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006・呼ばれた理由

 思わずよろめく。

 実戦さながらの高機動。それに伴うGに晒され全身がガタガタである。

「やっぱり鈍ってた……」

 腕だけではなく体力まで落ちている。鈍っていたではなく、鈍り切っていた。

 結局、一勝もできなかったが、マツシマ司令の手の内は読めた。まだ隠している技もあるだろうが、それを踏まえても次あたりから勝てる自信はあった。

 激しい機動戦で息が上がっていなければ、最後の十戦目は勝てた……それがヤマトの見立てである。

「マツシマ司令との空戦は、全てが高機動の格闘戦。大尉の実力は解りましたが……シミュレーターなら、スーパー・レッドホークを飛ばして欲しかったってのが本音ですね」

 ヤマトのボヤキに社長は答える。

 レッドホークは、戦争末期にヤマトが乗っていた大型の戦闘攻撃機だ。

 その気になれば格闘戦もできるが、対艦攻撃に主眼を置いた機体である……が、実戦に投入されたのは、その先行型三機だけだ。

 量産型は、停戦後に少数が造られたのみである。

「オレも、馴染みのあるレッドホークを飛ばしたかった……量産機は、オレが乗ってた先行型とは勝手が違うらしいが、基本的には似たようなモンだろ」

 その言葉に、社長は笑った。

「なら明日か明後日あたりで、実機を飛ばしてもらいます……量産機ではなく先行型が基地にありますので。『ウェットレトリバー』の隊長機。前の戦争で、単機としては両陣営で最大の戦果を叩きだした伝説的な機体です」

 かつてヤマトが乗っていた機体で、実戦投入された三機の先行型。その最初に作られた機体であると同時に最後の生き残りでもある。

 亜光速まで加速させた機体。その機体が持つ膨大な運動エネルギーを空間に作用させ、離れた二点を繋ぐ特異点を穿つ空間跳躍。

 その空間跳躍を行う事で、恒星間航行も可能な万能機。そういったコンセプトで作られたが、機体を亜光速まで加速させる事はできたものの、空間跳躍に必要な特異点を穿てるだけの速度にまでは到達できなかったのだ。

 それでも高い対艦攻撃力を評価され、亜光速航行能力を廃した量産型が計画されていた。

 試作機も含めた三機の先行型が強行偵察機として実戦投入され、最終決戦の直前にアイゼル軍の中核をなす空母ヴュルテンベルクを強行偵察にて撃沈した。

 その結果、数の劣勢を覆し講和の糸口を造り出せたのだ。

 残りの二機は、一号機に推進剤を移した後に自爆させた……残された推進剤を合わせても、一機分の推進剤しか確保できなかったのだ。

「一号機がある……って事は、チャックも健在か?」

 思わずヤマトは問う。

 チャック……隊長機たる一号機のみに搭載された、データの収集と解析を目的としたニューロ・コンピューター、その呼称である。

 ニューロ・コンピューターとは、人間の脳を電子的に模倣して作られた、いわば『直感』するコンピューターだ。人間ではないが、人格に似た個性が現れる事もあるらしい。

「健在ですよ……気難しくて、オレ含めパイロット連中は皆嫌がって持て余してます。アイツ、少佐をパイロットの技量を測る物差しにしてますんで、ほとんどのパイロットを下手糞呼ばわりしてくれますからね……」

 返事は明後日の方向からである。

 この声に、ヤマトは聞き覚えがあった……かつての部下だった、イヌイ大尉だ。

「今のオレは予備役大尉……現役大尉たるオマエの方が立場は上だろうに」

「体に染みついた上下関係は、そう簡単には消えませんよ……オレは元よりキーアも、マツシマ司令すらも、ヤマト少佐が怖いんですから」

「だからオレは、予備役大尉だっつーの」

 ヤマトの言葉など意に介さず、イヌイ大尉はヤマトに最敬礼する。

「お元気そうで何よりです。軍を追い出されたという話を聞いたときは、本気で心配しましたよ?」

 その言葉に、それまで黙っていたナナが疑問を持ったようだ。が、社長は心当たりがあるらしい。

「追い出されたって……ヤマトさん、何かやったんですか?」

 ヤマトよりも先に社長が口を開く。

「帰還後の式典でキジマ大将をブン殴って、物理的に首が飛ぶところだった……それをウチの親父やマツシマ司令といった幹部連中が手をまわして何とか首を繋いだ、でしたよね?」

 ヤマトの首と引き換えに、ヤツシロ大将は軍から退くことに。その息子たる社長が、新任早々、予備役に回されたのも、そのとばっちりである。

「だから、オレの事は煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」

 観念したようにヤマトは言った。

 借りがあったからこそ、マツシマ司令の呼び出しに応じたのだ。

「ヤマト大尉ほどの戦闘機乗りなら、ウチの親父も文句は言わんでしょう……親父を黙らせる上でも、大尉は欲しい人材です」

 ヤマトは大きく息をつく。

 社長の父親が誰かを理解できた段階で、自分が呼ばれた理由の半分は理解できていた……ヤツシロ大将の息子、そのお目付け役である。

 が、残りの半分。マツシマ司令の目的が読み切れない。

 単にお目付け役が欲しかったのなら、事情を話して呼んでくれればよかったのだ。

 職も無く、辺境で暇を持て余していたのだ。ヤツシロ大将に借りがある手前、ヤマトには断る事などできない。

 にもかかわらず、情報を伏せたままヤマトを呼び出した……つまり、公にできない別の要件があるとも考えられる。

「イヌイ……マツの狙いは何だ?」

 シミュレーターによる十連戦も、何かしら考えがあっての事だろう。

 それに実機を飛ばすというのも腑に落ちない。

 シミュレーターの性能は、戦時中と比べて劇的に向上しており、実機と同じ訓練を遥かに安価かつ安全に行える。

 あえて高い費用をかけて実機を飛ばし訓練をする必要など無いのだ。

 問われ、イヌイ大尉は曖昧に笑う。

「最強と言われたトップエースを手元に置いておきたい……それが目的じゃないですか?」

 その言葉に、ヤマトは納得できない。

 ヤマトはキジマ大将を殴った問題児である。当然、キジマ大将からも嫌われている。そんな問題児を手元に置けば、マツシマ司令の出世に、間違いなく影響が出るだろう。

 それともう一つ。軍における兵器の認識が大きく変わったというのも大きい。

「戦艦万能論が幅を利かせる今の軍で、戦闘機乗りを飼っておく意味なんて薄いぞ?」

 その言葉に、イヌイ大尉は苦笑いする。

 このハルバ基地の存在を全否定するようなことをヤマトは言ったのだ。

「戦艦は金食い虫です。軍の枠に縛られず、身軽に星の海を動き回れるカードを手元に置いておきたいって事でしょう」

 星の海を跨いだ運送屋……そう言った話でヤマトは呼ばれたのだ。

 軍の基地に間借りしているとはいえ、軍務とは関係なく恒星間を行き来できる……そんな業者を手元に置いておけば、他国の情報も得やすい。そう言った考えもマツシマ司令にはあるのかも知れない。

 が、マツシマ司令自身、問題児の島流し場所。その監督者といったいわば閑職に就いている。

 そんな閑職で、他国の情報を集めたところで有効活用は難しいはずだ。

 考えたところで、ヤマトには答えが出せそうにない。

 ヤマトは諦め、大きく溜め息をつく。

 他にも疑問は幾つもあるのだ。

「レッドホークの実機? ……あのシミュレーターがありゃ、あえて飛ばす必要もないなろうに?」

 レッドホークは全長四十メートルに迫る大型戦闘攻撃機だ。これを飛ばす費用など、個人では容易に捻出できるような額ではない。

「動態保存のための飛行という理由づけで、司令が基地予算から費用を捻出してくれました。あと、大尉の腕の最終確認をレッドホークに搭載されたチャックが行います」

 社長の説明ではあるが、やはりヤマトは納得できない。

「チャックとの付き合い……たぶん、人間としてはオレが一番長いぞ?」

 人間では無い上、頭も固く融通も効かないが、ヤマトにとってチャックは付き合いやすい相手だった。

 腕は鈍っているが、それでもチャックの審査をパスできる自信はある……何より、チャックの教育者がヤマト自身だったのだ。

 その癖や特性は知り尽くしている。

 チャック自身もヤマトの癖を知り尽くしている……腕が鈍っているとは言え、チャックの審査をパスするのは難しくは無いだろう。

「ですので、形式的な物ですよ……塩漬けになってるスーパー・ブラックホークの先行型三号機。その民間払い下げの条件が、チャックの審査をパスできるパイロットの確保ですから」

 スーパー・レッドホークの発展形であり、レッドホークではできなかった空間跳躍を行い、単機で恒星間を移動しアイゼル本星に殴り込みをかけ気圏内戦闘までも可能な万能機。

 そのブラックホークを用い、運送業を始めるとの事らしいが……親の七光りを最大限活用しているようだが、ヤマトの見立てでは甚だ現実的ではないといった評価である。

 そもそも軍用機は、運用コストなど考えられてなどいない。

 買っただけで破産することは無いが、飛ばすと破産する……星暦初期の軍用ジェット戦闘機の逸話にもあるよう、個人で所有できる物では無いのだ。

「レッドホークの発展形となると、レッドホーク以上に高価なはずだ。だから個人に買えるようなモンじゃないんだが……社長の後ろで糸を引いているのは誰?」

「強いて言えばマツシマ司令ですね……あと、ブラックホークはロストナンバーとされ廃棄されるはずの機体を、親父の名前を使って格安で入手しました……扱いきれる凄腕を用意しろと条件を付けられましたが。ちなみに三号機は三機の試作機の中で、最も基本性能の高かった機体です。開発陣も廃棄には難色を示してますよ?」

 テストパイロットをやっていた手前、レッドホークの開発スタッフとはヤマトも知り合いである。恐らくブラックホークの開発にも大半の者たちが関わっているだろう。

 つまり、ヤマトを抱え込むことで、社長は確実にスーパー・ブラックホークを入手できると言うわけだ。

 それ自体は構わない。

 が、その事情を伏せ、マツシマ司令がヤマトを呼び出した……それが腑に落ちないのだ。

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