005●フロー編●03.初めてのタイプ
二人で笑っていると、顔を寄せ過ぎてツェツィーリアと肩が当たってしまった。
それを見たラルスが、今度は表情を一転させ、不安げに目を向けてくる。
「王子殿下、あまりツェツィーリア様にお触れにならない方が……」
「ラルス、大丈夫だよ。心配するようなことにはならないから、少し二人で遊ばせてもらえないかな」
「いいえ、そういうわけにはいきません。なにかあった時には俺の責任になりますので」
護衛は監視役も兼ねているので、当然の言葉だろう。職務に忠実なのは結構だが、ツェツィーリアとどうこうなることは女同士なのだからあり得ない。
そんなこと、言えるわけもなかったが。
「わかったよ。じゃあ、ちょっと離れていて。絶対に手は出さないって約束するから」
「それでは、ドアのところに控えております」
ラルスはそう言って、扉のところからフローリアンたちを監視していた。
同じ室内にいるので気は揉むが、フローリアンの部屋は広いので、小さな声で話せば聞き取られることはないだろう。
フローリアンとツェツィーリアは扉から一番離れたところで、いつものようにこそこそと話を始める。
ふと見ると、ツェツィーリアの腕には見慣れないブレスレット。おそらくアパタイトだ。海色の宝石がツェツィーリアによく似合っている。
「ねぇねぇツェツィー。そのブレスレット可愛いね。どうしたの?」
フローリアンの問いに、ツェツィーリアは愛おしそうにブレスレットに触れながらはにかんだ。
「実はこれ、イグナーツ様にいただいたんですの」
「やっぱり! そうじゃないかと思っていたよ!」
きゃーきゃーと声を上げたいのをグッと抑えて、フローリアンは顔をにやけさせる。
確かアパタイトの石言葉は、『絆を強める・繋げる』だったはずだ。
彼女の言うイグナーツとは、金眼に黒髪、ピアノもリュートも上手な彼女の想い人の侯爵令息である。ツェツィーリアはそんな彼に三年も片想いしていて、結婚が決まれば良いなとフローリアンは心から応援している。
ブレスレットを見て嬉しそうに顔を赤らめている姿を見ると、よしよしと撫でてあげたい気分に駆られた。
「ね、それをもらった経緯を詳しく聞かせてよ」
「少し恥ずかしいですわ」
「僕とツェツィーの仲じゃないか。恥ずかしがることなんてなにもないよ。ね、聞かせ……」
「王子、近づき過ぎです!」
扉の方から声が飛んでくる。フローリアンはげっそりして声を上げる。
「なんにもしてないよ! ちょっと興奮しちゃっただけ!」
「え! 興奮!?」
「もう、そういう意味じゃないよ、ばかっ!」
「俺はただ心配で……」
「大丈夫だって言ってるんだ。邪魔しないでよね」
「……邪魔……」
邪魔と言われたラルスは、しょぼんと肩を落としている。その姿を見て、ツェツィーリアはクスクス笑っていた。
「ふふ、今度の護衛騎士は、面白い方ですわね」
「面白いっていうか、ちょっと惚けてるんだよ。剣の腕は優秀らしいんだけどね」
「堅物でなにを考えているかわからない人よりは、よほど良いと思いますわ。仲良くなれると良いですわね」
「仲良く、ね……」
そう言われて、フローリアンは兄とその護衛騎士である金髪のシャインと、赤髪のルーゼンを思い浮かべる。
ディートフリートの専属護衛騎士は昔からずっと変わらず同じ人物だ。傍目にも仲が良くて、ずっと羨ましく思っていた。
フローリアンの場合は、本当の性別を明かさなければあんなに仲良くはなれないだろう。バレる前に、次々と護衛騎士を変えなければいけないのだから。
けれど今までの護衛に比べるとラルスは年も近いし、ちょっとお間抜けな発言もする面白い男だ。
だからと言って職務を疎かにしているわけではない。完璧とはいえないが、真面目でちゃんと気遣いもできている。兄とその護衛騎士とまではいかなくても、仲良くなれる可能性はあるかもしれない。
「うん、そうだね。ラルスとも仲良くできれば良いな……」
そう呟くと、ツェツィーリアは嬉しそうに笑って、ラルスの方へと歩き始めた。急にどうしたのだろうとフローリアンは首を傾げる。 それは、ラルスも同じように思ったようだ。
「どうなさいましたか、ツェツィーリア様」
ラルスの問いに、ツェツィーリアは楽しそうに笑った。
「うふふ。実はフロー様が、あなたと仲良くしたいとおっしゃっていますの。よろしくお願いしますわね」
「ちょっと、ツェツィー!」
フローリアンが声を上げると、一瞬でラルスの目はキラキラし始めてしまった。
「王子殿下にそう言っていただけるとは、光栄の至りです!」
「いや、あ、うん……」
どうせ一年程度で異動させられるんだろうなと思いながら、嬉しそうに笑うラルスを少し離れたところから見つめる。
喜怒哀楽がしっかり表情に出る、赤毛短髪の若い騎士。確かに今までの堅物中年騎士よりも、親しみは湧いていた。
戻ってきたらツェツィーリアが隣で、「笑顔の素敵な方ですわね」と微笑みを見せてくれる。フローリアンはなんと言っていいかわからず、口元をぐにゃぐにゃと動かしただけだった。