EP:10
今思えば、あの時の私の行動は随分と勝手だったなと思う。
奇跡の使用許可が出た時点で、国が最終的に全ての証拠を隠滅してくれる、という事は理解していた。
だから何をしても問題ない。
けど、余計な事はしないに限る。
小屋を燃やしたり、少年と触れ合ったり、少年に奇跡かけたり、今思えば何故あんな行動を取ったのか分からない。
「奇跡の使用による痕跡は隠しなさい」そう教わってはいたが、小屋を燃やすのはやりすぎだし、あの小屋に何があったのか調査するべきだったと思う。
少年とも関わりも持つべきじゃなかった。
足の両の健が切れて、痛々しくて、可哀そうだった印象はあるけれど、私の管轄じゃなかった。
恐らく、なにかしら奇跡に関与していたはずだ。
だからこそ奇跡の使用許可があり、緊急の任務だったのだろう。
奇跡による事件は、奇跡で解決する事も多い。
少年は奇跡による治療が行われたかもしれない。
つまり、私がやったことはただの無駄。むしろマイナス。魔力回路を損傷させただけ。
今思えば、随分と酷い結果を残した任務だった。
確か2回か3回目の依頼だったはず。経験不足だったなぁと思う。
任務の後、仕事から帰ってきた両親は、背中の傷を見て悲しそうな顔をした。
思った以上に火傷が酷かった様で、背中にはくっきりと大きな火傷の後が残った。
お母様が回復の奇跡を使ってくれたけど、それはある程度まで。
治すのに随分と時間がかかった。
奇跡による回復は、本人の回復力の手助けであり、前借の様なモノ。
回復の前借という事もあり、基本的に推奨されない。
何度も使用する事で、回復力が衰え、最終的に奇跡が効かなくなり、自己回復力もほぼ無いに等しくなる。
奇跡による回復は万能ではない。
腕が無くなった人に腕が生えない様に、内臓が重度に損傷したら助からない様に、万能ではない。
火傷の後や傷跡に関しても同様である。元に戻るわけでない。
それからお父様は怪我が治り次第、すぐに再教育をしてくれた。
私もその方がよかった。当時、自分の未熟さに凄く自己嫌悪していたから。
あの経験があるから、今の私がある。
思い出したら、あの少年が元気なのか気になった。
結局、あの事件がどのように処理されたのかは知らない。
表社会で事件になっていない様だったので、その様に処理されたのだろう。
今あの場所がどうなっているのか分からない。
分かっている事といえばそれだけ。仕事の事後報告はされない。
気になったら調べたい。
でも私的な事で調査の依頼はできない。
それが過去の仕事に関することなら尚更、干渉することは禁止されている。
でも、アメリアに頼めば調査することは可能だし、自分で調査してもいい。
まぁ、この件は一旦保留でいいか。
少し長めに湯船につかり、満足して浴場を出た。
メノールは私に気が付くと一礼してくれた。
見張っていてくれたのだろう、「ありがとう」と声をかけた。
その後は自室に戻り、メノールは「何かありましたらベルでお知らせください」と言い、仕事に戻っていった。
時刻を確認すると21時を回ったところだった。
丁度いいな、と思い、夫婦の寝室に向かった。
中に入ると、これまた大きいサイズのベッド。
人が五人くらい寝られそう。
流石公爵様……。
部屋自体も随分広いけど、ここは他の部屋と違って上品な装飾品が多い。
寝るのに煌びやかだと流石に鬱陶しいし、そんなもんか。
もしくはジャックか、先代の趣味かな?
そんな事を思いながら、どこか丁度いいスペースを探す。
ベッドの横が広く空いていたので、ここで日課をすることにした。
そこで気が付いた。
ダメじゃん。そういえば奇跡使えなかった。
仕方ない、と動きの確認だけすることにした。
ベッドで座禅を組む。魔力の流れを感じ、循環させ、体内に留める。
これは奇跡を使用するのとは勝手が違う。
奇跡は、使用する奇跡によって魔力の調節が必要だ。
例えば、小さな氷の塊であれば、魔力量は5。
大きな氷の塊であれば、魔力量は10。
自分の思い通りの奇跡を体現する為に、魔力量の調整は必要な技術だ。
最大魔力量を増加させる為にも、必要な訓練だ。
座禅を組みながら今日を振り返る。
今日は大変な一日だったなぁ。
全部自分が蒔いた種だったけど……
いくらか誤解も解けただろうし、これからはもう少しみんなと仲良くやれそう。
鎮痛剤は、自分で街に買いに出た時にでもお返ししましょう。
アメリアに手紙も送らなきゃいけない。
恐らく公爵家の情報網をもってしても見つからない女性という事は、他国の人か、既に亡くなっている可能性だってある。
裏社会の情報網をもってしても、何も見つからない可能性は高い。
気長に探す必要がある。
長期の事を考えれば、マナーや経営学は必須。
明日からは勉強ね……。
それと、ジャックについても、もっと情報を集める必要がある。
そもそも、何故、後天的魔力保持者の発生条件に心当たりがあるのか。
今まで誰も見つけたことが無い。
それに、本当にそんな事が可能なら、全ての人間が魔力を保持できることになる。
そしたら国だって管理しきれないのではないか。
魔法は奇跡だ、だからひた隠し、それが当たり前だと認識されない様に過ごさねばならない。
奇跡の痕跡は全て消し、奇跡の目撃者も消し、全ての奇跡は王国が管理する。
小さい頃から言われ、厳守してきた。
それでも国の管轄外で奇跡による事件というのは起こる。
国が管理しているはずなのに。何故なのかは分からない。
ジャックについても、ワイルズ公爵家に関しても、情報を集めないといけない。
1時間が経過し、その状態を維持して動きの確認をする。
そういえばこの状態をジャックに見られたらどうしよう。
座禅なら魔力の練習だと言えるけど、今動いているし……
うーん、近接戦闘の練習って言えばいいか。奇跡だけに頼っていたら護れないってことにしよう。
我ながら良い言い訳を思いついて満足だ。
魔法操作の訓練をしない分、いつもより長く動きの確認をした。
全て終わり、時刻を確認すると24時。もうそろそろ寝る時間だ。
そこで気が付いた。
あれ……私、自室で寝ていいのだろうか……?
ちょ、ちょっと待って。
あんまり何も考えてなかった。
夫婦の寝室で、えっと、だから、私たちは夫婦だから、一緒に寝る……?
……ん?
思考が考えるのを拒否している。
お、落ち着こう!そう、落ち着いて!!
深呼吸、自分を俯瞰して、そう、大丈夫。
状況を確認しよう。
えっと、私は、日課したからちょっと汗搔いてるか……
違う違う、そうじゃなくて。えっと、まって、服は!?服!!
日課の為に動きやすい服装だわ……
これだと良くないんじゃない!?え!?何が!?良くない!?何が!?
いいいいっ一旦自室に戻ろう!とりあえず!
足早に部屋を出た。
自室に戻って、思考がぐるぐるする。
遠ざけた思考を、真っ白な頭で、理解している様でしていない様に、クローゼットを確認した。
とても布が薄い、綺麗なネグリジェがいくつも……
え、こんな格好で寝るの!?これは妻だから?!妻だからなの!?
どこにナイフを隠すの!?夜襲われたらどうするの!?
思考がパンクし始めた。
落ち着こう。問題ないわ。恐らくこれが一般的なのよ。そう。一般的。
落ち着いて。一般的なのだとしたら問題ないわ。これが普通よ。
そう思えば本当にそんな気がしてくる。
それでも一番露出の少なくて、布地の厚いものを選んだ。
こ、こんなに胸元が開けていていいのかしら……。
ま、まぁこんなものねっ。
自己暗示する。これが一般的、これが一般的。
気持ちを落ち着かせて、次の問題に気が付く。
まって、寝る前に髪留めは外さないとおかしいわ。
どうしよう、また魔法かける?
効果が続く間はまた腕が痛む。
昨日も寝不足だからできればそれは避けたい。
そうだ、付与にすればいい。付与なら一時的で済む。
何か付与できるもの……これなら!
黒のピアスを選んだ。
急いで魔法陣を描く。ズキズキと腕が痛み始めた。
今回は簡単だ、永久に、髪色を茶色に変更。
これなら10分もしないうちに完成する。
永久だからある程度したら魔力を補充する必要がある。一週間に一度くらい。
集中して作成する。無事に完成した。
よし、と、ピアスを耳につける。
髪色が茶色になる。腕の痛みもなくなった。
なんとか解決だわ。
よし、と意気込んで、足早に夫婦の寝室に向かった。
ばたん、と扉が閉まり、少し胸が高鳴る。
ど、どうしましょう。何して待とう。
いえ、先に寝てしまえばいいのでは……?
ちょ、ちょっと待って、これ初夜?まって、そういえば私たちいつ結婚したの!?
まだ未婚じゃない??未婚なら男女一緒に寝る事は無いんじゃない!?
か、確認しなきゃいけないわ!!
あ、そしたらどっちにしろジャックを待たないといけないかしら!?
でもこの部屋に来るのかしら?え、来ないんじゃない!?
落ち着きなく、ぐるぐると部屋を回りながら思考する。
後ろのドアが「ガチャ」っと、開いた。




