004・エースキラー
マツシマ司令のおかげで、すぐに空戦シミュレーターが使える事となった。
シミュレーターとは言え、重力制御により実戦さながらの高機動に伴うGを再現できるのだ。
しかも実機と違い、安全装置付きである……実機ではパイロットが耐えきれないような高機動を行っても、このシミュレーターなら耐えられる範囲で抑えられるのだ。
実機を飛ばすより安価かつ安全に、実戦さながらの訓練ができる……これも、クリスマス革命がもたらした恩恵の一つである。
坊ちゃんこと社長とヤマトとの模擬空戦をはじめたが、ヤマトが、いともあっさり三連勝した。
機体は両者ともにアマツ宇宙軍航空隊の主力戦闘機ドラグーン。大気圏内と宇宙の両用可能な主力機である。
互いに向き合った状態で会敵し、社長が先手を取って襲い掛かるも躱され見失い、そしてヤマト機を見つけられないまま死角から攻撃を受け敗北……全く同じ負け方を三連続だ。
「あっちゃ~……」
ナナは思わず呟いた。
坊ちゃんとエースキラーの模擬空戦の方が、まだ形にはなっていたのだ。
『自覚は無いみたいだけど右旋回を多用する癖がある。あと相手を見失ったら、いったん距離を取った方が良い。自分が敵機を見失っても、敵機が自分を見失ったとは限らない。旋回を多用し、その場に留まるのは悪手だよ?』
どこか楽しげにヤマトは言う。
戦闘機のコックピットを完全に再現したシミュレーターの中からなので、スピーカーを通じての言葉だ。
まるで空戦教官である。
『上手いのは、よく理解できました……けど、要求する技量があるかまでは解りません。格闘戦を頼めますか?』
技量を認めたからこその坊ちゃんの敬語だろう。
勝負の形にすらならなかったのだ。ヤマトの技量は、未だ読み切れない……それを測れるだけの技量が坊ちゃんには無いのだ。が、格闘戦となれば、その技量も読む事はできると考えたのだ。
「坊々には無理だ……オレが、コイツの技量を見極めてやるよ?」
ここシミュレーターのある場所まで、広大な地上基地を基地司令を伴っての移動である。
あっという間に噂は広がり、エースキラーの耳に入ってしまったようだ。
エースキラーは坊ちゃんより三つ年上の少尉である。
腕はエース級ではあるが、実戦経験が無い事がコンプレックスとなっており、その憂さ晴らしで、エースの肩書を持つパイロットに模擬空戦をやたらと挑む事からエースキラーと呼ばれるようになったのだ。
並のエースパイロットよりも腕良いらしく、この基地でエースキラーに確実に勝てるパイロットは『魔弾』のキーア・リーハを筆頭に数人程度と言われている。
「シゲタ……予備役とは言えヤマトは大尉だぞ?」
咎めるようにマツシマ司令は言う。
「では、大尉『殿』お相手願えますか?」
含みを持たせた頼みにも、ヤマトは気にしていないようだ。
「それはオレが決める事じゃないさ?」
そっけない言葉ではあるが、どうもヤマトは勝負したいようだ。どこか口調に、シゲタ少尉を挑発するような響きがあったのだ。
「ですね……シゲタ少尉。ヤマト大尉との対戦権を譲ります」
そして坊ちゃん……ヤマトの技量を測れるだけの腕が無いと実感したらしい。それに、実力差が大きすぎる場合は、対戦するより第三者として客観視した方が技量は測りやすい。
シミュレーターから出た坊ちゃんは、外付けのモニターを操作すると先の空戦映像を呼び出す。
「なるほど……右に旋回すると判っていれば死角に潜り込むことも容易いか」
そして映し出される映像を見て呻くように漏らす。
襲い掛かった社長の期待を躱したヤマト機は、右旋回することを見越して死角に潜り込んでいる。
機体のカメラやレーダーは、全ての方角をカバーできているわけでは無い。その証拠に、坊ちゃんの機体はヤマト機を捕捉できてはいない。
だからこそ旋回しレーダーの視界内にヤマト機を捉えようとしたわけだが。どう旋回するかを最初から読まれてたわけだ。
『だから、さっきも言ったよう敵機を見失ったら、その場を離れるってのも一つの手だ。アマツ本星での戦闘なら地上から情報も貰える。宇宙でも友軍機からの情報もある。無理に戦おうとせず情報を整理し仕切り直しに持って行くのも手だよ』
ヤマトの言葉に、エースキラーことシゲタ少尉は何か思ったらしい。
「あんた、教官経験があるのか?」
「ヤマトなら短期間だが教官経験があったな。あと小隊長と中隊長、そして部隊の副隊長と隊長としての経験もある。オマケにテストパイロットまでやってたけな……だから指導力もあって優良物件だぞ?」
マツシマ大佐が言う。前半はシゲタ少尉、後半は坊ちゃんへ受けての言葉である。
ナナは咄嗟に、自分の持つアマツ宇宙軍航空隊の知識をなぞる。
アマツ宇宙軍航空隊は、基本的に一つの部隊が二十七機で構成される。三機で一個小隊。小隊三つで一個中隊。中隊が三つで部隊名が与えられる大きなチームとなるのだ。
連携を行う三機で一個小隊。小隊三つが一体になった中隊規模の連携に。そして中隊三つが一体となった連携と、隊全体へと拡大した大規模な戦闘を想定した連携戦術である。
この連携戦術を、三つの首を持つと言われる地獄の番犬『ケルベロス』に擬えたわけだ。
元はアイゼル宇宙軍の一部隊が使っていた戦術だが、それを真似、更に発展させたものをマツシマ司令が属していた部隊『特別選抜隊』……通称『特選隊』こと『赤いハイエナ』が使っていたのである。
ただ、極めて高い技量と連携が要求されるため、並のパイロットにはこなせない。だからこそ、特別に選抜されたパイロット候補生たちで構成された部隊で『ケルベロス』を完成させ、一般的な航空隊でも実現可能なレベルの『ケルベロス』を模索したのだ。
その甲斐あり、アイゼル側は『ケルベロス』を一般の部隊まで普及させることができ、数の劣勢を覆して最終的にはアイゼルとの戦争を痛み分けに持ち込む事ができたとか。
ちなみに『特別選抜隊』が部隊章にハイエナのシルエットを選んだ理由は、群れを成す肉食獣で最強の軍団を形成できる獣だからだそうである。
こと、狩りの成功率は百獣の王たるライオンよりも高い。そのハイエナを赤く染める事で、血まみれのハイエナをイメージしたのだ。
坊ちゃんの父親であるヤツシロ大将からの受け売りで、このヤツシロ大将が、アマツ宇宙軍最強と言われた航空隊『特別選抜隊』こと『赤いハイエナ』創設に深く関わっていた。
「司令は、このヤマト大尉について詳しいようだが……って、司令が引っ張って来たんだっけな。軍に留まれなかったボンクラ集めた会社に何ができるんだか」
シゲタ少尉は小馬鹿にしたように言う。
さすがに坊ちゃんはカチンと来たようだが、空戦で歯が立たないのは既に証明されている。だからか黙る事しかできないようだ。
『地べたに降ろされたボンクラが何を言ってるんだか……』
せめてナナが何か言ってやろう。そう思った矢先のヤマトの言葉である。
戦争の主戦場は宇宙である。
故に、例え大気圏内で戦闘可能な両用型の戦闘機であっても、基地は基本的に宇宙……衛星軌道上に造られるのが基本だ。
が、現在のアマツ軌道上には大気圏内戦闘が可能な両用機専用の基地は皆無である。
もう、両用型の宇宙戦闘機自体が時代遅れなのだ。
十数年前、虚空の支配者』と呼ばれる宇宙海賊が人類圏全域にバラ撒いた空間跳躍航法と、それを可能とする強力な動力炉に推進系の革新的技術。それが、宇宙航法のみならず戦闘の在り方まで一変させたためだ。
そして、その変化についてこれなかった……もしくは変化に付いていく気の無い者が、戦闘機乗りの言う肩書にこだわり固執した。
その結果が、島流し先の、ここハルバ基地である。
だからこそ、ヤマトはシゲタの事を地べたに降ろされたボンクラと称したわけだ。
「その言葉、後悔させてやる……」
声は静かではあるが、シゲタは激怒したようだ。
「たぶん、オマエが後悔すると思うぞ……アイツ、オレが最初に配属された小隊の上官で、いきなり小隊長どころか部隊の副長に抜擢されてたからな」
その言葉で、坊ちゃんはヤマトの正体にピンと来たようだ。無論、ナナもである。
が、シゲタ少尉は気づいていないらしい。
マツシマ司令は『赤いハイエナ』に所属していたパイロットで『魔術師の盾』という二つ名を持っていた。そして『赤いハイエナ』は、有望なパイロット候補生を選抜して作られた部隊。
ならば、マツシマ司令が最初に配属された部隊は『赤いハイエナ』以外に有り得ないのだ。
そして『魔術師の盾』の小隊における上官となると『魔術師』その人以外にはありえない。
「ヤマトさんって……」
アマツとアイゼルの最終決戦で、強行偵察に向かい情報は本隊に届けたものの帰還できず生死不明となった伝説的な撃墜王……『神速の魔術師』本人としか考えられない。
まるで魔法のように機体を操る卓越した操縦技術から『魔術師』の二つ名。戦場では常に敵機の先を読み、ここぞというタイミングで先手を取る。その先読みの技術から、対戦相手は瞬間移動のような高速機動と錯覚してしまう。それ故『神速』の二つ名。
これらが合わさり『神速の魔術師』と称されたのだとか。
坊ちゃんの持っていた空戦の教本にも、その二つ名は載っていたのだが、当人が、こんな若い見た目の小男だとは思いもしなかったのだ。
「そう言えばヤマト大尉……昔、会った事ありますね?」
『うん。なんとなく憶えてる……今も当時の面影はあるな』
特別選抜隊の設立、その立役者であるヤツシロ大将。その息子が坊ちゃんなのだ。どこかで接点があってもおかしくは無い。
「昔話は後でやってくれ……オレは逃がさないからな?」
シゲタ少尉は、そう言いつつシミュレーターに入る。
そして、模擬空戦が始まった。
向かい合った状態で会敵。空戦に向け、牽制も兼ねレーザー機銃を撃ちつつ減速するシゲタ少尉に対し、ヤマトは更に加速し、すれ違いざまに電磁加速複合砲こと通称、電加砲……レールガンを直撃させた。
ヤマト機とシゲタ機の相対速度に、電加砲の弾速まで加わる……シミュレーター上とは言え、シゲタ機は粉々に粉砕された。
牽制で放たれたレーザーを紙一重で回避しつつの一撃……まさに神業である。
『まぐれ当たりだっ!』
『運も実力の内』
怒鳴るシゲタ少尉に対し、ヤマトは楽しげである。
ヤマトの余裕から、今の勝利は運に因る物では無い事が覗えた。
そして、二戦目と三戦目も、すれ違いざまの一撃でヤマトの勝利である。三戦目ではシゲタ少尉は一旦距離を取り、何とか格闘戦を……との狙いがあったようだがヤマトが逃がさなかったのだ。
社長からの受け売りではあるが、自分の持つ乏しい空戦知識を総動員してナナは考える。
相対した状態での戦闘回避はさして難しくはない。空戦での逃げ道は左右のみならず上下にも広がっているのだ。
地上を這う車両とは違い、航空機の動きは三次元になる。ヤマを張って……と言うわけには行かないのだ。
にもかかわらず、ヤマトはシゲタ機の挙動を完全に読んでいた……ヤマトには、天才的な先読みの才でもあるのだろうか?
そんな疑問すら生じてくる。
「一撃離脱に拘るのは相変わらずだな……そんなに格闘戦は嫌いか?」
『大嫌いだよ。マツ……シマ大佐も知ってるだろ?』
マツシマ司令の言葉にヤマトは、うんざりしたように言う。司令の名が途中で途切れたのは、噛んだわけでは無く、かつての呼称で呼びかけたためだろう。
『格闘戦を挑みたい。戦闘開始時の条件を向かい合っての会敵ではなく、並走状態からの戦闘開始に変えてくれ!』
シゲタ少尉の言葉に、ヤマトの溜め息がスピーカー越しに聞こえた。
『ヤダよ……お前、弱いモン』
そう言い放つと、シミュレーターが開きヤマトが出てくる。そして、他に対戦希望者がいないか周囲を見回す。
ナナもつられて周囲を見回すが、対戦を名乗り出る者はいないようだ。
何より、この場にはエース級の戦闘機乗りが居ないのだ。この場に居る者の中で、シゲタ少尉より格上の戦闘機乗りが居るとすれば、『魔術師の盾』の異名を持つ基地司令のマツシマ司令ぐらいだろう。
だが、その司令も、現役パイロットではない。だから参戦は無い……そうナナは思っていた。
「なら、次は俺だ……シゲタ、代われ」
マツシマ司令の言葉に、ヤマトは露骨なまでに嫌な顔をする……司令とは勝負したくないのだ。
明日からお仕事……辺境軍書いてた頃ほど時間が取れないでござる。