EP:13
私は、ジャックが好きなのだろうか。
答えはいいえ。
その、愛し合ったし、それが嫌じゃなかった。
だから嫌いじゃない。
でも、もっと触れてほしいとか、ジャックの事を想うとか、喜んでほしいとか、そういう、恋心と言われるそれは、今のところ無い。
もっとドライな……
そう、妻であるならば、そうであるべき、って感じ。
私が、妻はこうじゃないかって思ったから、そうした。
うーん。
何か、おかしい。
おかしい。そう、おかしい。
私が、私でないみたい。
どこか体調でも崩したか?
いいや、変化はない。
では何かされたのか?
いいや、厳密には、何もされていない。
ではなぜ、任務において、こんなにも心乱れたのか?
それが分からない。
今までこんなことは無かった。
『常に冷静に対処しなさい』
その様に訓練され、育てられた。
そして、私は評価された。
それは確かに残酷と言われた事もあった。
それでも、それが私の強さだったはず。
それなのに、それが出来ていない。
出来ていない事が、おかしい。
出来ない意味が、分からない。
依頼への認識?考え方?対処の仕方?
それとも、自分が変わってしまったのか?
分からない。何故なのか。
分からなければ、原因に対処が出来ない。
そうなれば、この依頼は”失敗”してしまう。
それだけは、”絶対に許されない”
自分に対し、自分を諫める。それだけは、絶対に許されないと。
自分を俯瞰する。冷静に、頭をクリアに。
『任務遂行』の為に、何をしなければならないか。
今回の任務の原点を振り替える。
『ワイルズ公爵家当主の妻となり、護衛してほしい』
簡単だ。妻という立場で、護衛すればいい。
つまり、妻という立場を理解してないのが問題なのだと思う。
妻は、旦那様が好きで、旦那様の支えになるような人物だと思う。
それを、私の中にトレースすればいい。
それだけでいい。理解した。
俯瞰から戻ってくる。目に光が宿る。
なるほど。
問題なのは、これが契約婚だという事。しかも期限未定の。
つまり私、振られる事確定で好きにならないといけないのか。
……ふふ、笑える。
でもそうかー、好きかー、好きねー。
恋心もいまいちよく分かってないけど、確かにいい機会かもしれない。
どうせ好きな人と結婚なんてできないのだから。
そう思うと気が楽になった。
好きになっていい。むしろ好きになった方がいい。
後の別れの事は、あまり考えない事にした。
恋した事もなければ、失恋の経験も無い。
むしろ経験できる良い機会なのでは?
頭もスッキリしたところでドアをノックする音が聞こえる。
返事をすると、メノールだった。
「奥様、講師がお見えになりました」
わかりました、と返事をして、応接間に行く。
ドアを開けて、挨拶をする。
「初めまして、ワイルズ家当主、ジャック・ワイルズの妻、レイニー・ワイルズでございます」
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。ルクリア侯爵家、カシュー・ルクリアと申します」
「ルクリア様、よろしくお願い致しますわ」
「宜しくお願い致します」
それから、簡単に今後の流れを説明していただいた。
先生は、代々公爵家に仕える由緒ある家系らしく、公爵家の妻になる事を心より歓迎してくれた。
ただ、領主経営に関しては専門外との事で、それに関してはジャックに確認しようと思った。
色々話を聞いていたら結構な時間が過ぎてしまった。
この後予定がある、と伝え、また明日から来てくれることとなった。
ジャックの書斎に向かった。
好きになっていい、と自覚したからか、ドアの前で少し緊張する。
ドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がする。
「失礼します」
ジャックは書類に目を向けて、難しそうな顔をしている。
「緊急ですか?」
私に気が付いていないらしい。
随分と集中されているご様子。
こんな時はいたずら心が働く。
少し声色を変える。
「掃除に参りました。後ほどが宜しければ退出致します」
「大丈夫です、お願いします」
変わらずに書類に向かっている。
こういう時、暗殺術って役に立つ。
音を立てず、抜き足で近づく。
気配を消す、そもそも誰もいなかった様に。
直ぐには動かない。ジャックが私の存在を忘れるまで。
そう時間はかからない。
それから数分。
ジャックに変化はないが、もう大丈夫だろうと思う。
それから背後に近づく。
真後ろまで回って、どうしようかと思案する。
そうだ、と、ジャックの耳に近づき、「ジャック」と声をかけた。
ジャックが耳に手を当てながらバッと後ろを向く。
びっくりした顔だけど、少し顔が赤いような…?
「ジャック、顔が赤いよ?」
少し悪戯っぽく言ってやる。
そう言うと、ジャックはもっと顔が赤くなった気がする。
あれー?女性慣れしてるでしょ?
ジャックは、ニヤニヤと笑う私をみて、何か言いたそうにしたが、言葉は出てこない。
その後、わざと咳払いして「レイニー、悪戯が過ぎる」と言われた。
「ジャックが気付かないのが悪いですわ」
「掃除だとかで入ってこなかったか?いつもより高い声で」
「いいえー?」
ちょっと楽しい。
「それで、どうした」
「講師がお帰りになりましたので、その後はジャックが呼んでいると聞きましたわ」
「そうか」
ジャックは席を立ち、ソファーに座りなおした。
私も向かいに座る。




