005・魔術師の盾
アマツ宇宙軍の主力戦闘攻撃機たるドラグーン……ヤマトは戦争序盤、このカスタム機に乗っていた。が、戦争中期からは大型戦闘攻撃機ばかり扱っていた。
対しマツシマ大佐は、停戦までドラグーンのカスタム機に乗り続けていた。
つまり、ヤマトはドラグーンの扱いに対し、結構なブランクがあるのだ。
ブランクの無いマツシマ大佐とは、ハッキリ言って勝負したくはない……同じ隊に居て、かつての手腕を知っているだけに、今の自分が勝てない相手だという自覚もある。
模擬空戦中も、シミュレーターの中からマツシマ大佐の挙動を窺っていたが、ヤマトの見立てでは腕は衰えていないようだ。
この基地で試験を受けるとの事で、事前に下調べぐらいはしている。
腕利きパイロットの空戦映像は、公開されてる範囲で一通り確認した。
目立ちたがりな性格か、シゲタ少尉の映像は多数確認できた……おかげでシゲタ少尉の癖を事前に知ることができたため、あっさり三連勝を決められたのだ。
マツシマ司令の空戦映像は流石に公開されてはいなかった。が、訓練飛行の断片的な映像は拾え、そこからヤマトの記憶にあるマツシマ少尉より、今のマツシマ司令の方が強いと推測していた。
今のヤマトは、記憶にあるマツシマ少尉に勝てるかも怪しいぐらいにドラグーン戦闘の扱いが鈍っている。勝負するなら、せめて実戦でのカンを取り戻してからでないと話にならないだろう。
「いや、順番を考えるとイヌイかキーア当たりが順当じゃないか?」
二人とも、この基地に居る文字通りのトップエースである。
今のヤマトでは、キーア・リーハにも勝てるかは怪しいが、まだ勝負の形に持って行けるだろう。そしてイヌイになら恐らく勝てる。イヌイは大型攻撃機乗りで小型戦闘機の扱いには不慣れなはずだ。
「お前と顔会わせるのが嫌で、二人とも今日は休暇を取ってる……つまり逃げた」
キーア・リーハはファイブカードに所属していた少佐で、イヌイはウェットレトリバーに所属していた大尉である。
いずれも、ヤマトが隊長を務めた事のある隊……つまり、二人とも、かつての部下である。
「ヤマト大尉って、あの二人と知り合い?」
シミュレーターから出てきたシゲタ少尉が、驚いたように問う。
「ヤマトの所属した隊は三つ。『特選隊』こと『赤いハイエナ』そして教官を経て『ファイブカード』の初代隊長。その後、テストパイロットとなり、最後は『ウェットレトリバー』の隊長……アマツ宇宙軍最強と言われた戦闘機乗りに、舐めた口を聞きすぎだぞシゲタ?」
シゲタ少尉は茫然としたようにヤマトを指さす。
「なぜ、大尉なんです? ウェットレトリバーの隊長は少佐だったってイヌイ大尉から聞かされて……」
「そりゃ色々あったからだ」
楽しげに司令は言うと、シミュレーターへと入ってゆく。
それを見て、ヤマトは大きく溜め息をつく。
その『色々』で、あちらこちらに大きな借りを作ってしまったわけだ。マツシマ大佐にも借りがあり、その手前があり誘いを断れなかったのだ。
「今日、一年ぶりに操縦桿を握ったんだぞっ!? 腕もずいぶん鈍ってる上にドラグーンの操縦には、年単位のブランクがある。今のオレじゃマツに勝てないっつーのっ!」
司令に向かい思わず、かつての呼称が出てしまう。
早々に『ファイブカード』の隊長から外され、オールインワンの機体として開発された大型戦闘攻撃機スーパー・レッドホークのテストパイロットに抜擢された。
おかげで、ヤマトは戦場から離れてしまったため『赤いハイエナ』に属していたパイロットとしては格段に撃墜数が少ない。
『赤いハイエナ』の生き残りは、みな三桁の撃墜数を叩きだしているのにヤマトの撃墜数がニ十機に満たない、その理由である。
視界の隅で社長が苦笑いし、シゲタ少尉が呆然とした表情を浮かべる。
戦闘機乗りの腕は、日々の訓練でしか維持できない。
にもかかわらず、社長とシゲタ少尉を手玉に取ったのだ……二人の反応は当然だろう。
『腕が鈍ってる今なら、オレにも勝ち目があるからな……さあヤマトよ。久しぶりに闘りあおうぜ!』
「今のオレはイヌイやキーアにも勝てるか怪しい状況……司令に勝てる自信はないぞ?」
ヤマトの記憶にあるマツシマ指令は、イヌイやキーア・リーハ同様に戦闘機バカである。可能ならば毎日実機を飛ばして曲芸飛行したいところだろう。
が、実機を飛ばすには費用が掛かりすぎるのだ。
その鬱憤を、マツシマ指令はシミュレーターで晴らしているだろう。
そして、このシミュレーター……実際扱ってみて実感したが、ヤマトが知っている空戦シミュレーターとは全くの別物である……実機と、ほとんど違いが無いのだ。
これならば実機ではできない危険な飛行も躊躇なくできる……間違いなく、マツシマ指令は、ヤマトの知っているマツシマ少尉より強くなっている。
『だから闘るんだよ!』
「仕返しかよ……」
ヤマトは、ぼやくように言うと嫌々という素振りでシミュレーターに入る。
『それもあるが……対戦相手が強いほど、カンも早く戻るだろ?』
それは正しいが、そもそも戦闘機を飛ばすためにアマツ基地に呼ばれたわけでは無い。
「そもそも、大型機の操縦要員としてオレは呼ばれたんだろ?」
ヤマトの問いに、マツシマ指令は数秒ほど沈黙する。
『オマエは戦闘機乗りだ。戦闘機乗りなら、黙って戦え!』
まあ、良いさ……
内心ぼやきつつ、ヤマトはシミュレーターを立ち上げる。
立ち上がりと同時に、乗機は既に飛行していた。
本来なら四門据えられている機首のレーザー機銃を二問に減らして軽量化の上、動力炉を高出力化することでスラスター推力の向上を図ったカスタム機となっている。
『赤いハイエナ』でヤマトが使っていた機体と同じ仕様である。
操縦桿のレスポンスは、完全に遊びを排し、ほんの僅かな操作すらも機動へと反映される過激な設定……これも、ヤマトが好んで使っていた物だ。
問題は、今のヤマトに、この設定で機体が操れるかである。
前方に、一機のドラグーン。
テールマークに『赤いハイエナ』のシルエット。機首に書かれた式別番号は『特307022』……記憶にあるマツシマ少尉の機体である。
……技比べに持って行かれたら、間違いなく負ける。
ヤマトは内心呟く。
鈍り切った今の自分は『赤いハイエナ』に属していた頃ほど、巧みに機体を操れないのだ。
だから、詰め将棋のごとく、淡々と逃げ道を塞ぎ勝利する……と行きたいが、難しいだろう。
加速しつつマツシマ機に迫るが、マツシマ機が放出した目眩ましの攪乱幕に突っ込んでしまう。
薄い金属で造られた紙吹雪である。
相手の視界を奪うと同時に、レーダー波を乱反射することでレーダーによる索敵も阻害するのだ。
が、完全に視界が奪われるというわけでもない。
ヤマトは、自分が攪乱幕に突っ込むと同時に、マツシマ機が進行方向を維持したまま機首を大きく引き上げたのを捉えていた。
プガチョフ・コブラと呼ばれるアクロバット機動の大技だ。
進行方向に対し、機首を垂直以上にまで引き上げる大仰角によって劇的に空気抵抗を増やす。そうすることで機体を急減速させたのだ。
一瞬のうちに、ヤマト機とマツシマ機の位置関係が逆転する。
「オレって、気圏内戦闘の経験は乏しいんだけどなぁ……」
ぼやきつつも、何とかマツシマ機を振り切ろうとするが、シゲタ少尉のように手玉に取る事はできない。
……大気の中を自由に飛び回りたくて戦闘機乗りになったのに、結局、大気の中を飛んだのは訓練時のみ。
自虐的になり、そう思ったところで、マツシマ機からのレールガンの直撃を受けた。
『確かに鈍ってるな……昔のお前は、もっと逃げるのが上手かったぞ?』
隊長機として指示を飛ばす以外にも、ヤマトは自らを囮となり敵を引き付けるという役を買って出ていたのだ。
逃げるのが下手だったならば、ヤマトは生き残れなかっただろう。
「宇宙なら、なんとか逃げ切れたよ」
言い訳がましく口にするが、確かに宇宙戦闘という設定ならば逃げ切る事も出来ただろう。
重力と大気の存在が、機体の機動に対し大きな制約となるのだ。
そして、ヤマトが最も場数を踏んでいる戦場こそ、宇宙空間なのだ。
『だろうな……が、設定条件は変えない。さあ、次行くぞ?』
次との言葉を聞き、ヤマトは慌てる。
「憂さ晴らしなら、この一勝で良いじゃねーかっ!」
ヤマトの言葉に、マツシマ司令は楽しげに笑う。
『お前がカンを取り戻すまで付き合ってやるよ……腕が鈍ったままじゃ、色々話にならん』
「ちょっと待て。オレって輸送機のパイロットとして呼ばれたんじゃないのか!?」
輸送機のパイロットである以上、空戦技術が要求されるのはおかしい。
『単に輸送機のパイロットが欲しかっただけなら、わざわざオマエを指名する必要なんか無い。オマエじゃなきゃ、できない仕事だから指名したんだ』
その言葉に、思わずヤマトは考える。
ハルバ基地に間借りするヤシロ運輸。そこのお抱えのパイロットとしてヤマトは呼ばれたのだ。
社長の父親がヤツシロ大将で、ヤマトにとっては、かつての上官で大恩のある人物である。息子に信頼できる人物をお目付け役に……そういった意味合いで呼ばれたのかと思いきや、マツシマ司令の言葉から察し、それだけではなさそうだ。
ヤマトは、そこまで考えたが、シミュレーターが強制的に起動され、模擬空戦に集中する。
かつてはマツシマ司令をも手玉に取れたのだ。だからこそ、腕が鈍り切っていても負けは悔しい。
だからこそ、カンを取り戻し、かつてのようにマツシマ司令を手玉に取ってやるつもりだったのだ。
が、結局、ヤマトは十連敗して終わった。
終盤は勝負になれど、やはりマツシマ指令に一歩及ばなかったのだ。
シミュレーター室のある建物から出た時には、すっかり日は落ち、真っ暗になっていた。
アマツ宇宙軍主力戦闘機『ドラグーン』
基本的に宇宙機ではあるが、大気圏内でも使用可能。
推進剤たる水を核融合炉の熱で気化・プラズマ化させ後方へと噴射する熱核ロケットにより推進力を確保している。
機首にある先尾翼と前方に向かって伸びるV翼が特徴。
宇宙空間においては、翼は放熱板として機能する。
機首に四門の固定式レーザー機銃があるが、六門に増設したり二門に減らしたりと部隊によって一定ではない。
胴体下部に様々な兵器を搭載できる武装ラックがあり、多数の任務をこなす事の出来る万能機である。
命名は19世紀半ばに作られたコルト社のシングルアクション・リボルバー『コルト・ドラグーン』より。