9話 レベッカのお屋敷が天国すぎる件
引き続きよろしくお願いします。
魔法属性「空」ではなく、「空」。
――そう判明したのち、レベッカと新たなパーティを組むことになるという激動の一日から数日。
俺は、朝早くから縫い物にいそしんでいた。
ふと目が覚めてから寝付けなくなったのだ。
そこで冒険用の衣装にほつれがあったことを思い出して、まさに作業に取り掛かっている。
こういった雑務や裏方的な仕事は、お手の物だ。なんせろくに戦えない代わりに、パーティにおける庶務はすべて俺の担当だった。
それに、なんというかやっているうちに没入していくこの感じ! 正直、仕事であると同時に嫌いではなかった。
没頭することしばし、部屋の戸が叩かれる。
俺が応答すると、
「朝から裁縫でいらっしゃいますか。うふふ、そのようなことは言いつけてくださればやりますのに」
ゴシックスタイルのメイド服に身を包んだ女性が部屋へと入ってくる。
彼女は、レベッカおつきのメイド・エミリイさん。
俺に向けられた穏やかな微笑み一つから、すでに色気がにじみだしていた。
肩口で一房に束ねた紫色の髪、どこか憂いを感じさせる瞳に、そのすぐ下にあるほくろや、ちょっとの所作まで。
その美しさは、滴り続けてとどまるところを知らない。
いわゆる大人の魅力というやつだ。
ちなみにはっきりとした年齢は不詳ということにしているらしいから、本当のところ年上なのか不明だが。
「いいんですよ、好きでやってることですから」
「そうであれば、それについては口はお出ししませんよ。器用でいらっしゃるようですし。
ですが、それでは私のお仕事がなくなってしまいます。せっかく身の回りのお世話を仰せつかりましたのに」
「ご厚意はありがたいんですけど。別に身の回りのことぐらい自分でできますから」
「そ、そんな! お着替えや洗顔、歯磨きのお手伝いとかできますよ?」
「い、いや、それは過保護すぎませんか、さすがに」
「うふふ、ぞんぶんに甘えてくださっていいんですよ。さ、遠慮しないでくださいませ。とりあえず服の方のお着替えからしていきましょうか」
だめだ、この人。
いや、逆か。この人に一度でも甘えようものなら、俺がダメ人間にされそう!
たぶん、ずぶずぶ沼のそこまで落ちていく。
が、そんな恐れを知ってか知らずか。
エミリイさんが静かな足取りで、でも着実に近寄ってくる。
俺が布団に身を隠そうとしていると、
「こら、エミリイ。そこまでしなくていい、って伝えたはずだけどー?」
ふたたび扉があいた。
外から入ってきたのは彼女の雇い主・レベッカだ。
とりあえず、ダメ人間に陥る危険からは一旦逃れられたらしい。
「うふふ、そうでございましたね。おはようございます、ご主人様。お早いですね? いつもはお昼頃まで寝ていることもありますのに」
「なっ、それは言わない約束でしょ」
「うふふ、もしかして朝一番にチェーロくんに会いたかったんですか?」
「……エミリイ、そこまでにしないと朝ごはん抜きだからねっ」
「はいはい。わかりましたよ、では私は仕事に戻らせていただきます。では、服を脱がすのは後日ということで♡」
エミリイさんは丁重にお辞儀をすると、不穏な予告とともに去っていく。
それを見送ったレベッカは、まったくと漏らして短い溜息をついた。
「ふう、ごめんなさい、チェーロさん。エミリイったら、本当に過保護で」
「全然気にしてないよ。世話好きなんだろ?」
度が過ぎているけれど。
「受け入れてくれてよかったです。じゃあ、目が覚めたところで、エミリイに代わって私がお着換えの手伝いをしましょっか?」
「いや、なんでそうなる!?」
「あははー、冗談です冗談♪ 変態メイドなエミリイと違って、私はそんなことのためにお部屋にきたわけじゃありませんよ」
「じゃあなんのために?」
いつも昼まで寝ているらしいお嬢様が、わざわざ早起きする理由が特に思い当たらない。
が、彼女はまるで常識を口にするかのように、ベッドの足元付近に腰掛けながら言う。
「そりゃあ、同じパーティの仲間になったんです。少しでも同じ時間を過ごして、はやく仲良くなりたいじゃないですか。それに今は同居人でもありますしね」
こちらへ首をかしげながら、彼女は花がついたような笑顔を見せる。おもいがけず明かされた真意は、不意に俺の胸を打った。
「さ、お裁縫はいったんそこまでにして、ごはんにしましょ? 今日は朝からお肉だって聞いてます」
「……えっと、うん」
「あ。なんだか今の会話、夫婦みたいですね? こうやってベッドの上で会話してるあたりとか、甘美な一夜をともにしたあとみたい!」
「なっ……! あんまりからかわないでくれよ.耐性ないんだ」
「あはは。布団からすぐに出てくれたら、やめてあげますよっ」
なんというか数日前までの地獄の日々が夢のようにすら感じる、幸せな朝のひと時であった
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