EP:09
ジャックの思わぬ行動に思いを馳せる。
確か、以前夜会で聞いた話だと
「ワイルズ様はとても出来た方だけど、女性からのお誘いは全てバッサリ切るらしいですわ」
「お手紙も全て定型文で帰ってくるとか」
「ただの交友ですと随分優しいらしいですわ!」
「実は男性が好みなんじゃないかって噂もありますわ」
とかなんとか……
悪戯に女性をからかうタイプじゃないと思ったのだけど、違ったのね。
あれは女性の扱いに手慣れている感じがした。
実は知らないところで結構遊んでいたのかもしれない。
想い人がいるのに、ねぇ。
まぁ、男性なんてそんなものか、と納得する。
とりあえず、私も突然の事にちょっと焦ったけど、そういう事をする男性、って理解しておけば大丈夫。
うん、次は涼しい顔で受け流せる。
それに私たち夫婦だし、むしろ私が過剰反応しちゃっただけかも。
多分夫婦ならこれくらい一般的だし、むしろ距離感が近いのは良い事だったのでは?
なんて、自分の中で「普通の事」だと結論付けた。
そう思ったら気が楽になった。いつの間にか心臓も平常運転だ。
思いがけず懐中時計を渡してしまったけど、まぁもういいか。
どうせジャックの為に作った物だし。
腕の痛みもなくなって、鎮痛剤の瓶もあるし、とりあえず大満足だ。
後はメノールに事情を説明すれば、とりあえず問題ないはず。
彼女には迷惑をかけた。きちんと謝罪がしたい。
そう思ったら丁度ドアがノックされた。
はい、と返事をすると、ドアの外からメノールが声をかけてくれた。
「奥様、湯浴みの準備が整っております。私が外で見張りますので、入る前にお申し付けください」
慌ててドアを開ける。
「メノール、ごめんなさい。理由も説明せず、貴方には随分と失礼な事ばかり伝えてしまいました」
「いえ奥様、何もお気になさらないで下さい」
メノールから冷たい視線が送られる。
正しい反応だ。本当に申し訳ない。
「いいえ、私の失態ですわ。申し訳ありません。どうか説明をさせて頂戴」
メノールを部屋に招き入れ、ドアを閉めた。
彼女をソファーに座らせ、私も向かい側に座る。
彼女は黙って話を聞いてくれるようだった。
彼女にきちんと説明をした。
「まず、鎮痛剤の件ね、私は特殊な職業に就いています。それはごめんなさい、国に仕えている身なので、許可なく誰にも明かせないのだけれど、その仕事の途中で左腕を負傷しています。肉体的に損傷はないのだけど、内部に大きな穴が開いています。その為、酷く腕が痛むのです。治療に有効な手段がなく、私の肉体的な回復力に頼るほかありません。だから長期的に鎮痛剤が欲しかったのです」
メノールはまじまじと私の左腕を見た。
だから良く見せてあげた。それでも信じてくれるかは分からない。
「決して中毒者ではありません。もし信じて頂けないのでしたら、ここ数日、いえ、信じていただけるまで薬が無くても構いません。腕は痛みますが、これ以上負荷をかけなければ日常生活に支障はありません」
「いえ奥様、そうであればしっかりと薬は飲まれた方がよろしいかと存じます」
メノールが正直なにを思っているのか分からない。
それでもいくらか誤解は解けただろうと思った。
「それから21時以降の件だけど、これも私の伝え方が悪かったわ。伯爵家にいた時から日課にしている訓練があるの。内容はやっぱり言えないのだけど、でもとても集中しないとできない事で、だから長くて3時間は日課をしたいって意味だったの」
本当に他意はないの、と、誠心誠意伝える。
「決して旦那様との、その、関わり合いたくないとか、そういう意図は全くないの。これも伝え方が悪くて本当にごめんなさい」
「そんな、使用人に何度も謝るものではありません」
公爵家の妻の立場でそう何度も謝るなと、そうね。
でもこれは立場関係なく、私は貴方に謝りたいわ。
「旦那様に許可を貰って、夫婦の寝室を使っていいって言われたから、今後はそこで日課をしようと思うの。その、ジャックが入室するなら問題がないから……」
「かしこまりました」
やっぱり彼女が何を思っているのか、表情が読めない。
それでもこれも誤解を解けた様に思う。
「最後に、湯浴みの件だけど……これを見てほしいの」
私は服を脱ぎ始め、彼女に背中の大きな傷跡を見せた。
背中には大きく、酷い火傷の後が見える。
それはどうやったのか聞くに堪えない様な、想像を絶する何かがあった様に思う。
言葉を失ったメノール。手を口に当て、傷跡を見つめていた。
「見苦しいものを見せてごめんなさい。流石に誰にも見せられないの。分かってくれるかしら」
背中を隠す。客観的に見ても痛々しすぎる。
メノールは取り乱しており、何も言えなくなっていた。
落ち着かせるように、笑顔で伝える。
「大丈夫よ。子供の頃の傷なの。もう痛みもないし、何も問題ないわ」
「はい、奥様」
そう言うのがやっとといった感じで、声から緊張が伝わった。
「さ、それじゃあお風呂に入らせて頂こうかしら。メノール、案内してくれるかしら?」
そう言って席を立つ。
メノールも「こちらです」と一礼して案内してくれた。
向かう間お互いに無言で、何も言わないし何も言えなかった。
浴場について、メノールはまた一礼して、外で待機してくれていた。
公爵家の浴場はとびきり広かった。
なんか噴水ある……って、ちょっと笑った。
まぁ、とりあえず誤解は解けたと思い、安堵する。
全てを信じてくれたわけではないと思う。
特に傷口も無く鎮痛剤が欲しい件に関しては今だ疑っているだろう。
ゆっくり、この後の事を考えながら豪華なお風呂を楽しんだ。
背中を見せたせいか、当時を思い出した。




