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EP:01

伯爵家令嬢、レイニー・カーソンは才色兼備であり、学生時代「完璧な淑女」と言われていた。

彼女の所作、立ち振る舞いは美しく、誰もがその姿に目を奪われた。

彼女の知識、考え方は年齢に似つかわしくないと、多くの人を感心させた。

完璧な淑女、完璧な女性、その噂は学園中に広まった。

下級・上級貴族関係なく、多くの男性を魅了した。

彼女に浮ついた噂がなかったのも、さらに拍車がかかった要因の一つだ。


華やかしい彼女の学生時代が終わっても、その熱は冷めなかった。

カーソン家には数えきれない程の手紙が届く。是非お見合いをと。


レイニーはその手紙の山を見て、指で魔法陣を描き、つまらなそうに全てを燃やした。


中には伯爵家より高い身分の手紙もあっただろう。しかし、彼女には関係ない。

何故なら、彼女は自分で結婚相手を選ぶ権利がないからだ。


一般的に、貴族は18歳までに婚約する。

18歳を過ぎると家柄や本人に難ありのレッテルを貼られ、腫れ物扱いされてしまう。

上流貴族同士で子供の頃から許嫁や婚約者を決めてしまう事も多い。


彼女は今年20歳。

賞味期限切れと笑われる年齢であり、本来であれば彼女も、彼女の家族も危機迫るはずである。

縁談の手紙が1通でも届けば、藁にも縋る思いで飛びつくはずだ。


しかし、それは一般的な貴族の、一般的なお話しである。


「レイニー、仕事だ。後で書斎に来なさい」

「はい、お父様」


レイニーは燃えた手紙の処理をして、お父様の待つ書斎に向かう。


「お父様、お待たせ致しました」

「昨日、皇帝陛下から直々の依頼を受けた。レイニーをご指名だ」


お父様は陛下からの依頼書を手渡してくれた。

内容を要約すると「ワイルズ公爵家当主の妻となり、護衛してほしい」という。


「……お父様」

「なんだ」

「専門外です」

「そうだな」


お父様は書類の山から目を逸らさない。


「……お父様、私の意図が伝わりませんか?」

「いいや?言いたい事は伝わっているよ」

「やりたくない訳ではありません。他に適任がいらっしゃる、と申しております」

「あぁ、そうだな。でもレイニーをご指名だ」


そんなことは分かっています。そうではなくて。

そんな書類を見れば分かる事で返答しないで下さい。


「お父様、意図が伝わってない様に感じます」

「言いたい事は分かるが、王命だ」


そんなことは、分かっています!!!

一向にこちらを見ないお父様に痺れが切れる。

少しだけ、声に苛立ちが入ってしまう。


「何故、私なのでしょうか」

「依頼書に記載がない部分は私にも分からない」

「お父様」

「出発は明日だ」

「お父様!」

「ワイルズ様に失礼の無いように。公爵様だからな」


お父様はそれ以上なにも言わなかった。

最後までこちらを見る事は無かった。


お父様の対応が冷たいように感じるが、仕事に関しては私の事も娘ではなく、1人の職人として見てくれている。

我儘は通じない。王命であれば尚更だ。


これ以上何を言っても無駄だと判断し、仕方なく部屋を出て自室に戻る。


とんでもない依頼に、正直いって何もかもが追い付いていない。

言いたい事は沢山あるが、一番の問題点をあげるなら、護衛なんて完全に畑違いだということ。

何故なら私は、この国に仕える暗殺者だからだ。

殺しに関しては一流だと自負しているが、護る術なんて何も知らない。


これが王命である事、私をご指名という事、それは理解したし、問題ではない。

やれと言うならやりましょう。妻にだってなるし、護衛だってやりましょう。


でもね「できる」とは言っていない。


陛下の、その期待に沿える働きができるとは思えない。

護衛という事は、命を守れ、という事でしょう?

命を奪う側の私が、命を……守る?


想像が出来ない。

自分の命さえ、自分の人生さえ、自分のモノではないのに。

他人をどう守れというのだ。


あぁ、陛下は何をお考えなのだろう。

いくつもの疑問と、一番の問題点に頭を抱えた。


自室で依頼書を何度も読む。

しかし、どこにも疑問を解消してくれる記載はない。


何故私なのか。

何故妻なのか。

何から守るのか。

仮にそれは何時までなのか。


推測できる点は、ワイルズ様が何者かに狙われているという事。

妻……というのはそれだけ近くで守らねばならない、という事?

であれば男性のが好ましいのでは。


公爵家であれば金銭の問題は無いだろうし、普通に優秀な護衛をつけるべきでは?

そもそも、なぜ皇帝陛下直々の依頼なのだろう。

国が守らねばならぬほど、危機的状況という事?


うーん。分からない。


学生時代、ワイルズ様の噂は聞いた事がある。

美しい黒髪に、人を引き込む黒い瞳。

容姿端麗なその姿を噂する令嬢は多かった。

彼が望めば引く手あまたのはず、わざわざ妻でなくてもいいのでは。


「アメリア」

「はい、お嬢様」


専属メイドのアメリアに声をかける。

彼女ももちろん暗殺一家に仕える為に訓練されている。


「明日の事は聞いていますか」

「承知しております。既に準備は整っております」

「流石ね、ありがとう」

「恐れ入ります」

「貴方はどう思う?」

「私から言える事はなにも」

「そうね。例えば貴方が私の立場だったらどう?」

「それが命令であれば、仰せのままに」

「そうね」


流石アメリアだ。たまに感情無いのかな?って思う。


「ワイルズ公爵家に関して情報を集めなさい」

「かしこまりました」


一礼するとアメリアは出て行った。


こんなにも情報がない中で任務が遂行できるとはとても思えない。

過去、ここまで不明な状態で依頼された事もない。


つまり、何か特殊な事情がある、という可能性が大きい。

そもそも昨日依頼が来て、明日には動かなければならない状況がおかしい。

何かがあって、至急対処しなければならない。

そう考えれば、今回の異例な任務もなんとなく腑に落ちる。


これ以上憶測で考えても意味は無いし、いつもの日課をすることにした。

ベッドの上で座禅を組み、集中して己の魔力に意識を向ける。

自分の中に流れる魔力を感じ、循環させ、体内にとどめる。


1時間が経過した後、その状態を維持したまま、ベッドから降りる。

それからお父様に教わった型を、足のつま先から指先まで神経を集中させながらこなしていく。


型には多くの意味がある。

近接戦闘の基礎、隠密の基礎、護身術の基礎……いくつもの型をこなしていく。

最近は減ったけど、昔は対象の護衛と殺しあう事も多かった。

暗殺者も、常に闇討ちできるわけではない。

基礎はいつでも自分を守る。己の肉体が最後の頼みの綱だ。


動きの確認が終わった後は、魔力操作の訓練。

魔法陣は描かない。詠唱無しで奇跡が使えるようにする訓練だからだ。

集中して得意の氷で造形を始める。

今日は白鳥にする。できるだけ細かく、細部までこだわる。

時間をかけて、完成目前に閃いた。


そうだ、公爵様の身を守る魔道具を贈ろう


集中力が切れ、白鳥は粉々になくなった。


「アメリア」

「はい、お嬢様」

「ワイルズ様に贈り物をと思って」

「かしこまりました。旦那様に確認致します」

「ありがとう」

「20分ほどで夕食の時間でございます。」

「分かったわ、もう少ししたら食堂に行くわ」


アメリアが部屋を出た後、もう少しだけ魔法の鍛錬をした。

そうして時間になり、家族の夕食の時間になった。


食堂に入る前に、いつもの様に指で魔法陣を描き、探知を発動させておく。

正直意味はあんまり無い。

探知の精度が悪いのではない、ともかくまぁ、おまじない程度でしかない。

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