003●フローリアン編●01.男装王子と赤髪の騎士
──フローリアン。
あなたが女であることを、誰にも悟られてはなりません──
ハウアドル王国の第二王子として生まれたフローリアンは、母親である王妃にそう言われ続けてきた。
フローリアン・ヴェッツ・ラウツェニングは女であることをひた隠して生きるほかなかった。男性優位社会では、女性への王位継承権が与えられなかったからである。
数名の大人とただ一人の親友を除いては、誰もフローリアンが女であることを知らされなかった。
実の父や兄でさえ、フローリアンを男だと思って疑わなかった。
だからフローリアンは、自分らしく生きるなど到底不可能なことであると思っていた。
やりたいことすべてを諦めなければならならない、と。
『男でも女でも、俺が王を愛していることに変わりないですよ』
そう言ってフローリアンのすべてを受け入れてくれる、赤髪の護衛騎士に出会うまでは──
***
「ほら、行くよツェツィー!」
「お、お待ちくださいませ、フロー様……!」
ドレス姿で町を駆け出すフローリアンに、ツェツィーリアは慣れないパンツ姿で追いかけてくる。
「王子はどこに行かれた!!?」
「大変だ、ツェツィーリア嬢もいらっしゃいません!」
そんな声を背中に聞きながら、フローリアンと親友のツェツィーリアは、交換した服の姿で町中を駆け回る。
「うまく逃げられたね、ツェツィー!」
「はい……でもよろしいのでございますか? 一国の王子様が、護衛の目を盗んで城下になど……」
「いいんだよ。一日中城にいたんじゃ、息が詰まっちゃう」
「けれど、大事になっているのでは……」
いつもは下ろしている長い銀髪を、後ろでひとつに括っているツェツィーリア。男装しても女の子らしさを失わない彼女は、王子の服を着て不安そうに眉を下げた。
対するフローリアンは伯爵令嬢のドレスを身に纏っているが、ライトブラウンに光る髪は令嬢には見えない短さである。
「ちょっとくらい大丈夫だよ。それよりツェツィー、僕の服、よく似合ってる」
「フロー様も、私のドレスがよく似合っておいでですわ」
「へへっ、ほんと? ありがとう」
目を細めるツェツィーリアを見て、髪さえ長ければ違和感のない姿だったろうかと、フローリアンは着ているドレスを眺めた。
秘密を知っているツェツィーリアとは、幾度かこっそり服の交換をしたことがある。もっと幼い頃の話だったが。
普段着ることのない、ひらりとしたドレスが裾で広がると、女の性であるのか気分が高揚した。
ハウアドル王国の第二王子として生を受けて十一年。
フローリアンは大好きな兄の期待に応えるべく、幼き頃から勉学に励んできた。
年の離れた兄ディートフリートは、昨年二十八歳で王位に就いている。よって、正確には王弟であるのだが、明るくて泣き虫で人懐っこいフローリアンを〝王子〟と親しみを込めて呼ぶ者が多かった。
フローリアン自身も王弟と呼ばれるより、王子と呼ばれる方が気楽だったため、今も〝王子〟として多くの家臣や国民に親しまれている。兄のディートフリートが、『年が離れているからか、王弟よりも王子の方がなんだかフローには似合っているな』と言ったことがきっかけにもなっているだろう。
そうしてフローリアンを溺愛してくれているディートフリートだが、なぜか彼には婚姻の意思が見られなかった。
つまりこのままいけば、兄の後はフローリアンが王位に就くということになる。
ハウアドル王国は比較的平和な良い国ではあるけれど、男性優位社会であり、王位継承権も女性には与えられない。だから男として育てられてしまったのだろう。
女であることを悟られてはならないと母に言われ続けたのは、そういう事情からなのだということを、フローリアンは察していた。
目の前にいる伯爵令嬢のツェツィーリアは、フローリアンが女だという秘密を知っている唯一の友人……いや、親友だ。
だからこうしてフローリアンの無茶な提案に、困惑しながらも付き合ってくれている。
不安そうに王家の紋章の入った服を着ているツェツィーリア。少しは錯乱できるかと服を入れ替えたが、やはり目立ってしまうのは変わらない。
「僕、平民の服を買ってくるよ。ツェツィーはここで待っていて」
「お一人でお買い物など、大丈夫でございますの? わたくしが……」
「王族の服を着て買い物に行ったら、おかしく思われるよ。僕、一人で買い物してみたかったんだ。すぐ戻る!」
「フロー様……!」
心配そうな声をあげるツェツィーリアににっこり笑って、フローリアンはミントカラーのドレス姿で駆け出した。
空は青く、春の風は心地良い。城下町の大通りは人々の笑顔で溢れていて、父や兄の統治が行き届いているのだと実感できた。
一人でくるくると踊るように町を見回すと、自然と笑みが溢れてきて。
王族でなければ、女として生きられただろうか。自由にこの空気を楽しむことができたのだろうかという思いが駆け巡る。
(あ、王家の証であるピアスを外しておかなくちゃ)
ロイヤルセラフィスという、この国でしか採掘できない希少な石で作られた、輝くような青色のピアス。それをフローリアンは外した。
細やかな装飾により、王族という身分の証明にもなるので、誰かに気づかれた時に面倒だ。無くさないようにドレスのドレープ部分に隠すように付けておく。
そうして隠されたピアスは、まるで自分のようだとフローリアンは息を吐いた。
(これから僕は、どうなっちゃうのかな)
時折よぎる、一抹の不安。
衣食住に困ることなく、心を通わせられる親友がいて、忙しくも幸せな日々を過ごしていると言えるだろう。
なのに満たされないのは、本来の姿で生きられないからなのか。
(いつか、僕の望む姿で生きられるようになるのかな)
諦めにも似た願いを心に抱きながら、フローリアンは町の衣料品店へと入った。普段は使用しない一般庶民向けの店は、逆に着たことのない服がたくさん並んでいて目移りする。
店主はドレスを着た少女が入り込んできたことで不思議そうな顔をしていたが、服を二着選んでお金を払うと特になにも言われなかった。
「うん、こんなもんかな」
試着室で着替えをさせてもらうと、どこからどう見ても町の少年の装いだ。ツェツィーリアは似合っていると言ってくれたが、やはり自分は男物の服の方が似合ってしまうなと悲しい笑みが漏れる。
もう一着はツェツィーリア用に買った女の子の服だ。きっと彼女は王子の服より、こちらの方が似合うだろう。
フローリアンは脱いだドレスを紙袋に入れてもらうと、揚々と店を出た。
「ふふっ。これを着れば、きっともう誰も僕とツェツィーを探せないはずだ」
別に家出をしようというのではない。二人で町を探索したいだけだ。見つかってしまった時には抵抗せずにちゃんと帰るつもりでいる。
ただほんの少しだけ、王族ということを忘れ、親友と楽しみたいだけだった。
「早くツェツィーのところへ……わっ!」
駆け出した瞬間、フローリアンは肩に強い衝撃を受ける。何者かが後ろからフローリアンを突き飛ばすように横を抜けていったのだ。
ドンッと音が鳴ってよろめいたフローリアンは、立て直そうとするもそのまま地面が目の前に迫り──
「おっと」
今度は前から腕が差し出されて、ふわりと浮くように抱き止められる。
「危ないなぁ。大丈夫か?」
その人のおかげでなんとか倒れずに済んだフローリアンだったが、手の中になにもないことに気づいた。
「あ……! ない!!」
買った服と、ツェツィーリアに借りたドレスを入れた袋が消えている。
フローリアンの顔から、サァッと血の気が引いていった。
「どうしたんだ?」
「ない、ない……! 大事な袋が!」
「あいつだな、待ってろ!」
支えてくれた人が、白い騎士服を翻して飛ぶように走り去って行く。
白色は、騎士になったばかりの新人が着るものだ。
肩口にかかるくらいの少し長い赤髪は、後ろ姿ながら白い騎士服によく似合っていた。
しかし犯人は群衆に紛れ込んでしまったようだし、そうそう見つからないだろう。
同じような袋を持っている人はいくらでもいる。
(どうしよう……! 盗まれちゃった……!)
新しく買った服は、まぁ構わない。ツェツィーリアのミントカラーのドレスも、謝れば許してくれるだろうし弁償もできる。
(だけど、ロイヤルセラフィスだけはダメだ……悪用されたら大変なことになる!!)
王族の身分証明でもあるロイヤルセラフィスは、その気になればいくらだって悪用できる。人の物を簡単に盗むような者の手に渡ってしまったのだ。考えるだけでゾッとした。
「どうしよう……どうしよう……!」
自分も追いかけなければ、と思うほど、足は生まれたばかりの子山羊のようにまったく動かない。
(僕のバカッ!! このままじゃ、兄さまにご迷惑をかけちゃう)
ツェツィーリアに話し、王城へ戻り、王である兄に報告して……と頭の中ではわかっていても、足が動いてくれない。
浅い呼吸を繰り返すしかなく、手が勝手に震える。
「見つけたぞ! お前だな!!」
その声にハッとして顔を上げると、群衆の中で赤髪の青年が一人の男を取り押さえていた。
本当に取り押さえた男が盗んだ犯人なのだろうか。フローリアンは犯人の顔を見ていない。近くにいたであろう赤髪の彼だって、しっかりと顔は見ていないだろう。
「俺じゃねぇ!!」
「どっちにしろ、お前は窃盗の常習犯で指名手配されてるよな。犯罪者リストで見たことある」
手と足に縄で縛り上げられた男は悔しそうに声を上げている。
「くそ! 変装してんのにどうしてバレたんだ!」
「俺、一度見たものって忘れないんだよなぁ。盗んだ物はこれか? そこで大人しくしとけよ」
「動けねーよ!!」
芋虫のようにしか動けない男を置いて、赤髪の彼は袋を持ってフローリアンのところまで走って戻ってくれた。
彼との間に風が吹き、その赤い髪は足を一歩出すたびに揺れている。
「ごめんな、お待たせ。盗まれた物って、これで合ってるかな」
紙袋を渡され、フローリアンの前髪がふわりと浮き上がる。
急いで中を確かめると、そこにはツェツィーリアのドレスがあり、ドレープにはピアスもちゃんとあって、ホッと息を吐いた。
「うん……合ってる……」
安堵したせいか、ぽろっと涙が溢れ出る。
「よかっ……これを無くしたら、どうしようかと……っ」
ひっくと声を上げると、ぽんぽんと優しく頭を撫でられてしまった。
赤髪の青年の顔は、涙で濡れてよく見えない。
「そうか、良かった。おつかいか? 偉いな。家まで送ってあげるよ」
「そ、それはいい、大丈夫!」
「遠慮する必要ないって」
おそらく、破顔している。涙でよく見えないのに、雰囲気だけで脳裏に爽やかな笑顔が広がった。
そしてだれよりも優しい声に、安堵感で体が軽くなる。
(もういっそのこと、王子だって言った方がいいのかも)
もうツェツィーリアと散策しようなんて気は無くなってしまった。
むしろ、ツェツィーリアの安否の方が気になってくる。一人で待たせてしまったが、彼女は無事だろうか。
「じゃあ、お願い」
「よし。じゃあ他の騎士に応援を頼んでくるから、ちょっとだけ待」
そこまで赤髪の騎士が言った瞬間、「逃げたぞ!!」と声が上がった。
縄から抜け出した犯人が、民衆を掻き分けるように逃げて行くのが見える。
「くそ! ちょっとそこで待っててくれるか!」
そう言って、すぐさま男を追いかけて行ってしまった。
彼はいつ戻ってくるだろうか。さっきのようにすぐというわけにはいかないかもしれない。
(ツェツィーは……!)
フローリアンは袋を抱きしめて、ツェツィーリアと別れた路地へと走った。
誰かに攫われたり、見ぐるみを剥がされたりしていないだろうかと、嫌な想像ばかりがよぎる。
「ツェツィー!!」
別れたはずの場所にツェツィーリアはおらず、フローリアンの目の前は白く濁った。
「ツェツィー……ツェツィー!?」
「こちらですわ、フロー様……」
路地裏の、さらに狭い路地の隙間から、ツェツィーリアがひょっこりと顔を出す。隠れていたのかと、ほっとして大きな息を吐いた。
「遅くなってごめん! 大丈夫だった!?」
「わたくしは大丈夫ですわ。フロー様こそ、ご無事ですの?! あちらで騒ぎがあったようで、不安で……」
「うん、ちゃんと話すよ。でもその前に帰ろう。僕のわがままで連れ出して、ごめんね」
フローリアンがそう言うと、ツェツィーリアも同じように安堵の息を吐いている。
「お気になさらないでくださいませ。お帰りになるなら、それが一番ですわ。きっとみんな、心配していますもの」
ツェツィーリアはフローリアンを責めず、完成された優しい笑みを見せて受け入れてくれる。
フローリアン心は申し訳なさと有り難さで、胸がいっぱいになった。
「ごめんね、ツェツィー……」
「王族なのですから、わたくしのような伯爵令嬢にそんなに謝らないでくださいませ」
「じゃあ……ありがとう、ツェツィー」
「ふふっ、それなら有り難くいただきますわ」
同性から見ても美しいツェツィーリアが花のように笑ってくれたので、フローリアンもあはっと声を上げ、王城へ向かって歩き出した。
(そういえば、赤髪の騎士にお礼を言いそびれちゃったな)
短い冒険だったが、彼のような騎士に会えて良かった。
今頃になって、胸がドキドキと鼓動を打ち鳴らしているのを感じる。
先ほど助けてもらったことを思い浮かべながら顔を綻ばせていると、路地の向こうから紺色の騎士服を着た金髪の男がやって来た。
「王子殿下、ご無事でなによりです」
「シャイン」
紺色の騎士服は、王城で勤務するエリート騎士の証だ。中でも金糸で豪奢な刺繍の施された騎士服は、王族の護衛騎士の証でもあった。
しかしシャインはフローリアンの護衛騎士ではなく、兄ディートフリートの護衛騎士であるのだが。
「シャインがどうしてここに?」
「陛下が大変心配しておられて、私も捜索に駆り出されたのですよ」
「そっか……大丈夫、もう帰るよ」
「ツェツィーリア様もお怪我はございませんか?」
「はい、大丈夫ですわ。ご心配をおかけして申し訳ありません」
ツェツィーリアが頭を下げると、シャインは穏やかに微笑みを見せる。
現在三十九歳の彼は、若くに結婚していて妻子持ち。二人いる娘もフローリアンより年上だ。兄ディートフリートの護衛騎士になって二十年以上の、大ベテランである。
現国王である兄にはもう一人護衛騎士がいて、そちらも十九年間護衛騎士の座を守り通している優秀な人物だ。
(兄さまはいいな……頼れる護衛騎士が二人もいて)
フローリアンにも護衛騎士はいるが、常に一人のみで、毎年のように人は交代している。長くても二年と言ったところだ。
王妃であった母親が、女だとバレないように、早いサイクルで騎士を入れ替えていたのだろう。だからフローリアンは、護衛騎士と仲良くなることはなかった。
どうせすぐに入れ替わるのだ。堅物騎士が多くて仲良くなれそうになく、常に事務的な関係だった。だからこそ、兄と護衛騎士のように仲の良い関係に憧れていた。
「どうしました、殿下」
嫉妬を含んだ目でシャインを見上げていると、なにがあっても変わらぬ冷静で端正な顔立ちが、フローリアンの方に向けられている。
「兄さまは、僕の兄さまなんだからね」
「はい、存じております。取るもの手につかずで、フローリアン様をお待ちですよ」
兄の慌てぶりは想像できた。心配してくれたことに喜びが溢れると同時に、不安にもなる。
「……怒られる?」
「王は弟君に甘いですから、注意くらいのものかと」
苦笑いを見せるシャインに、本当だろうかとドキドキする。
しかし彼の言う通りで、城に帰るとディートフリートが一番に抱きしめてくれた。
しっかりと注意をされた後、ディートフリートは少年のような無邪気さで、「冒険はどうだった?」と聞いてくれる。
「ちょっと怖くて、でも楽しくて、ドキドキしたよ」
「男の子だもんな」
ほんの少し困ったように笑ったディートフリートに頭を撫でられる。
赤髪の騎士に会ったことは、なんとなく言えなくて。
それを伝えたのは、後日、親友のツェツィーリアにだけであった。
「──そんなこともありましたわね」
あれから四年。元々美しかったツェツィーリアが、さらに美しさに磨きをかけてくすくす笑っている。
十五歳になっても変わらず、フローリアンの唯一の友人であり、親友だ。
「フロー様の初恋の君は、今頃なにをしていらっしゃるのでしょうね?」
三年前に恋を知ったツェツィーリアは、気持ちを共有してほしいのだろう。赤髪の騎士のことを〝初恋の君〟と表現されて、フローリアンは口をすぼめた。
「は、初恋じゃないよっ」
「そうでしょうか?」
ふふっと上品に笑うツェツィーリア。
正直なところ、まともに彼の顔を見ていなかったから、覚えてもいない。
印象にあるのは、白い騎士服に赤い髪の後ろ姿。
けれど戻ってきてくれた瞬間はドキドキして、思い返すとやっぱり胸が鳴るのを感じる。しかしこれが恋なのかと問われると自信がなかった。
恋した相手のことを嬉しそうに語るツェツィーリアはとても可愛く、自分も同じような顔をしているとは思えなかったからだ。
(色々と話したいけど……)
フローリアンはちらりと離れた扉の方を見た。来客用の広い部屋にはフローリアンとツェツィーリアの二人きり……ではなく、扉の前に護衛兼、監視役の騎士が立ってこっちを見ていた。
小さな声で話しているので聞こえてはいないだろうが、じっとこっちを見られるのは気が散るものだ。
貞操観念の強いハウアドル王国では、特に王族の異性への接触は手を触れるくらいしか許されていない。
ダンスの時は例外ではあるが、婚約者であっても結婚するまでは手の甲にキスする以外の表現は許されていない。
他の部位に触れようとすれば、すぐさま護衛騎士に止められてしまうのだ。
(窮屈だなぁ。僕はただ、ツェツィーと思いっきり話をしたいだけなのに)
護衛騎士も間違いがあってはいけないと必死なので、仕方がないことと言えるが。
「あ。そういえば、今日、護衛騎士が変わるんだっけ」
「あら、またですの?」
「うん、そうらしい」
毎年四月始めに、護衛騎士が変更される。フローリアンはノータッチなので、誰になるのかは、変わってみないとわからない。
(まぁ、誰でも一緒だけど)
昔はどんな護衛騎士になるのだろうかとわくわくしたものだが、ほとんどが老年か堅物の騎士だったので期待するのはやめた。
兄の護衛騎士のように親しみやすい者は逆に困るのだ。距離が近くなって、女だとバレては困るのだから……と自分に言い聞かせる。
そうしてこそこそとツェツィーリアと話をしていると、扉からノックが鳴った。護衛騎士が対応してくれて、フローリアンは声を掛けた。
「誰?」
「シャイン殿です」
「いいよ、入ってもらって」
新しい護衛騎士が来たのだろう。それまで扉に立っていた護衛騎士は、「失礼いたします」とあっさり出ていった。それと同時にシャインが中へと入って来る。
「王子殿下。陛下の指示により、新しい護衛騎士を選出いたしました」
「ん、そう」
どうせ一年経てばさよならする相手だ。それまで適当に距離を置いて、女とバレないようにするだけ。
だから、シャインの後ろから新しい護衛騎士が入ってきても、興味はなかった──はずだった。
「今日から王子殿下の護衛騎士を務めさせていただきます、ラルスです。よろしくお願いします!」
その声は弾むような活気に満ちていて、まるで風が吹き抜けるようで。
ラルスと名乗った男を見た瞬間、自然とフローリアンの目は開かれる。
「フロー様、赤い髪の殿方ですわよ」
口元を手で隠すようにして、ツェツィーリアがこそこそと耳打ちした。
新しい護衛騎士ラルス。
彼は、あの時の騎士のような、赤髪の持ち主だった。
──短髪ではあったが。