EP:11
修正:2025/05/07 DONE
ドアの音に、びっくりして硬直した。
動けなかった。ドキドキして、一瞬で考えが吹っ飛んだ。
「レイニー、起きていたのか」
ジャックが声をかけてきた。
そうよね、声かけてくるよね。
落ち着いて、一呼吸して、私も振り返り声をかけた。
「ジャック……!」
名前を呼んで、ジャックの姿を見て、顔が熱くなった。
髪型が落ち着き、それによって強調された艶っぽい目、バスローブから少し見える胸板、伸びる手、指先。
流石にちょっと、色気が……!
綺麗すぎて、刺激が、刺激が強い……!
思わず床に目線を落とす。
ジャックが近づいてくる。
その足音に、ビクッと反応する。
「ちょ、ちょっとまって!?」
思わず止まってと、お願いする。
ジャックの足が止まって、少し安堵する。
心臓がうるさい。落ち着きたい。
「どうした?」
心配するような、冷たいような、良く分からない声だった。
未だにジャックの顔は見られない。
固まったままの私を見て、ジャックがまた近づいてくる。
「ちょ、ちょっとお願い、ほんとにちょっとまって!」
結構本気の懇願。落ち着く時間が欲しい。
それでもジャックの歩みは止まらない。
歩みに合わせて、心臓がドキドキと高鳴った。
「あっ……」
目の前で止まった。
ジャックが少し屈む、顔を覗き込んで、私の名前を呼ぶ。
「レイニー?」
私を見る彼に、耐えられず、視線を逸らした。
恥ずかしい。
「どうした?」
心配そうな声色が、優しい。
それに対しても、何も反応できない。
変わらず硬直。思考が帰ってこない。
数秒、しびれを切らしたのか、彼の指が私の顎を掴む。
そのまま顔を強制的にあげさせられる。
顔が近い。とても綺麗な顔が、目が、支える手が、そらす事を許さない。
更に赤くなる顔に、速く鳴る鼓動。何も考えられない。
「あっ……」
数秒が凄く長く感じる。お互いに見つめ合う。
美しいその瞳に、魅入られる。
「綺麗な目だな」
ドクンッと心臓が跳ねる。
彼の声が甘く、耳に響く。鋭い目が、優しく私を見る。
体も熱くなってきた。
「ど、どうしたのっ……!」
褒められるなんて思わなかった。
嬉しいのか、恥ずかしいのか、何も分からない。
ジャックが笑う。少し馬鹿にしたように。
八重歯が見えて、少しあどけなさが残る。
カッコいいのに、可愛い。
「こっちのセリフ」
体温が上がる。
恥ずかしい、逃げてしまいたい。
だけど、体は動かない。
ジャックの手が、顔を伝って、首筋を伝う。
体が反応して、思わず目を瞑る。
指先がそのまま耳を撫でて、ピアスに触れる。
「ピアス、似合うな」
また褒める。なんなの、何でそんなに甘いのっ。
ジャックの指先を感じる、触れたところが熱い。
目を瞑っているからか、感覚が敏感になっている気がする。
ジャックの指が髪を撫でる。
そのまま頭を支えて、彼に少し引き寄せられる。
「俺の目と同じ色。随分可愛い誘い方をするんだな」
耳元で囁かれた。たちまち耳も真っ赤になる。
恥ずかしすぎる……もう限界……!
手で耳を覆い、彼から少し距離を取る。
反射的な防衛だったと思う。
フーフー!!と息を漏らし、威嚇する。
それを見て、彼は笑う。
手で口元を隠す姿は、耐えられないという様な、馬鹿にした様に笑った。
「子供には刺激が強かったか?」
子供の様に、無邪気に笑う彼に、先ほどの魅了は感じない。
それでも私は威嚇する。
こっちは全く落ち着いていない。
それを見て、ジャックは笑いながら、ベッドに寝転んだ。
彼が離れたおかげか、少しだけ冷静に、自分がおかしい事に気が付いた。
男性との接触が苦手とか、そういった事は今までなかったはずだ。
なのに、どうして……!
どうしてこんなに反応してしまうの……!
レイニーは、幼き頃から『国に尽くす事が人生』だと刷り込まれた。
『生涯を皇帝陛下に捧げる』『どんな状況でも任務を遂行する』
レイニーにとってそれが当たり前で、そうでない選択肢は存在していない。
その様に、国が育てた(作った)。
彼女の本来の仕事は暗殺がメインである。
『暗殺による任務の遂行』を軸として、その過程を冷静に対処することができた。
必要であれば男性も誘惑し、ベッドを共にする事も厭わない。
それはあまりに残酷で機械的であり、彼女が非常に評価されている点でもあった。
しかし、今回は『ワイルズ公爵家当主の妻となり、護衛してほしい』という。
彼女にとって、あまりにも特殊過ぎた。
何故なら、何をもってして『任務の遂行』なのか、が明記されていないから。
つまり彼女は、今の状況を『任務の遂行』の「過程」だと紐づけられていない。
彼女の評価されてきた、機械的に遂行できる機能が働いていないのだ。
そうなると、彼女の想像力が大切になってくる。
しかし、彼女は妻に関して酷く曖昧な認識である。
それもそのはず、20歳の考える”公爵様の妻”がなんなのか、想像できるはずもない。
まして、その知識は暗殺者として偏っている。
色恋に関しても全くの無知。今まで、恋愛の一つも経験してこなかった。
結果、彼女はこの任務において、ただの赤子同然である。
思考できず、硬直する。何が正解か、想像できないのだ。
しかし、『任務は遂行』しなければならない。
彼女は、妻にならなければならない。
彼女の考える妻は、夫を拒まないーーー。
少しだけ時間が過ぎた。
お互いの空気感も悪くない。
私も思考が帰ってきて、気持ちの高ぶりも落ち着いてきた。
彼をチラッと目で追っても、随分と余裕がある。
彼女は困惑していた。
なぜこんなに心乱れるのか、理解できなかった。
きっと、自分が仕掛けていないから、なのだと思った。
今まで、誘惑することはあれど、される方の経験が少なかったのだと、結論付けた。
落ち着け、落ち着けと、自分に言い聞かせる。
ジャックは待ってくれていた。
心臓も落ち着いてきて、少し深く息を吸って、私もベッドに座る。
それから、ジャックに確認しなきゃいけないことがあった事を思い出し、声をかける。
「そ、そういえばジャック、聞きたいことがあるの」
「どうした?」
「私たちって、まだ結婚してないよね?」
「え?」
え?って……なにその反応。
だって私、何も書類にサインとかしてないよ?
「知らないの?知らないのにここで待ってたの?」
ジャックが少しだけ高い声で、楽しそうに言う。
「あまりに色々突然だったし、そんな事より知りたいことが山ほどあったのよ」
正直言えば、今の今まで全く気にしていなかった。
夫婦の実感が無いのだって、そういうところじゃないかしら。
「まじかよ。ッハハ!」
無邪気に、楽しそうに笑った彼を、可愛いと思った。
「な、なによ」
「いや、そうか、そうだな。確かに伝えては無い。てっきり知ってるもんだと思ってた」
彼は「はーおもしろ」と、私の気持ちも知らないで笑っている。
「レイニー、俺たちもう結婚してる。書類も通ってる」
「え!そうなの!?いつ!?」
おもわずジャックを見る。
そしてやっぱり無理……と、視線を逸らす。
顔がまた熱くなる。せっかく落ち着いてきたのに。
手を顔にあて、バスローブが少しはだけ、更に胸元があらわになっている。
ニヤニヤしてる口も、面白そうに笑う目も、直視したらまた硬直する。
「許可を貰った時だな。お前も書類にサインしただろう?」
「私……何もサインとかしてないと思う」
思い返すが、お父様からは依頼書以外貰った記憶が無い。
「そうなの?でもまぁ、書類は審査を通過してるし、俺たちは正式に夫婦という事になる」
「本人に確認とかとるもんじゃないの、普通……」
「普通はそうだけど……レイニーは普通か?」
「……」
本人の知らないところで話が進み、勝手に結婚している。
お父様が一切話を聞いてくれなかった訳だ。
話しが来た時点で交渉の余地なしと。少し呆れた。
「ここに着いた時から奥様って呼ばれていただろう。最初の話し合いの時も、未婚なら二人きりでの会話なんて許されないぞ」
「そ、それは身分的なものだと思ったのよ……」
「思ったより頭悪そうだな……公爵家がそんなことしたら大問題だぞ」
「そうね、今考えればそう思うわ」
沈黙が流れる。
私の、頭の片隅にあったもやが顔を出す。
つまり、ということは……。
「つまり、今日が初夜ってこと」
ジャックはそういうと、私の腰を掴んで、無理やりベッドに寝かせた。
「きゃっ……!」
倒されて、ジャックが私の上になる。
顔が近い、ジャックが私を見ている。
「うぁ……」
ドクンドクンと心臓が鳴る。無理だ。なんだこの色気しかない男は。
本来なら腰を掴まれた時点で自衛できるはずだ。
なのに、なんでか、さっきから思うように体が動いてくれない。
男性の耐性はあるの。
今までだって任務で何人も誘惑したし、その時はなにも思わなかったの。
なのに、なんでっ。
「レイニー、俺たち仮にも夫婦だ。 毎回そんな反応してたら大変だぞ」
何も言えない、彼の声も、彼の瞳も、何もかもが私を縛る。
彼の手が、私の腕に沿う。
指先が、ゆっくりと腕を伝う。
ビクッと反応する。思わず目を瞑る。
分からない、なんでこんな反応するのだろう。
おかしい。何かおかしい。私の体じゃないみたい。なんなの、なんなの。
でも、一番意味わからないのは、嫌じゃないってこと。
体が、受け入れていること。
私、こんな腹黒公爵好きになっちゃったってことなの?!
ぐるぐると、意味不明な思考が止まらない。
彼の指はそのまま、体のラインを沿って、足を触る。
体が反応する。おかしい。本当におかしい。
「こんな格好して、そういえば飯の時誘ってたな」
ネグリジェをたくし上げながら、指が太ももを撫でる。
びっくりして目を開けた。
彼の目が、とても冷たかった。
「あ、ちょ、ちょっと……!」
思わず彼の手を掴んで、止める。
これもほとんど反射的な防衛だ。
「なに?期待してたんじゃないの?」
「ち、違うわ!!」
「さっきからずっと誘ってる」
ジャックの手に力が入る。それでも抵抗する。
無表情のジャックは、何を考えているか分からない。
「誘ってない……!」
そんなつもりじゃないっ……!
ジャックの手が私の手を掴む。
「こんな格好して」
私のネグリジェをたくし上げ、指がふとももを撫でる。
「俺の目色のピアス付けて」
指が耳に触れる。確かめるように、ピアスに触れる。
「体反応させて」
拘束している手に、キスされた。
「全部、誘ってないの?」
ジャックが耳元で囁く。体が反応する。
「あっ……!」
もういっぱいいっぱいだ。堪らず声が出る、少し涙声だったかもしれない
抵抗できない。そもそもあまり力が入ってない気がする。
さっきから体が熱い。息もうまく出来ない。
思考が定まらない、どうすればいいのか分からない。
ジャックの手が、私のふとももを撫でる。
指先が、ゆっくりあがる。反応を確かめるように、ゆっくり。
「も、もうやめーーー……」
そう言った時、彼はパッと手を離した。
「子供には刺激が強かったか?」
ジャックは笑う。楽しそうに、無邪気な子供の様に。
私の上からどいて、横に寝そべった。
私は慌てて、その場で上体を起こした。
ドキドキしている心臓に手をあてる。
落ち着け、落ち着け…!
ジャックは何も言わなかった。
沈黙の時間が流れる。
熱くなった顔も、火照った体も、心臓も、思考も、少しずつ、取り戻す。
「ジャック……」
「何?」
「その……」
言い淀む、でも思考が、そうさせる。
「ご、ごめんなさいっ……!」
彼をみると、驚いていた。
私も、自分の発言に驚いている。
「ち、違うの、その、だから、えっと」
自分でもよく分からない。だけど、頭によぎる。
"妻は、拒否しないのが正しい"のでは、と。
体は追いついてない。それは体感している。
今も彼を見て、彼が私を見ている事が恥ずかしい。
体が熱くなる。
それでも目を逸らせない。体が動かない。
ジャックは、ゆっくり体を起こす。
それを私は目で追う。
見つめ合って、彼の手が私の顔に触れる。
何も言わない、代わりに、彼の行動が凄く、確かめるように優しくなった気がする。
髪を撫でる、ドキドキと心臓がうるさい。
ジャックの顔が近づいてくるから、目を瞑った。
唇が私に触れ、そして離れる。
凄く軽くて、優しいキス。
目を開けて、ジャックを見る。凄く綺麗な瞳だと思った。
ジャックはまた、確かめる様に私を見る。
そして、またキスをする。
ジャックにまだ伝えていない事がある。
魔力保持者の印、魔力紋は、その場所が一番魔力の影響を受けていることから、浮かび上がる紋様だ。
魔力の生成場所とも言われており、魔力回路が複雑に絡み合っている。その為、感覚が通常より敏感である。
つまり、何が言いたいかというと、とても敏感なうえ、大きな弱点である、という事だ。
そして、私は舌に魔力紋がある。
今度はさっきと違って、大人のキス。
「んっ……はっ……」
舌が、反応する。
優しく感じるその体温が、気持ちよくて、思考を溶かす。
あまりの感度の高さに思わず、ジャックの胸に手をあてる。
ジャックはそれを受けて唇を離す。
はぁっはぁっと息をする私をみるジャックが、とても色っぽかった。
顔が熱い。体が火照る。息がうまく出来てない。
そしてまた、キスされる。
今度はもっと深く、もっと優しく、確かめる様に、くすぐる様に、絡めとられるように。
「ん……はぁ……っ……んん……」
脳が痺れる。おかしくなりそう。
気持ちいい。気持ちいい。
息ができないと、力なく彼を叩く。
もしかしたら、もっと、と言っている様に取られたかもしれない。
ジャックを叩いた手を取られ、腰に手を回され、キスされながら、優しく抱きしめられた。
やっと離してくれたかと思うと、銀の糸が伸びた。
かぁっと熱くなった。
ジャックは私を見て、余裕の無さそうな顔で言う。
「さすがにちょっと、可愛すぎ」
甘い声が耳に響く。
腰に置いた手に力が入り、私は再びベッドに横になる。
それからジャックは、私の耳や、手や、胸をキスして、「嫌なら言って」と、優しく囁いた。
その後は、沢山、愛された。と、思う。
凄く、優しかった。
なんだろう、言葉だと凄く難しくて、正しく言い表せない。
ただ、お互いに悪くない時間だった、と思う。




