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002・過去からの帰還者

 ……落ち着かねぇなぁ。

 ヤマトは、内心ぼやきつつ窓の外を眺める。

 大気圏に突入した往還機は、翼による飛行で問題なく空港へと降下中だが、大気の中を他人の操縦で飛ぶという事に慣れていないのだ。

 ヤマトは姓であって名前ではない。

 親から貰った名前はあるが、気に入らないので姓であるヤマトを使っていた。身分証や署名が必要な場合などは、ローマ字表記した際の頭文字のみを使い、T・ヤマトとだけ名乗るようにしている。

 赤い髪に小柄な体……髪が赤いのも小柄な体も幼少期の影響失調、その後遺症である。

 首から下げた認識票を引っ張り出して弄る……これはヤマトが落ち着かない時の癖でもあった。

「あなた……軍人さんなの?」

 認識票に気付かれたのだろう。隣に座っていた老婆に声を掛けられる。

「去年、予備役に回されたよ……で辺境のアステロイドで腐ってたら、軍隊時代の知り合いの紹介でパイロットの職があるって言われてね」

「パイロットなのに飛行機が怖いの?」

「他人の操縦が信用できないんだよ……でも、この機の機長は腕は悪くないみたいだ」

 とは言え、自分で操縦したいという欲求が満たされるわけでもない。

 ヤマトの言葉に老婆は怪訝な顔をする。

「予備役に回されるほどの、ロートルにも見えないけど?」

 その問いに、ヤマトは苦笑する。

「浦島太郎なんで、オレはロートルだよ。オレの主観じゃ戦争は十一年前の出来事じゃなくて、まだ、ほんの一年前なんだ」

 過去からの帰還者。

 そう称される軍人がいる事は有名である。

 戦時中は、超光速航法たる空間跳躍航法が未熟であったためだ。

 飛翔体を限りなく光速に近づけ得た運動エネルギー。それを空間に作用させ、離れた二点を繋ぐ特異点を穿つ。それが空間跳躍方法である。

 が、特異点を穿つまで加速することができず、そのままの速度で飛び続けてしまうなどと言う事態も時折、起こったのだ。

 結果、目的地への到着に、乗員の主観では短くとも、祖国の時間……客観時間で年単位の時間が掛かってしまうわけだ。

 亜光速に伴うウラシマ効果である。

「ウラシマ効果ね……でも、アタシには、よくわかんないのよ?」

「光速不変の法則……光の速度の半分の速さで飛ぶ船から並行して照射される光の速度を計測した場合も、静止状態で計測したのと同様に秒速にして約三十万キロになる。つまり、早く飛べば、それだけ時間の流れが遅くなるんだよ」

 ヤマトの説明に、老婆は一応、納得したようである。

「じゃあ、飛行機に乗れば長生きできるのかしら?」

「飛行機の速度じゃ、人生に影響が出るほどの時間のズレは出ないよ」

 一生を惑星上を飛び回る飛行機の中で過ごしたとしても、生じる時間のズレなど知れている。

 影響を受けるとすれば、恒星間航行が可能な宇宙船に乗った時ぐらいなものだ。

 そして、老婆は何かに気付いたようである。

「浦島太郎って事は……アナタ、戦争に行ったのよね?」

 どこか窺うような口調での質問である。

「ああ、行ったよ……航空機パイロットの資格が欲しくで軍に入ったは良いが、あの時はホントに戦争になるなんて思いもしなかった」

 あの当時、世の中キナ臭くはあったが、本当に戦争が起こるなどとは考えてなどいなかった……だから資格ほしさに入隊したのだ。

 が、やはり主戦場は宇宙だ。訓練でも、思ったほど大気の中を飛ぶ事はできなかった。

 そして戦争が始まり、仲間を見捨てられず軍を抜けられなくなり……その結果が浦島太郎である。

「人は殺した?」

「戦闘機や攻撃機を幾つか乗り継いだ……オレが墜としたり沈めた機体や艦には、そりゃ人も乗っていたさ」

 つまり、人を殺した。言外で、そう伝えたわけだ。

 そして、有事の軍人であったが為に、平時の軍人ばかりの今の軍では扱いに困られ、その結果が予備役という現状である。

「つまり、エースだったのね……」

 その声は暗く、言葉には賞賛の響きは無い。

 溜め息で答えると、ヤマトは窓の外を眺める。

 外に見えるのは、青い空と海。そして白い雲。

 長い長い沈黙に、ヤマトは安堵と落胆を感じた。

 案の定、老婆は、それっきりヤマトに話しかけてくることは無かった。



 空港の受付で、預けていた特殊ケースを職員が開ける。このケースは、乗船時に貸し出されており銃器等の危険物を所有者を始めとする乗客らから隔離して運ぶための物だ。

 空港に着き散々待たされて……ではあるが、最後に回されたこと自体は、ヤマトは納得してる。

 中に入っているのは、銀色に光るリボルバーに小振りな刀……刃物や火器の所有者故に最後に回されたのだ。

 拳銃はS&W製の回転式拳銃。M66の複製品である。刀は戦績からの報酬として渡された儀礼刀の小太刀だ。そしてケースには箱に収まった百発以上のマグナム弾に、銃弾型のペンダント。

 客室内への銃器の持ち込みは禁じられているため、こうやって手続きを踏んだうえで荷物として預けていたのだ。

「ずいぶん使い込まれてますね……」

 リボルバーを手に取り、装弾されていない事を確認しつつ職員は呟く。

「射撃はストレス発散になるからね」

 ヤマトは答える。

 実際、軍隊時代はストレス発散で、空き時間は艦内の射撃場に入り浸っていたのだ。

「ちなみに……使えるんですか?」

 その問いに、ヤマトは苦笑いする。

 身長一五五センチ……小柄な自分に、357マグナム弾を使う大型拳銃を扱えるのかを疑問に持たれたのだ。

 だから、銃を受け取るべく手を差し出した。

 背は低いが、手足は大きい。それに身体強化処置も受けていた。だから、45口径だろうと50口径だろうとヤマトには問題なく扱える。

「両親は今のオレより三十センチは背が高かった……ガキの頃の栄養失調が無けりゃ、オレも、それくらいの身長タッパになってたよ?」

「栄養失調……?」

「船乗り夫婦の子として生まれたは良いが、船の食料生産設備がブっ壊れてね……死ななかっただけでも御の字だよ」

 ヤマトの言葉に、職員は納得したようで手続きを再開する。

「T・ヤマト予備役大尉……エリートですね」

 情報を照会し、感心したように呟く。

「運が良かっただけだよ。で、運を使い果たし、お役御免で予備役に回された」

 そう言いつつ、リボルバーと箱詰めされた弾丸を荷物袋へと放りり込んだ。そして儀礼刀を刀とわからないよう筒形のケースに収納し、最後に銃弾型のペンダントを首に掛ける。

 いや、銃弾型ではなく、中には本物の実包……弾と火薬が詰まった薬莢が収まったケース。それを首から下げられるよう鎖を付けただけのものである。

 アマツ宇宙軍で、戦時中の軍人が常に携帯していたという自決用の銃弾だった。

 通常よりも強力な火薬と硬い特殊鋼の弾芯により、至近からなら宇宙服のヘルメットをも貫通する威力があるとか。

 このペンダントを見て、職員の態度が微妙に変わった事にヤマトは気付いた。

「この入隊時期と年齢のズレ……過去からの帰還者ですか?」

 照会したデータで、在籍期間と実年齢の辻褄が合わない事に気付いたらしい。が、それに関してはウラシマ効果と注釈が付いている。

 が、ここまで大きなズレが生じるとなると、必然的に答えは絞られるのだ。

 その問いに、ヤマトは笑って頷く。

 この職員にも、同業者の匂いを感じていたのだ……戦場を生き残った軍人の匂いである。

「死に損なって去年帰ってきた。で、扱いに困ったのか早々に予備役に回されたよ」

 その言葉に、職員は音を立て最敬礼をする。

「ご無事で何よりです。ヤマト大尉!」

「元同業者ってだけで、そこまでかしこまらなくていいさ」

 ヤマトは困ったように笑い、砕けた敬礼を返すと、預けていた荷物を手に取って受付を後にした。



 携帯端末で時間を確認し、ナナは溜め息をつく。

 間もなく午前十一時。受付での手続きに時間を食うだろうから、少なくとも三十分は遅れて出てくるとは言われていたが、軌道ステーションからの往還機の到着から既に三十分。

 ほかの乗客は皆降りたようだが、聞かされた人相の人物が未だ出てこないのだ。

 赤毛の小男……でも手足は無駄にデカい。名前はT・ヤマト……人相確認用の写真は見せてもらっていない。

 ヤマトを社長に紹介した、基地司令たるマツシマ大佐からの情報である。

「こんな曖昧な情報で、出てくる人を探せって言われてもね?」

 ため息交じりにナナはぼやく。

 長く伸ばした紫色の髪は、所々で元気に跳ねている。髪の色は、染めたわけでは無く地毛だ。生まれる遥か前に遺伝子を弄られた結果、こんな髪の色になってしまったわけだ。

 まだ少女の面影を残すが、コネで零細企業に就職済みである。

 ヤシロ運輸。

 ごく最近立ち上げられた零細運送会社だが、アマツ宇宙軍の地上基地に間借りできているあたり普通の会社ではない……だから、使ってもらえるのだ。

 ツガイ・ナナ……ツガイが姓でナナが名前だが、自身は、この名が嫌いだった。

 往還機の到着前から出てくる者たちを一通り眺めていたが、該当する人物はいなかった。

 見落としは無いはずだ、それには絶対の自信を持てる。が、もし別の出口を使われていたら話は変わってくるのだ。

「せめて連絡とれるよう、そのヤマトさんの携帯番号を教えてくれれば良かったのに……」

 戦時中は、アマツ宇宙軍の航空隊に所属しておりエース・パイロットだったらしい。

 間借りしているアマツ宇宙軍ハルバ地上基地の、基地司令たるマツシマ大佐の言葉である。恐らく、マツシマ大佐の戦友だったのだろう。

 マツシマ指令は、アマツ宇宙軍航空隊の中でも最強と言われた特別選抜隊こと『赤いハイエナ』の生き残りである。その知人のパイロットともなれば、相当な凄腕だろう。

「予備役大尉か……坊ちゃんは予備役少尉だから、使いにくいだろうなぁ?」

 雇用元の運送会社社長が、その坊ちゃんである。

 軍の将官だった社長の父を巻き込んだ騒動。その煽りで新任早々、予備役に飛ばされたのが、社長たる坊ちゃんなのだ。

「そもそも、最初からハルバ基地に直で降りてこれば良かったのに……」

 軍の基地なので民間機の発着はほとんど無いが、予備役とは言え軍人の肩書を使えば物資搬入の輸送機に便乗させてもらう事も出来たはずだ。

 にもかかわらず、基地司令たるマツシマ大佐は、このルートで基地に向かうように指定した……その理由を考えてみるが、ナナにはサッパリわからない。

 視界の隅で、一人の職員が素早い動きを取った。

 見ると、赤毛の小男に敬礼してる。

 咄嗟に敬礼された男の手を見る。

 赤毛の男は、身長から考えると確かに掌は大きい。年齢は外見から察し若く見えるが、遺伝子改造による遅老長命化処置を受けている可能性もあるので外見から年齢を察することは難しい。

 実際問題、ナナ自身も外見と年齢が大きく食い違っているのだ。だから、外見と実年齢が一致しない事には何の驚きも無い。

「予備役大尉。赤毛で小柄で手足が大きい……決まりっぽいね」

 ナナは確信を持って呟いた。

 砕けた敬礼を返し、赤毛の男は踵を返し、こちらへと向かってくる。

 だから、余所行きの笑顔を浮かべ駆け寄った。

「あなたがヤマト大尉ですね? お迎えに上がりました、ヤシロ運輸のツガイ・ナナと申します!」

 身長はナナと、ほぼ同じ。ただ、性別差以上にヤマトの体はがっしりとしていた。

「そうだけど……アンタが出迎え? マツの奴、いったい何を考えてるんだ?」

 マツは、恐らくマツシマ大佐だ。

 つまり、何かしらの思惑をもって、このヤマトを紹介したのだろう。

 恐らくは、坊ちゃん事、社長の父から、何かしらの働き掛けがあったと考えるのが妥当だ。

 自分が、坊ちゃんこと社長の元で働いているのも、似たような理由があってのことだ。

 そう考えると、このヤマトに親近感が湧いてきた。

 たぶん、仕事でも仲良くやっていけるはずだ。

T・ヤマト………命名は太平洋戦争における連合艦隊旗艦の戦艦大和より。

過去からの帰還者と言われる訳アリ軍人で今は予備役大尉。エースと言われても否定しない程度には腕に自信はある。


マツシマ大佐……命名は日清戦争、黄海海戦における連合艦隊旗艦、海防艦松島より。

ハルバ基地の基地司令で『赤いハイエナ』こと特選隊の隊員だった。司令官と言う立場上、もう戦闘機には滅多に乗らなくなったがトップエースの一人。


ミカサ中佐………命名は日露戦争、日本海海戦における連合艦隊旗艦、戦艦三笠より。

ちなみにミカサ中佐は、この小説では名前しか出てこないかと。

『虚空の支配者』における海賊船アスタロス、第二航空隊の隊長で『神速の魔術師』の片腕を務め『魔術師の剣』の二つ名で知られたトップエースだった。


番外

ツガイ・ナナ……漢字で書くと番七。見た目と実年齢が大きく食い違ってるらしい。自分の名前が嫌い。


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