003・ハルバ基地
運転するスーパーセブンが基地に到着しゲートをくぐる。
「ずいぶん大人しい運転してきたみたいだな……」
顔見知りの歩哨……ナンブ中尉に言われ、ナナは横目でヤマトを見る。
かなり過激な運転をしてきたのだが、ヤマトは涼しい顔……だから、そう思われたのだろう。
ナナの運転が乱暴なのは、基地では有名なのだ。
ちなみに歩哨とは、警備警戒に当たる言ってしまえば見張り兵である。誤解されがちではあるが、地味ではあるが重要な任務なので新兵ではなく経験豊富なベテランが務めるのが常だ。
このナンブ中尉はゲート警衛の長を務めており、下士官からの叩き上げである。
正確な役職は警衛司令と言い、基地の歩哨たちを束ねる高い立場にあるが、ナナはそんな事は知らないのだ。
「いや、上手い事このじゃじゃ馬を乗りこなしてたよ?」
ナンブ中尉の言葉に、ヤマトは楽しげに車を指さす。
ヤマトの言葉でタイヤを一瞥した中尉は、ナナが大人しい運転をしていたわけでは無いと察したようだ。
「なるほど。人づてに基地司令のコネでパイロットを見つけてきたと聞いたが……基地司令は『赤いハイエナ』の一人だっだ。そのコネで、フリーの凄腕に声をかけたワケかい」
『赤いハイエナ』……戦争中期に壊滅的な被害を被り解散された部隊ではあるが、アマツ宇宙軍航空隊史上、最強と謳われた部隊である。
軍人でなくとも、この基地に出入りできる立場の者からすれば『赤いハイエナ』や基地司令の事は一般常識である。
だからか、ヤマトも特に、その言葉に反応することは無かった。
が、中尉の洞察力よりナナは、フリーの凄腕との言葉に反応していた。
「ヤマトさんって、エースパイロットだったんですか?」
「一応……トリプルエースだよ」
問われたヤマトは、そっぽを向きつつ答える。
戦時下では敵機を五機以上撃墜したパイロットにエースの称号が与えられていた。撃墜数が十機に達したらダブルエース。十五機に達したらトリプルエースと言った具合である。
つまり、ヤマトは十五機以上の撃墜数を持つパイロットなのだ。
元々、ここアマツの生まれでは無いのもあって、ナナは全く十一年前の戦争の知識は乏しい。それでも敵機を十五機以上墜とす……その困難さは理解していた。
負けたら終わり。その勝負で十五連勝するのと同じぐらいの偉業である。
トリプルエースとのヤマトの言葉に警衛司令は反応する。
「ここの司令のマツシマ大佐は確認されているだけで撃墜数は百五十機を超えるトップエースだ。他にも大戦中のエースが何人もいるし、エースキラーなんて言われてる奴もいるよ……生半可な腕を持つ戦闘機乗りにとっちゃ、ここは居心地の良い場所じゃない」
戦争中のエースは、この基地にも何人もいる。が、皆、個性が強く扱いづらい者たちばかりだ。無論、意図的に集めた……と言うか、ここが、そう言った連中の島流し場所になっているのだ。
その原因は『虚空の支配者』と呼ばれる宇宙海賊が行ったクリスマス革命である。宇宙暦で十二月二十五日。クリスマスであったため、クリスマス革命と呼ばれたわけだ。
元は亡国の将官だった男が、自分の国の軍事・造船技術をスター・ネットと呼ばれる人類圏を繋ぐ超高速通信網でバラ撒いたのだ。
これに伴い、一部の大国だけが独占していた最新の兵器の製造技術をはじめ、ウラシマ効果の少ない、より短期間で長距離を飛び越えられる空間跳躍技術が一気に広まったのだ。
これが、人類圏全域に一大革命をもたらした。
今まではスター・ネットでしかやり取りできなかった相手の元へ、実際に居る場所まで出向いて行ける間柄になったになったわけだ。
結果、星間交易がより密になり、それまでは起こり得なかったトラブルも起こるようになったのである。
十一年前のアマツ。アイゼル戦争も、その結果に伴うトラブルが発端となっている。
そして、宇宙戦闘機乗り達にとっては困った事に、このクリスマス革命で得た技術に伴い兵器や造船技術が飛躍的に向上。その結果、小さな宇宙戦闘機が戦艦に太刀打ちできなくなってしまったのだ。
最大の原因が、新兵器たる光子砲……物質化するまで圧縮された光の奔流を撃ち出す砲である。
それまで戦艦の主力兵器だった粒子砲は、せいぜい光の数十パーセント程度の速度しか出せない。
その為、光の速度で秒単位の距離がある遠方で動き回る敵を狙撃できないのだ。
自分たちが見ている敵の位置は、秒単位で前のもの。数光秒程度なら、なんとか当てられるが、十光秒ニ十光秒という距離までになるとまず当てられない。
距離さえあれば、粒子砲の光を目視してから回避行動をとっても、十分に回避が可能なためだ。
対し、光子砲は光に近い速度で標的を狙撃できる……目視した次の瞬間には当たっているのだ。つまり、宇宙空間での長距離狙撃に適した砲である。
圧縮光子の奔流が光速より若干遅くなるのは、圧縮され物質化したことにより、その性質が変化したためだ。
が、それでも十分すぎる高速である。
収束粒子の奔流。その数倍の速度を誇る圧縮光子で敵を狙撃できる砲は戦場を一変させた。
一言で言ってしまえば、砲戦を行う際の距離が飛躍的に伸びたのだ。
肉薄し圧倒的な数と高い機動力でもって敵艦を沈める小型艦艇や宇宙戦闘機では、敵艦との距離を詰める事すら困難となってしまった。
結果、多くの戦闘機乗りは戦艦乗りへと転向したが、一部のパイロットたちは戦闘機乗りである事に固執した……戦艦乗りになれない問題児たちである。
その問題児たちの引き受け場所が、ここ宇宙軍ハルバ航空基地……通称ハルバ基地なのだ。
故に、ここの戦闘機乗りは、一癖も二癖もある者たちばかりだ。
……だから、坊ちゃんも苦労してる。
ナナは内心呟いた。
新任早々、父親を巻き込んだ騒動の煽りで予備役に回された社長のことである。
先日、シミュレーターによる模擬空戦で、エースキラーに手も足もだ出ずボコボコにされ落ち込んでいたのを思い出したのだ。
が、それでも坊ちゃんは優秀なパイロット候補だったらしい。
大戦中のトップ・エースで、『ファイブカード』と呼ばれる部隊に居た女性パイロット。このハルバ基地で最強と目される『魔弾』のキーア・リーハは、坊ちゃんの腕を誉めていたのだ。
『勝てないながらも、最後の一戦は勝負の形になっている。敗北から学び、それを即、実践できているあたりエースの素質がある』
……と。
もっとも、単に慰めの言葉を投げただけかもしれないが。
「ちなみにアンタ……予備役とは言え大尉殿ですかい。大尉殿の名前は?」
本人確認のため、ヤマトが外して差し出した認識票を確認しつつ警衛司令は尋ねる。
「T・ヤマト……親から貰った名前が気に入らないから、頭文字のTだけ使ってる」
「いや……そうじゃなくて、経歴見ると少尉任官と同時に戦争に突入。かなりの情報が秘匿され閲覧できない。そんな戦闘機乗り……って事は歴戦の勇士で名持ちの軍人だろ?」
名持ち……二つ名を持つと言う意味である。
基地司令のマツシマ大佐は『魔術師の盾』、キーア・リーハの持つ『魔弾』なども、そうである。
「ヤマトの二つ名か。『不死身』『被撃墜王』『星の数ほど墜とされた男』……他にも色々あるぞ?」
不意に明後日の方向から声がかけられる。
声の主を見た警衛司令は慌てて敬礼し、ヤマトも、それに倣って敬礼する。
「お久しぶりです……マツシマ大佐」
どこか苦笑交じりのヤマトに、ナナは違和感を感じる。
親しい友人との再会なのに、それを公にできないような、そんな気配をヤマトからは感じられたのだ。
「基地司令が、なぜこんな場所にっ!?」
慌てたように問うナンブ中尉に、マツシマ大佐は悪戯っぽく笑う。
「かつての戦友だ。十年ぶりの再会ともなれば自ら出張りもするさ……」
「戦友……同じ隊に居たんですか?」
「最初に配属された部隊で、所属する小隊まで同じだったよ……戦場じゃ何度も命を救われてる。逆に救ってやった事もあったがね」
基地司令たるマツシマ大佐の事を、ヤマトはマツと呼んでいた。にもかかわらずヤマトは尉官、マツシマ司令は佐官。階級には雲泥の開きがあった。
「トリプルエースで星の数ほど墜とされた……?」
ナンブ中尉はヤマトの二つ名の一つに疑問を感じたようだ。
アマツにおいて撃墜マークは星型が一般的である。つまり、機体に刻んだ星の数だけ敵機を撃墜したと言えるわけだ。
そしてヤマトはトリプルエース。撃墜数は最低でも十五機……十五個は星が刻まれていたはずで、そんなに撃墜されていたら、命が幾つあっても足りないはずだ。
「ああ、ヤマトは機体に星を七つ刻んでいたが、ありゃ別に撃墜数じゃ無いからな……」
「そう。つまりトリプルエースってのは嘘じゃないし、七回撃墜されたってのも事実だよ」
マツシマ司令、そしてヤマトの言葉に警衛司令呆然としたように呟く。
「七回も撃墜されて生きてるか……そりゃ確かに不死身だわ」
呆れ半分、感心半分にナンブ中尉は呟いた。
そして七回撃墜された……『被撃墜王』の二つ名も嘘では無いという証明にもなっている。
「マツシマ大佐……この人、使えるんですか?」
マツシマ司令の後ろに隠れていた男が声を発する。
ナナの雇い主たる坊ちゃんこと社長であった。
「使えるから紹介した……ヤマトの腕なら親父殿にも文句は言われん。船乗りの生まれで、辺境の歩き方も知ってるから星の海を股に掛けようってのなら冗談抜きに役に立つぞ?」
親父殿……軍における直属の、あるいは大恩のある上官を指す隠語である。
隠語を使う以上、聞き手が理解できなければ意味がないが、軍隊経験が短い坊ちゃんこと社長に理解できるかは怪しい……恐らく、言葉通りに捉えてしまうだろう。
「親父も知ってるパイロットって事ですか?」
「ああ、よく知ってる」
二人の会話から、大佐の言う『親父殿』が坊ちゃんの父親であるという事を察した。
アマツ宇宙軍の大将……そして一年前に退役しているが、息の掛かった軍人は何人もおり、その影響力は未だ大きい。その息子たる坊ちゃんのお目付け役に選ばれたのが、マツシマ司令と言う事だろう。
「正直、親父の世話にはなりたくないんですがね……」
「ここの基地に間借りできたのも、親父殿の一人息子だからだ……使えるコネだし使っとけ」
「親父殿ってヤツシロ大将の息子さん?」
驚いたようにヤマトは問う。
「軍隊時代はヤツシロって名乗ってたが、正しくはヤシロだそうな……本名を知られたくなかったから、あえて誤読した姓を使っていたそうだ」
ヤマトも、坊ちゃんの父親の事を知っているらしい。
予備役とは言え大尉の階級である。
大尉の階級には壁があるらしい。平凡な士官であれば、ここで出世は打ち止めになるとか。
ヤマトは戦争経験があり、予備役とは言え現役が務まる年齢である。予備役に回された以上、功を上げる事はできないため出世の道は閉ざされているが、それでも現役に留まる事ができれば、より上の階級を狙えるはずだ。
つまり、エリートだった可能性もある。
ならば、坊ちゃんの父親たるヤシロ大将を知っていても、おかしくは無い。
「ま、とりあえず腕を確認したい……大佐、空戦シミュレーターは自由に使って良かったんですよね?」
「構わんが、野次馬連中が茶々どころか横槍まで入れてくるぞ? ……人払いが必要なら、今日は無理だ」
マツシマ司令は、坊ちゃんを試すかのように問う。
「エースやエースキラーが出張ってくれるなら、このヤマト大尉の腕も見極められる……激戦を生き残った猛者たち相手だ。例え全敗でも要求する水準を満たしてれば採用するよ」
ため息交じりの坊ちゃんの言葉。
坊ちゃんは、ハルバ基地のエースパイロットやエースキラーに手も足も出ず負けたのだ。
が、士官学校時代の空戦評価は高かった……相手が悪すぎたのだろう。
そんな連中の相手をさせられヤマトが全敗したところで、特に驚くような事でもない……そう言いたいのだ。
が、特にヤマトは気にもしていない様子である。
「だいぶ鈍っちゃいるが、まあ何とかなるだろ……横槍は歓迎するよ?」
どこか楽しげなヤマトの言葉に、ナナは少しばかり不穏な気配を感じていた。
戦闘狂が戦いの気配を感じ、喜びに奮えているようにも見えたのだ。