007・小さな部屋
ナナはヤマトを小さな部屋に案内する。
広さは二畳ほどで、部屋の半分がベッドで占められている。しかも、そのベッドは高く下は収納スペース……社長は予備役少尉でヤマトは予備役大尉。しかも戦時中は少佐で式典での暴力沙汰という不祥事さえ起こさなければ現役大佐だったはずのベテランである。
そんなベテランに宛がうには、あまりにもお粗末な部屋だ。
「元少佐で隊長も務めた人には申し訳ありませんが……ここがヤマトさんの、お部屋になります」
狭い……そう文句を言われるかと思ったが、ヤマトは気にしていないようだ。
「空母の部屋より広いな……上等じゃん」
「空母の部屋って、もっと狭いんですかっ!?」
ヤマトの言葉に、ナナは思わず問い返す。
兵ならいざ知らず、ヤマトは士官……しかも隊長で少佐だったこともあったのだ。
「軍艦ってのは兵器が主役で人間は荷物だ。棺桶みたいなベッドだけしか個室が与えられないような艦なんてザラだよ。この部屋なら、艦長だって文句は言わないさ」
そう言いつつヤマトは着ていたジャケットを脱ぐ。すると、下にも、もう一着のジャケットを着ていた。
赤地に背中と左胸には黒い線で切り抜かれた不格好な鬣と丸い耳を持つ赤い犬……ハイエナのシルエット。その下に書かれた四文字熟語は一騎当千ならぬ一『機』当千……先の戦争でアイゼル側を震え上がらせた戦闘機隊。『赤いハイエナ』や『特選隊』の通称で知られる『特別選抜隊』の部隊章である。
が、下に特選隊のジャケットを着ていたことに、ナナは疑問を感じた。
通常は分厚い宇宙服の上にジャケットを羽織る……だから、スペース・ジャケットを普段着に使うには大きすぎるはずなのだ。
ナナの表情からヤマトは疑問を察したらしい。
「ああ、このジャケットは元は俺のじゃない。部隊解散の時に、ミカサに無理矢理、交換させられたんだ」
ミカサ……『魔術師の剣』転じて『剣のミカサ』と呼ばれた宇宙軍航空隊のトップエースであり、アマツ宇宙軍で五指に入るほどの撃墜記録を持つ女性パイロットである。
そして、マツシマ司令同様、特選隊では『神速の魔術師』直属の部下だったそうだ。
ナナはヤマトからジャケットを受けとる……酷く重い。少なく見積もっても十五キロはあるだろうか。
スペース・ジャケットが重い事は、ナナでも知っている。
高速で飛来するスペース・デブリから身を守るためのジャケットだ。ライフル弾ですら貫通できないほどの強度があるが、そのため恐ろしく重いのだ。
そのジャケットを二枚重ねで着るとなると、二着合わせて三十キロを軽く超える。にも関わらず、ヤマトは涼しい顔でいるのだ。
「ヤマトさんって、凄く力が強いんですね……あと、結構肩幅が広い」
背はナナと大して変わらない。が、よく見ると身長に対し肩幅は広かった。
「俺の親は、どっちも百九十センチ前後の長身でね……ガキの頃の栄養失調がなきゃ、俺も同じぐらいの身長になってたって医者は言ってたよ。持って生まれた設計図どおりに成長できりゃ、俺も親と同じ身長になれたハズなんだけどな……でも栄養失調のおかげで馬鹿の大足だ。あと、俺は強化人間だから力は強いさ」
今の時代、町で暮らす者なら、まず、そこまで飢えることはない。仮になっても、早急に治療を受ければ身長には影響がでなかったはずだ。
「治療は受けなかったんですか?」
「入院中に親の乗った船が故障して帰ってこれなくなってね……治療費払えなくなって追い出されたんだ」
ナナの問いに、ヤマトはあっけらかんと答える。
「ということは、ご両親は……」
ナナの問いに、ヤマトはどこか楽しげだ。
「生きてるよ。今も亜光速でディアスの玄関口たる天道中継点に向かってる……到着は二十年後かな? 浦島太郎になったおかげで親との再会が若干早くなったし年齢の逆転も避けられそうだよ」
ヤマトの言葉から察し、亜光速推進装置が不調で空間跳躍に至る事ができなかったのだろう。
「結構な苦労人だったんですね……」
思わずナナは口にする。
「生きてるだけで丸儲け……生粋の船乗りには、俺みたいな輩は珍しくないさ」
その言葉に、更なる疑問が湧いてくる。
「生粋の船乗りなのに、なんでアマツの軍人になったんですか?」
その問いに、ヤマトは楽しげに笑う。
「ガキの頃に乗ってた船に青空のポスターが張ってあったんだよ。その青い空を飛びたかったんだ……星の海には飽き飽きしてたからね。で、アマツが国籍をエサに軍人募集してたんで志願したんだ……よく考えてみれば、余所者を軍人にするって段階で戦争準備に入ってるって事だったんだよな? ちいと浅はかだったよ」
他人事のようにヤマトは言う。
船乗りの生まれで実戦経験もある軍人だった……恐らく、一般人とは生死感が異なるのだろう。
「空は飛べたんですか?」
今日日の主戦場は宇宙である。惑星上が戦場になる前に勝敗は決している。だから、ヤマトは空など、ほとんど飛べていないはずだ。
が、先ほどの模擬空戦は、大気の海という設定での空戦だった。
「訓練で少し飛べたぐらいか……実戦は、ほとんど宇宙戦闘だった。そのおかげで気圏内戦闘のブランクが相当あったんでマツにはボロクソに負けたよ」
とは言え、そのブランクがある状態ですら、社長どころかハルバ基地でエースキラーの異名を持つ腕自慢を手玉に取れたのだ。ヤマトは決して弱くない。そしてマツシマ司令との模擬空戦も見たが、徐々にカンを取り戻してゆく様子がわかった。
特に最後の一戦は、マツシマ司令と互角に渡り合えたのだ。
「ちなみに……レッドホークなら、マツシマ司令に勝てました?」
ヤマトの最後の愛機だったらしい、スーパー・レッドホーク。それならブランクがあっても……と、思ったのだ。
「マツは小型機ばっか扱ってたハズだから、お互いレッドホークって条件なら負けねーよ? ただ、マツがドラグーンなら厳しいかな……」
スーパー・レッドホークは大型戦闘攻撃機、対しドラグーンは小型の戦闘攻撃機だ。
宇宙戦闘なら動力炉の出力が高い方が強いとされる。大きな機体なら、機体に見合った大きな動力炉が搭載できるため高出力なエネルギー兵器を扱える上、強力な防御障壁を展開できるのだ。
ドラグーンのエネルギー兵器は、レッドホークに対し必殺とは言えないが、レッドホークのエネルギー兵器はドラグーンに対し必殺と言えるだけの威力がある。
その基礎知識があるため、ナナはヤマトの言葉に疑問を持つ。
「厳しい……ですか?」
「宇宙戦闘なら負けないが、気圏内戦闘だと厳しいな……デカイ分、レッドホークは鈍重だ。格闘戦に持ち込まれたら、まず勝てない……だから発見次第、一撃離脱を仕掛け、それで勝負がつかなきゃトンズラするしかないわな」
技量の問題ではなく機体特性が問題になるのだろう。
「勝てないわけではない?」
「正々堂々と……って前提じゃ勝てない。もっとも、気圏内戦闘でドラグーンとレッドホークが戦う大前提からして不公平なわけだけどな」
レッドホークは極めて強力……つまり巨大なミサイルを積めたらしい。先の戦争の最終決戦の直前、そのミサイルで空母『ビュルテンベルク』を撃沈し、アイゼル側に最終決戦を断念させ講和交渉の糸口を作った……これはアマツでは有名な話である。
いわば対艦攻撃機に近い機体なのだ。戦闘機相手の空戦は、そもそもお門違いだろう。
「言われてみれば、そうですよね……」
納得するナナに、ヤマトは楽しげに問う。
「で、俺も聞きたいんだけど、嬢ちゃんって何者だ?」
その問いに、ナナは一瞬、言葉に詰まる。
「一応、ここヤシロ運送の社員で、住み込みで働かせてもらってますが……」
そう答えるが、ヤマトは、それを知りたいわけではないようだ。
「かなりガチな格闘戦の訓練を受けてるよな……と言うか格闘技じゃなくて軍隊式の格闘術か? 視線の配りかたからして一般人とは違う……いや、格闘術じゃなくて隠密や諜報としての訓練、その一貫で格闘術を叩き込まれたって感じだな?」
一見して隙だらけに見えるヤマトに、こうも見事に図星を突かれるとは思ってもいなかった。
「ヤマトさんこそ、何者なんです?」
そう問い、『神速の魔術師』の異名を持つ、アマツ最強を謳われたパイロットだったことを思い出した。
「赤いハイエナの死に損ないだよ……負傷し隊の最後の戦闘には参加できず死に損なっちまった」
ヤマトは、『赤いハイエナ』の頭脳に該当するポジションだったらしい。その頭脳を欠いた状態で、圧倒的多数の敵機を足止めするように命じられ『特選隊』は壊滅的な被害を被り解散されたと。
部隊の頭脳……いわば指揮官だったのだ。考えてみれば只者であるハズがない。
「あたしは促成人間のサンプルとしてディアス多星系連邦から買われたみたいですが……正規の手続きを踏まなかったみたいで、軍の内部で問題になって色々揉めた挙げ句、最終的に騒動では部外者だったヤシロ司令が後見人になって引き取られました」
「促成人間?」
聞き慣れない言葉のようで、ヤマトが問い返す。
「短期間で大人になれるよう調整された試験管ベイビーで、特殊な教育を受けることで即戦力として使える人間って意味だそうです」
戦力と言っても、必ずしも戦闘を指すわけではない。社会や組織の一員として使い物になる……そういう意味だ。
「つまり、見た目どおりの歳じゃないって事?」
「はい……まだ十二歳です」
この話をすると、ナナの境遇に激怒する者もいる。が、ヤマトは気にしていない様子である。
「なるほど……なんかチグハグな印象を受けたけど、それが原因か」
「チグハグ?」
今度はナナが問い返す。
「運転中の視線の配りがプロの技だった。あと、俺が銃を持ってることにも普通に気づいてたが……全然警戒しないってのが不自然に感じたんだ」
ヤマトが脇に銃を吊っているのには気づいてはいた。が、同じ職場で働くことになるのだから警戒対象としては認識していなかった。
何より、ヤマトは悪人ではないという直感を信じたのだ。
「銃には気づいていましたが……装弾してませんよね?」
「してるぞ?」
そう言い、ヤマトは右脇からリボルバーを抜き回転弾装を振りだすと、六発の銃弾をベッド下の棚の上へと転がす。
リボルバーはS&WのM66……のコピー品だろう。鍛造ステンレスから削り出された357マグナム弾を扱う強力なリボルバーである。
込められていた弾。その一発は弾頭がなく、もう一発は弾頭と薬莢に精緻な細工がされていた。そして残りの四発は艶の無い銀色の弾頭。
「三種類の弾?」
弾頭がない弾は空砲だろうが、それ以外に二種類の弾を込められていたのだ。
「初弾は空砲。次は曳光弾が四発。最後の一発は自決用の特殊強装弾」
曳光弾とは言え、当たれば無事ではすまない。化学反応で発光し、弾道を可視化させるための銃弾である。つまり弾体が存在するのだ。
そして特殊強壮弾は丈夫な宇宙服のヘルメットをも貫けるという強力な弾だ。救助が見込めないときの自決用として、航空隊員には、皆に一発ずつ支給されるらしい。
「その銃弾の並び……出撃時の装弾ですよね?」
アマツにおける戦闘機乗り、その験担ぎの御守りが六発装弾のリボルバーなのだ。
初弾は空か空砲。続く四発は漂流時に自分の所在を味方に知らせるための曳光弾。そして救助が見込めない場合の自決の一発。宇宙軍航空隊の戦闘機乗り。彼らが出撃時に銃に込める弾と、その並びである。
「そう。この並びで装弾したコイツを持ってると気が引き締まるんだ……が、初対面の人間が銃を持ってる場合は、気を許しちゃダメだ」
そうは言うが、ナナは未だヤマトを全く警戒してはいない。
どこか呆れたように言うと、ヤマトはリボルバーに抜いた弾を再装填する。
「と言うことは……ヤマトさんて、あたしを信用してないってことですか?」
ヤマトは信用に足る。そう信じていたのにヤマトからは信用されていない……これはショックである。
「まあ、警戒対象とは思ってない……と言うか、戦争で神経をやられてね。こういう危ない物を持ってないと落ち着かないんだ……だから、俺を信用しちゃダメだ」
その言葉に、ナナは戦争神経症という言葉を思い出した。
死と隣り合わせの危険な環境に身を置いていると、恐怖を緩和するために大量の脳内麻薬が分泌される。それが常態化した場合、脳内麻薬の中毒者になってしまうと。
これが戦争神経症で、患者は脳内麻薬の分泌を促すべく危険や無謀行為などに率先して身を投じたがる。この患者には、ギャンブル狂も多いらしい。
「戦争神経症?」
思わず口にしていた。
「そう……俺が危なっかしい僻地にいたのも、刺激が欲しかったからだ。突然、銃をブっ放つかもしれない危ない人間だから、距離をとった方が賢明だ」
そうは言われたが、やはりヤマトを警戒対象とは思えないナナであった。