old Story
previous "MISSING LINKS"
人気のない真っ白な廊下を、彼は一人歩いていた。
淡い茶色の髪は背に届くほど長く、その口元にはわずかに笑みさえ浮かべている。
やがて長い廊下の突き当たりに、これまた真っ白な扉が姿を現した。
ようやく目的地に着いた彼は、インターフォンを押す。
「あ、ご無沙汰しています」
声紋認識装置でもついているのだろうか。
あるいは部屋の主がモニタで確認したのだろうか。
彼が名乗る前に、扉は音もなく開いた。
彼の視界に入って来たのは部屋の主ではなく、大量な本の山だった。
最先端の技術に精通しながら妙な所で古風な物にこだわるこの部屋の主を、彼は何故か『気に入って』いた。
「お久しぶりですJ。お邪魔してもよろしいですか?」
「邪魔するもなにも、もう入ってきてるじゃないか。第一、君らの訪問を断るはずがないだろう、え? デイヴ」
その本の山から姿を現したのは、白髪頭と褐色の肌を持つ恰幅の良い初老の男性だった。
屈託のない笑顔を浮かべるこの部屋の主に対し、愛称で呼ばれた彼は、少々『照れて』いるようだった。
「なら、お言葉に甘えて……相変わらずすごい本ですね。また増えたんじゃないですか?」
左右を見回す彼に座るよう促すと、主……Jは慣れた手付きでコーヒーを入れ始めた。
「それよりお前さんの方こそ大変だったみたいじゃないか。……あれからどうしてる? その……」
「ニコライ・テルミン博士……あ、被告は、医師免許剥奪と、第一級惑連法違反で終身刑を宣告されて、今上告に入っています。で……」
「奴が医師免許剥奪なら、自分も同罪だな。いや、下手をすれば奴よりも酷いことをしているかもしれん……お前さん達を創りだしたのは奴だけじゃない。なあ? No.21」
「……J?」
いつもとは異なるJの口調に、彼は何か言おうとした。
だがそれは、告白にも似た昔話に遮られた。
*
惑連によって秘密裏に進められていた『doll計画』は、若き研究者達の精力的な働きにより、めざましい成果をあげつつあった。
だが、ここにきて大きな問題が立ちはだかった。
「まあ、脳死体を単純に『生き返らせる』ことは可能になったわけだが……」
ジャック・ハモンドはこれまでの研究データをにらみながら頭をかき回していた。
あくまでも自分の意志で動き出す、という単純な『再生』には成功した。
だが、まだ決定的な弱点があった。
「能力や技術の保存には成功したのに……。この手のことは先天的な物なのかもしれないな」
脇からその同僚のニコライ・テルミンが冷静に意見を述べた。
それを肯定するかのように一つため息をついてから、ジャックは机の上に資料を投げ出した。
「一番肝心な『記憶』の保存ができなけりゃ計画の目標の『復活・再生』じゃあないからな」
「これまでの例では、時間が経ちすぎていたのも原因と考えられないか? もっと早くに処置ができていれば……」
「確かに厳密に言えば、こうしている間にも細胞は確実に死んでる訳だからな……」
半ば諦めたようなジャックに、テルミンは軽く片手を挙げてみせた。
「そう怒るな。今エドにシミュレーションを頼んでいるんだが、見にくるか?」
「エドに?」
思いもかけない名前の登場に、ジャックは一瞬戸惑った。
同期の中ではもっともかみ合わないと思われた両者がいつの間に。
だが、好奇心の方が疑問に勝り、ジャックはテルミンと連れだって研究室へと足を向けた。
無数の標本とディスプレイに囲まれて、エドワード・ショーンは二人を迎え入れた。
「どんな具合だ? すまなかったな、厄介なことを頼んで」
切り出したテルミンに穏やかな微笑を向けると、エドワードは眼鏡を直しながら画面上のCGを示した。
「だいたい出来たよ。でも、問題が無いとは言えないな」
そう言うと、エドワードは額にかかる前髪をかきあげ、一つため息をついた。
テルミンとジャックは、ただただ画面を興味深くのぞきこむ。
「大脳新皮質をそっくり人工の物に入れ替える……記憶を司る海馬とつなぐ……つまり」
エドワードは画面を展開する。
「こう、だね。つなぎ終わる前に脳自体が死んでしまうと思うよ」
そして腕を組みながらエドワードは言った。
今まで通り小型化した人工頭脳……AIチップを埋め込む方が成功率は高そうだ、と付け加えた。
「いつの間にかこんなことをしていたのか。抜け駆けしやがって」
冗談めかして言うジャックに、テルミンはわずかに顔をしかめた。
「人工の脳が完全に機能しない以上、元々ある物を使うしかないだろう? もっとも私はアイデアを出しただけだ」
それからテルミンは苦笑いを浮かべながら、再び画面を見やった。
「まったく、こんな調子じゃ君の腕も宝の持ち腐れだな」
「最初から上手くいくとは思ってないよ。いっそのこと、今までのプログラムを見直した方が早いかもね」
言いながらエドワードは計器類に視線を移した。そしてわずかに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
やや離れた所に立っていたジャックが不安げに声をかける。
「標本保存容器の内圧が変なんだ。妙だな……今までこんな……」
調べ始めたエドワードの顔に、緊張が走る。異変に気付き近寄ろうとしたジャックに、エドワードは鋭い声で制した。
「来るな! 容器にヒビが……!」
その言葉が終わらないかのうちに、爆発音が響き、空気中に衝撃が走る。
突然のことに、ジャックはなすすべもなく壁に叩きつけられていた。
「……ろ! しっかりしろ!」
遠くで叫ぶ声が聞こえる。
情けないことに未だはっきりしない意識下でも、その言葉が自分に向けられている物ではないと、ジャックは理解できた。
次第に室内の惨状が明らかになる。
スプリンクラーが作動して水浸しになった室内には容器の破片が散乱し、端末の残骸が散らかっていた。
「おい! 頼むから目を開けてくれ!」
ジャックの目に入って来たのは、普段からは想像できないほど取り乱したテルミンと、床に倒れ微動だにしないエドワードだった。
「こいつは、一体……」
「エドが……私をかばって……」
倒れているエドワードの頭部からはどす黒い血が流れ出し、傍らにかがみこむテルミンの白衣を染めている。
その時ようやく異変に気付いた非常ベルがけたたましく鳴り響いた。
「J……頼む。緊急オペの用意を……」
「な、何を言い出すんだ! まさかお前さん、さっきのあれを……」
「これはチャンスなんだ。それに、恩人のエドを、死なせはしない……」
虚ろな言葉は、低い笑い声に変わった。
突然の友人の変貌……いや、本性を目の当たりにし、ジャックはただ立ち尽くすしかなかった。
*
「研究なんて仰々しく言ったところで、実際には倫理なんて無視した実験のフルコースだ。今さら倫理委員会の立ち上げなんて、本末転倒もいいところだよ」
そこまで一気に言うと、部屋の主はコーヒーを飲み干した。
唖然とする彼に自嘲気味な笑みを浮かべてみせると、Jは壁の一点を見つめながら独白のように言った。
「果たして今まで、その犠牲に見合ったものをなしえたかどうか、自分でも解らない。ただ愚行を繰り返していただけかもしれないな」
その視線の先には、一枚の写真が貼り付けてあった。
やや色褪せてしまったそこには、白衣姿の三人の男性が写っていた。
「真ん中、Jですね。隣にいるのは……」
その左手にいるのは他ならないニコライ・テルミン。
そして右にいる人物の顔は無惨に破り取られていた。
「これが例の三人で撮った最後の写真だ。シャッターを切ったのは、君がここに来た理由の張本人だよ」
いたずらっ子のように笑うJにはめられた、と彼は悟り、気まずそうに言った。
「あの……じゃあ、行方不明になった……」
「そう、キャスリン・アダムスだよ。彼女は遥かに冷静で、まともな思考を持っていた。だから事故の直後、辞表を叩きつけて辞めたんだろうね」
言いながらJは寂しそうに笑った。
珍しく彼は返す言葉がない。
その頭上を、Jの言葉が流れていく。
「しかしお前さんも大変だな。稼働からいきなりフォボス、マルス、と立て続けにきて、次はルナか」
「そんな……それが自分の仕事ですから」
言ってしまってから、彼はその言葉がJの心の傷に触れてしまったことに気がついた。
あわてて口をつぐむ彼をよそに、Jは前触れもなく写真に手をかけた。
「J、何を……」
「お守り代わりに持って行くといい。ただしちゃんと返しに来るんだぞ」
手渡しながらJは言う。
その言葉に彼は表情を改める。
「解りました。変わりと言ってはなんですが、少佐殿の……」
「心配するな。そうそう、ルナの暁龍と小香によろしくな」
いつもの明るさを取り戻したJは、彼の肩を叩いて送り出した。
……元惑連研究員失踪事件に、テロ組織『I.B.』の関与が認められたと判断した情報局は、特務中尉『デイヴィット=ロー』のルナ派遣を決定した。
Next “VICTIMS”