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001・プロローグ

 混濁した意識の中、幼い少年は目の前に貼られたポスターをボンヤリと見つめる。

 青い空に白い入道雲……地球の夏空を写した写真から作られた、虚空に漕ぎ出す船乗りたちが好むポスターだった。

 船内の食料生産施設が壊れ、少年は長いこと、まともな食事をしていなかった。

 成長期であるにもかかわらず骨の成長も止まり、長身だった両親の遺伝子は機能せず、この少年の身長は十分伸びる事はないだろう。

 極度の飢餓状態でも、その少年はポスターを見つめながら考える。

 あの雲の向こうには、いったい何があるのだろう? と。

 そしてできる事なら、あの空を自由に飛び、雲の向こう側へ行ってみたかった……


 幸い、少年は一命を取り留めた。

 あれから十数年が経過していた。

 幼少期における極度の栄養失調で体は小さい。

 にもかかわらず、小さな体躯に反し、手足は無駄に大きく不格好な印象を与える……大柄だった両親からの遺伝であるが、成長期の栄養失調が彼の体の成長を止めてしまったのだ。

 が、本人は、その小さな体を気に入っていた。

 小さく軽い体は、高機動に伴う強烈なGの影響が小さくなる。大柄だった両親譲りの太く丈夫な骨も有利に働く。

 あの青空を自在に飛び回れるのは戦闘機だけだ。だから軍に入隊し、航空隊を志望した。

 人類圏全域に張り巡らされている超光速通信網『スター・ネット』を介し、人類圏最高水準の超光速航法……空間跳躍の技術が広まったため、今の宇宙はキナ臭くなっている。

 軍隊志願者は、余所者であっても歓迎された。

 つまり、よほどの事がない限り拒絶されない。

 さすがにパイロット候補は狭き門だったが、それをクリアできるだけの才能が、かつての少年にはあったのだ。

 パイロット候補生となった、かつての少年は、あの青空を鉄の翼で飛べる日を心待ちにしていた。



 アイゼル宇宙軍。連合艦隊の司令部が慌ただしくなる。

 敵国であるアマツ宇宙軍の潜宙偵察艦より、至近からレーダー波を照射されたのだ。

 潜宙と言っても宇宙空間に潜る場所など無い。索敵用のレーダー波を受け流す事で探知を潜り抜け、宇宙空間に潜む事のできる艦。それ故の潜宙艦の呼称である。

 その潜宙艦が潜宙を解除し、この連合艦隊にレーダー波を照射した。暗闇に潜んだ偵察兵が、強力なライトで敵部隊を照らすようなものだ。

 敵の規模や配置を知る事はできるが、自らの所在も知られてしまう……つまり、決死の行動である。

 が、これだけでは終わらないだろう。

 過去の例から察し、強行偵察隊が殴り込みをかけてくるはずだ。

『こちら『狩人』得物を射落とした。ただちに猟犬を放て!』

 潜宙偵察艦から無指向性通信で放たれた言葉が傍受された。

 もはや暗号ですらない。

 狩人は潜宙偵察艦。猟犬は強行偵察隊というわけだ。

 あの偵察艦は、ここで散る気だろう。連合艦隊の注目を自らに集め、放たれる猟犬こと強行偵察隊に向けられる目を減らそうという腹づもりだ。

 強行偵察隊は実際に敵と戦火を交える事で、より詳細な情報を本隊へと送る。そのための特攻隊とも言える部隊である。が、過去に殴り込みをかけてきた連中は、ことごとく生還していた。

 以前、迎撃に当たった戦闘機乗りは語っていた。

『こちらの挙動を、ことごとく先読みし迎撃を潜り抜ける……あんな事ができるのは『神速の魔術師』しか居ない』と。

 実際、『神速の魔術師』の属していた部隊……赤いハイエナのシルエットを部隊章にしていたため『赤いハイエナ』と呼称された部隊と、何度も戦火を交えた事のあるパイロットの言葉である。

 無論、その『神速の魔術師』とも戦場で戦火を交えていた。

 両手に余る撃墜数を誇り、エース・パイロットの称号を冠されるほどの凄腕である。その言葉には、十分すぎるほどの信憑性があった。

 潜宙偵察艦の後方から、三つの光点が現れる。

 後続の潜宙空母から発艦した強行偵察機である。

 距離は近い。瞬時に機体が特定される。

 大型戦闘攻撃機で、強行偵察機としてしか確認されていない機体である。

 敵軍たるアマツに置ける機体の呼称はスーパー・レッドホーク。

 赤い鷹との意味だが、機体は真っ黒な電波吸収塗料で覆われていた。

 恐らく先行量産機で、この偵察任務で実際に量産するか否かを実戦にて試験しているのだろう。

 三機が編隊を解き分散する。

 一機は、こちら……艦隊に向け突っ込んでくるが、残りの二機は進路を変え艦隊との交戦を避ける腹づもりのようだ。

 突っ込んでくる一機が得た情報を、他の二機で中継し本隊へと送る。

 当艦隊の規模から強行偵察は自殺行為と判断し、最低限の犠牲で情報を得ようという考えたのだろう。

 が、こちらとしては、これ以上の情報をくれてやる気はない。

 全て叩き落し、艦隊の戦力を見せつけた上でアマツ本隊を絶望させたうえで叩き潰す。

「叩き潰せ」

 艦隊司令の言葉に、司令部の皆が沈黙をもって同意を示す。

 まずは先行する潜宙艦が、複数の艦から放たれた粒子砲の直撃を受け爆散する。

 次いで、潜宙空母が潜んでいると思しき宙域に放たれた無数の粒子砲。そのうちの一筋が潜宙空母を直撃したようだ。

 爆散する艦影を確認できた。

 そして、突っ込んで来る一機に向かって、艦隊は一斉射撃を行う。

 が、微修正ともいえる僅かな機動のみで砲火を潜り抜け突っ込んで来る。

 その機体表面が突然、弾けた。

 リ・アクティブ・アマー……機体表面に張り付けられたタイル状の装甲を、電磁力による反発で跳ね飛ばしたのだ。

 迫るミサイルや砲弾から機体を守るための装備ではある。

 跳ね上げた装甲板で、より機体から離れた場所でミサイルや砲弾を爆発させることで破片による影響を小さくするのが目的の防御機構だ。

 が、重く機動性を損なう枷にもなる。

 その枷を自ら脱ぎ捨てたというわけだ。

 リ・アクティブ・アーマーを脱ぎ捨てると同時に、電波吸収塗料も剥げ落ち、機体本来の赤い塗装が現われ……その色彩が即座に変化する。

 カメレオンのように表面の色彩を変化させる、偵察機の迷彩機能が作動したのだ。が、迷彩によって機体を宇宙の闇に紛れさせる気は皆無のようである。

 機体表面は白を主体に、両翼の上で交差する赤と黄の帯状の直線。

 アイゼル宇宙軍を震え上がらせた『赤いハイエナ』と呼ばれた部隊……その中でも最強と謳われた『神速の魔術師』の乗機の属する小隊、その機体色の再現である。さらに、部隊章を表すテールマークは『赤いハイエナ』機首に書かれた部隊特有の四文字熟語は一騎当千ならぬ一『機』当千。

 機種は違えど『神速の魔術師』の乗機の機体色を完璧に再現していた。

 アイゼル側を震え上がらせたパイロットである。アマツ側の戦闘機乗りがハッタリに自分の乗機を同じ機体色に塗るなどと言う事態も多々あり艦隊を混乱させられたことも多々あった。

 が、あの機体は先行量産機で極めて数は少ない。実際、強行偵察でしか見ない機体である。

 ハッタリの可能性も皆無ではないが、これまでの実績や、砲火を潜り抜ける卓越した機動から、パイロットは『神速の魔術師』である可能性は極めて高い。

「ありったけの弾幕を張れ!」

 司令官の指示。それより早く対空砲火は始まっていた。

 が、砲火は機体を捉えきれない。

 乗っているのが本当に『神速の魔術師』なら、こちらの挙動を先読みし、砲火を躱しつつ迫ってくることも可能だろう。

 当の『神速の魔術師』と幾度と戦い、そして最後には敗北した『赤い男爵』の二つ名を冠されたトップエースは言っていた。『奴は、頭の中に『ラプラスの悪魔』を飼っている』と。

 未来を過去同様に知る事のできる『ラプラスの悪魔』……『神速の魔術師』は、ほんの僅かな挙動から交戦相手のみならず戦隊全ての挙動を把握できていたらしい。

 ならば、回避不可能な規模の弾幕を張って叩き潰すまでだ。

 過去の強行偵察で、散々、煮え湯を呑まされた上で出された対策である。

 が、なぜか砲火が当たらない。

 相手は減速どころか増速している。あの状態では、満足な回避行動など取れるはずはないのに。

 距離が詰まって来る為、もはや対艦用の砲では追いきれない。

 威力では劣るが、取り回しの利く対空迎撃用のレーザー機銃は機体を掠める程度で、敵機を満足に捉えきれない。

 ……なぜ当たらない?

 誰もが思う中、機体は艦隊中央へと突っ込み、戦力の中核である空母ヴュルテンベルクが爆沈した。

 慣性誘導弾……腹に抱えた核融合弾を切り離し、ヴュルテンベルクへと叩き込んだのだ。しかも、起爆のタイミングを弾頭が艦内深くへと入り込むタイミングに合わせて。

「化け物め……」

 思わず指令は呟いた。

 至近での核爆発ならば、中破程度で済んだはずだ。

 が、突っ込んで来る敵機の運動エネルギーを上乗せされた核融合弾は、空母ヴュルテンベルクのドテっ腹に大穴を穿ち、そして艦の内部で核融合爆発を起こしたわけだ。

 耐えられるわけなどない。

 艦隊の誇る最大の戦力であるヴュルテンベルクには、五千人近い将兵が乗っていた……それを一瞬で失ったわけである。

 艦隊としての士気も大いに下がる。この後のアマツ艦隊との戦闘では、空母の損失以上の影響が出るだろう。

 ならば、せめて『神速の魔術師』だけは確実に仕留めておきたい。

「決して逃がすなっ! 撃墜できぬようなら、せめて本隊と合流を妨害し宇宙の藻屑にしてやれっ!」

 相対速度を考えると、追撃隊を編成して追っても追いつけないだろう。が、本隊との合流を妨害するぐらいの事はできる。

 宇宙空間における艦載機の使用は、回収用の艦の準備が必要不可欠である。が、その回収場所の特定は比較的容易だ。

 先回りし、回収を妨害すること自体、さして難しい事ではない。それだけの事で、あの『神速の魔術師』を亡き者に出来るのだ。

 そこまで考え、指令は我に返る。

 問題は、この後の戦闘が恐らく最終決戦になるという事だ。

 ならば戦力を裂いてまで、仕留める必要は無い……誰かが、そう意見してくれることを期待したが意見する者は居なかった。

 結果、追撃隊が編成され、回収用の潜宙空母が沈められた。つまり『神速の魔術師』が本隊と合流することは無かったのである。

 その後、最終決戦も行われぬまま講和が成立した。

 艦隊の中核となる空母ヴュルテンベルクを失い、艦隊の戦力のみならず士気までが大いに下がった事で、本国が最終決戦を回避し話し合いによる講和が選択肢に上がったためだ。

 アマツ側も、戦力面でアイゼルに劣っていたため、仮に勝っても相当な被害が見込まれていたため講和に応じた。

 これ以上、戦争を続ける力はアマツ側にも無かったのだ。



 講和締結後、強行偵察隊が帰投しなかったとのアマツ側の情報を受け、見失った強行偵察隊の捜索をアイゼル側が行ったが自爆させたらしい二機分の残骸が確認されたに留まっている。

 偵察機に乗っていたらしい乗員の死体は結局、確認する事はできなかった。

 幾度もの被撃墜歴がありながらも、ことごとく生還した『神速の魔術師』である。

 終戦から十年が過ぎた現在も、その死を認めない者たちは多数いた。

 ……非公式のアマツ側の情報ではあるが、強行偵察に使われたスーパー・レッドホークは、単機での空間跳躍航法。いわゆるワープ航法を可能とする機体として開発されたらしい。

 機体を光速近くまで加速させ、その運動エネルギーを空間に作用させることで離れた二点を繋ぐ特異点を穿つ空間跳躍航法。

 特異点を穿てるほどの速度には至れなかったものの、機体を亜光速まで加速させることは可能だとか。

 つまり『神速の魔術師』は、亜光速でアマツ本国へと帰って行ったのだと。

 もし、帰り着くとすれば……それは十年ほど後となるだろう。

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