薄利多売
最も栄える町の最も目立つ背の高い建物。
そこから歩いて幾許もかからぬ程に、大層立派な店があった。
奥へ進むとニコニコと人の良さそうな笑顔を貼り付けた小太りの男。白みがかった髪には似つかわしからぬ程、眼光は鋭い。
「なんでしょう。」
店主に負けぬよう意地を張った声で呼ぶと、これまた立派な椅子に座ったまま深く重い声が返ってくる。
「いやなに。随分立派な店だと。一体どうしてこんなに大きくできるのか。」
店主は笑顔を絶やすことなく、穏やかに答えた。
「数を売るのですよ。一の儲けは少なくとも、塵も積もればなんとやらですな。」
最後に「皆様のおかげです。」と足した店主はより一層目尻の皺を深めた。
「ふむ。確かに。」
なるほどと、中々斬新な商売のようで目から鱗、鱗。
見渡せば店内の品はどれも安く、多くの者にとって手が容易に届くものばかりだ。
「それにしても安い。よくやっていけるもんだ。」
相当のやり手かと店主を見ても、店主は笑顔で「皆様のおかげです。」と言うばかりだった。
店から出ると外は既に暗く、冬を越したとはいえ春先の冷たい風が肌を刺す。
日暮れ時のぼやける景色に目を慣らしていると、吹けば飛ぶような男が真っ直ぐこちらに向かってきた。
「いかがでしたか。この店は。」
隈の濃い不摂生を絵に描いたような男だ。
身につけているものも萎びており、当の本人も萎びている。近くまでくるとキツい臭いまでする。
奇妙な男だが今は気分がいい。
私は今し方店主から聞いた話を自慢げに語った。
「実に面白いものでして、利益は低いが多く売るとは誠に誠に。」
男は小さく引き笑いし、顎を引きながらその大きな口を三日月のように吊り上げる。
「そう言ったものをね。薄利多売と申しましてね。薄い利益を多く売ると書きまして。」
薄利多売。よく言ったもんだ。またもや目から鱗。こいつは気分が良い。
「そいつは良い。薄利多売ですか。良い言葉ですな。あなたは中々物知りのようで、何か商売でも。」
問いかけると男は嬉しそうに「この店で商売をしてましてね。」と語り出した。
「そりゃあ良い。こんな素敵な店で働けるなんて、あなたは幸せ者じゃないか。」
新鮮な知識に素敵な店、話のわかる男との出会い。今日は実に素敵な日だ。
勢いついた私に男は付け足すように告げる。
「自分もこの店で薄利多売をしてましてね。」
「なんと。あなたも大層優秀な方ではないですか。一体何をお売りになってるんで。」
男は私の「優秀」と言う言葉に気を良くしたのか、またもやその大きな口を先ほど異常に吊り上げて言った。
「時間を。」