が出来ないという事です」
「だから、言葉で言えないのか、例えば紙などの媒体を通せば問題ないのか、という事だ」
「良く分かりません、伝えられないという事は、伝えられません」
ジャックが少し考えて「分かった」と理解した様だった。
「とりあえず、質問は以上だ」
「分かりました。それでは時間も時間ですし、戻りましょうか」
「あぁ、続きはまた明日にでも頼もう」
それから二人で地下室を後にする。
「それではジャック、また夕食の時間に会えるのを楽しみにしていますわ」
「はい、また後程」
私は自室に戻り、ジャックと別れた。




