表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/32

EP:【ジャック視点】

ジャック視点



夕食が終わって、書斎に戻り仕事する。


狂った人形は、文字通り踊り狂った。

使用人が随分と殺気立っていた理由と、その結果に笑いが零れた。


使用人はこの公爵家に仕える事を許されている、超一流である。

彼らは、彼女との距離を測りかねていたはずだ。

公爵家当主が何の前触れもなく、結婚した、その理由も説明されない。

その妻が、どんな人物なのかも分からない。


それでも、彼らは常に最善手を取る。そのように鍛えられている。


問題は、レイニーの振る舞いだけ。


その結果、踊り狂い、夕食は随分と愉快だった。


彼女の話を聞けば納得できない事もない。

言えない部分を言わず、目的だけを明確に、簡潔にした結果なのだろう。


彼女の頭は悪くない。皇帝陛下から優秀のお墨付きをもらっている程だ。

俺が何か言わずとも、使用人とは仲良くやるだろう。


「コンコン」と、ドアをノックする音がする。

「入れ」


「失礼致します。旦那様、奥様の入浴が済みましたので、いつでもご入浴頂けます」

「分かった」


シュラクは一礼すると出ていった。


彼の前では取り繕わなくていい。

俺が小さい頃からずっと屋敷に仕えている。

よき理解者であり、よき教育者だ。


残りの仕事を片付ける。


区切りがいいところで、赤い封筒を手に取る。

中には報告書が入っている。はずだ。

封を開ける。中には、何も入っていなかった。

今日もまた、「君」に関して何も進展がない事を告げていた。



17歳の頃、戦場で、突然記憶がフラッシュバックした。

正確には、忘れていた記憶が”突然帰ってきた”が正しいかもしれない。

何故なら、その記憶を思い出した時、確かにそれを体験した当時の感覚があったからだ。


突然帰ってきた記憶は、酷く曖昧だ。ノイズがかかっていて鮮明には思い出せない。

容姿も、声も、匂いも、感触も、どんな場所で何があったのかも分からない。

ただ、忘れていたその感情は、鮮明に帰ってきた。


「君」に僕が熱く憧れたこと。

「君」をとても美しいと思ったこと。



そんな不鮮明な記憶が、10秒とかその程度。


それだけなのに”なぜ忘れていたのか”と自分に嫌悪するくらい、大切な記憶だった。

俺が強くなりたかった訳と、満たされなかった、飢えた心の訳が分かったからだ。


ずっと、なんとなく人生が満たされなかった。

それから、なんとなく、強くなりたいと思っていた。


満たされるために、強くなりたいのだと思っていた。

だけど、どれだけ訓練して体を鍛えても、どれだけの戦果をあげても、どれだけの死線を乗り越えても、満たされなかった。


いろんなことに挑戦した。人間の三大欲求は大いに満たした。

最高級の食事を食べた。金にもの言わせて、全国から取り寄せた。

戦場に出ていない時は、出来るだけ良質な睡眠がとれる様に手配した。

この容姿も含めて、女性には困らなかった。時に金で、性欲も発散した。

慈善活動、寄付、ギャンブル、酒、詐欺、商売、いろんな趣味、思いつく限りなんでもやった。

でも、何をやっても、満たされなかった。


“何か”を求めているのに、その”何か”が分からなかった。

だから、もっともっと強く、誰にも負けないくらい強く、そうすれば満たされると思った。


記憶が戻った時、理解した。腑に落ちた。


僕は「君」を求めていた。

僕は「君」に愛焦がれて強くなりたかったのだ。


当時、僕は「君」に憧れた。

当時の僕は「君」のその姿に、その強さに、何故だか強い憧れを抱いた。

何をしてくれたのかも思い出せない。

それでも、当時の僕の憧れは鮮明に覚えている。


「君」が凄く強かったから、あの時僕は「強くなろう」と思ったんだ。

「君」に、胸熱くなった「君」に、会いたいと思ったんだ。

それは感謝の言葉を伝えたかった様な気もするし、ただ会いたかっただけな様な気もする。

でも確かに「君」に愛焦がれたんだ。


それが例え男性だろうと、女性だろうと関係ない。

「君」は確かに、僕の、そう、英雄だった。


それから俺は「君」を探した。


無意味にやっていた事は全て辞めた。

求めるそれが何か分かった。その為に行動することにした。


人生の目標を見つけたように、目の前の視界がクリアになった。

満たされなかった飢えが、目的を見つけて潤った。

俺のやりたかったことはこれだったんだ。そう確信が持てた。


20歳になるまでに、更に記憶が帰ってきた。

それはやはり断片的で、似た様な情景を見たからなのかもしれない。


「君」と見た燃える情景

「君」の長く、赤い髪の毛

「君」の舌にあった紋様

「君」の熱を持った手

「君」が傍にいた、肉の焼ける臭い

雰囲気から「君」は女性だったような気がする


これ以上はどんなに思い出そうとしても思い出せなかった。


情報は少ない。たったこれだけ。

捜索は難航した。

理由は明白。情報の少なさと、捜索の仕方。


情報が少ないのは仕方ないとして、捜索に関しては、慎重を極めた。

何故なら”記憶の混濁があまりに不自然”だったからだ。


自分の根底に関わる記憶にもかかわらず、覚えていなかった事。

記憶の取り戻し方が、おかしいこと。


普通、無くなった記憶が断片的に戻ってくる事は無い。

戻ってくるなら思い出せるし、思い出せないものは失っているのだ。

確かに、デジャブなどで記憶を取り戻せる事はある。

しかし、そうなれば普通その前後まで思い出せたりするものだ。


普段の記憶と違うのだ。記憶の断片が突然戻ってくる、この記憶だけ。

異常だ。自分の記憶なのに、制限がかけられている様な感覚だ。


だからこそ、何かしらが起こっている、起こった可能性が高い。

俺のトラウマによる精神的ストレスからの解放や、催眠術などで記憶を操作されたか。


ともかく「君」を探すのは本当にごく少数、信頼できる者にだけ頼んだ。


結果「君」に関する情報は、何一つ集まらなかった。


時間がかかる事は理解していても、何の進展もない報告書に何度も叫んだ。


それから、「君」が困っていたら助けになれる様にと、すぐに父に相談して、領主経営を学んだ。

「君」に嫌な印象を持たれたくなくて、関係は清算して、猫を被って王子様を演じた。

「君」は当時でも凄い実力者だったから、更に強くなる為に努力した。


忙しさと余裕の無さで、何度も挫けそうになった。

俺がしたい事はこんな事じゃないと、何度も「君」の事を想った。


思い出してから数年たって、「君」は僕の中で神格化されていった。



それから、俺が後天的魔力保持者になった。

皇帝陛下に招集された時、様々な事を聞いた。


「君」の舌にあった紋様が魔法陣であり、魔力保持者に見られる紋様だと知った。

魔力保持者は「神の遣い」と呼ばれ、「奇跡」を扱える様になる、という事を知った。

「神の遣い」はとても神聖な者として、国が管理すると知った。


やっと「君」に近づけた気がした。

それが何よりも嬉しかった。

「君」に会える可能性が、0%に等しかった可能性が、今は1%の可能性を感じる。

そして、その1%の可能性に縋りつける。


自分の記憶が、「君」が居たあの記憶が、あの感情が、思い込みや偽りじゃない、事実なのだと。

信じられる、その可能性に。


それと同時に「奇跡」が存在する事で自分の記憶に関して一層不信感が高まった。

そして思う。この国は信用ならない、と。


だから、「君」の事は聞かなかった。


代わりに「奇跡の扱いに長けた女性」を希望した。


国が「君」の事を管理しているという事実が、どこまで影響しているのか測れなかった。


少なくとも、表社会には一切の情報が無い結果を見るに、その秘匿性は十分に高いと考えられた。


正攻法では手に入らない。

皇帝陛下の、懐に潜らなければならない。


俺が奇跡を扱えるようになれば、「君」に関する情報が手に入る可能性が高い。


女性を希望したのは、俺が動きやすくなるという点も大きい。

それから、邪な気持ちがあった。

俺は女性の扱いも、自分の見せ方も良く知っている。

女性であれば、懐柔できる。そう思った。


そして、何も知らない、皇帝陛下から優秀だとお墨付きを貰った、あの噂のご令嬢が来た。

愛らしいその見た目は、当時と変わらなかった。

実際は、狂った人形だったが。


「君」も、同じ様に狂っているのだろうか。

「君」は、やりたくない事をさせられていないだろうか。


「君」を想う。今、何をしているのだろうか。



残りの仕事を片付けて、時刻は23時。

浴場に向かい、疲れを癒す。


さて、今日は初夜だ。

彼女もそれを理解しているだろう。


抱く気はないが、懐柔の為に必要であれば対処しよう。

普通なら、触れ合いを拒否されそうだが。


「君」の為なら、俺はなんだってできる。

あぁ、「君」に会いたい。会いたい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ