102◆ディー編◆ 11.話し合い
風呂を出た後、案内してもらった部屋に入ると、ルーゼンとシャインが待っていた。
ディートフリートは二人に向かって飛び込んでいく。
「ルーゼン、シャイン! やっぱりそうだった! 彼女が、ユリアーナだ!」
「本当ですか!?」
「わー、マジか……! マジか……!!」
二人は驚きの顔の中に笑みを覗かせていた。二人のディートフリートを支える手が、とても力強い。
ルーゼンとシャインの思いを受け取ると、長年の思いが目から溢れ出す。
「ありがとう、ルーゼン、シャイン……お前たちのおかげだ……っ」
「ディートフリート様が、ご自分で勝ち取ったのですよ」
「まったく、俺たちの弟は泣き虫だな!」
「ルーゼン! まったくあなたは!」
相変わらずのやりとりに、ディートフリートは泣きながら少し笑った。
しっかり者の長兄シャインに、自由奔放な次兄ルーゼン。そして──
「いいよシャイン、その通りだ。二人は私の大事な兄たちで、私は泣き虫なんだよ」
血は繋がっていないが、二人はもう、家族のようなもの……いや、それ以上の仲なのだと。
「……へへ」
「ルーゼン、あなたも泣いているじゃないですか」
「んだよ、シャインだって目がうるんでるぞ!」
「そういうこともあります」
二人のやりとりを聞いているうちにも、ほろほろと涙がこぼれ落ちる。
ユリアーナに会えたことはもちろん、こんなにこんなに喜んでくれる人がいることを本当に嬉しく思った。
シャインがいつもよりももっと優しい声で、ディートフリートに話しかけてくれる。
「ディートフリート様。ユリアーナ様と一緒になるまで、もう一踏ん張りですね」
「ああ……最後まで、頼むよ。ルーゼン、シャイン」
ディートフリートが王族を離脱した暁には、王の護衛騎士を引退しなければいけない二人である。
しかしルーゼンとシャインは、とても満足そうに笑ってくれた。
ディートフリートは王都に帰ると、床に伏す先王の部屋に母と弟を呼び出した。
臣下にも告げなければいけないが、まずは家族が先だ。
「兄さま、どうなさったのですか? 大事な話とは……」
弟のフローリアンが訝しんでいる。もしかしたら、見当はついているのかもしれないが、眉を下げてものすごく不安そうな顔だった。
「私の元婚約者であるユリアーナが、国境沿いのエルベスという町で見つかりました」
事実を告げると、すっかり老けてしまった母が目を剥いて驚いている。
「ユリアーナが……? 元気にしていたの?!」
母のエルネスティーネは、ユリアーナのことをずっと可愛がってくれていた。厳しく接することもあったが、それは王妃教育の一環であったことはディートフリートもわかっている。
「うん、元気だったよ」
「そう……よかったわ……」
鼻のすする音が聞こえて、ディートフリートはふっと息を吐いた。きっとエルネスティーネも、ユリアーナの行方を気にしていたのだろう。
「ディート……まさか、ユリアーナを王妃に迎えたいと言うのではないだろうな……」
父ラウレンツの問いには首を振り、ディートフリートは高らかに宣言する。
「いいえ。私は王位をフローに譲って王族を離脱し、一般人としてユリアを娶りたいと思っています」
「はぁあああ!? 兄さま?!」
素っ頓狂な声を上げたのは、弟のフローリアンだけだった。
母は『やっぱり』と言いたげな顔をし、父はベッドの上でクックと笑い始める。
「な、なにを笑っていらっしゃるのですか、父さま! 兄さまを止めてください!」
フローリアンの言葉を聞いても、父の笑い声は止まらなかった。
「ははは、いつかそう言うのだろうとは思っていたがな。お前が弟を作れと言った時から、覚悟はしていたよ」
「ふふ、そうですね」
ディートフリートの考えは、どうやらとっくに両親にバレていたらしい。
なにも知らない弟だけが、慌てふためいている。
「で、いつ離脱したいのだ?」
「今すぐにでも」
「まったく、困った王様だな」
ディートフリートの無茶振りに、父は呆れているようにも面白がっているようにも見えた。
「お前の気持ちはよくわかった。だが王族を離脱するのは、次の王になるものを説得してからにせよ。わしからはそれだけだ」
次の王になる者。そう言われてディートフリートは弟の方に視線を移す。
「フロー」
「待ってください、兄さま! 僕はまだ二十二歳ですよ!? まだまだ、王の器ではありません!」
必死な顔で縋ってくる可愛い弟。
ディートフリートが二十八歳で即位した時も若き国王といわれたが、フローリアンはそれよりさらに六歳も若い。
「フロー、頼むよ……お前しか、王になる者はいないんだ」
「無理です! 僕は若輩者で、まだ力も人脈も勉強も足りない! 兄さまのような国家政策ができようはずもないではないですか!」
本人はそう言うが、この弟はなかなか優秀だとディートフリートは思っている。
足りないのは、度胸と実践、そして経験だけだ。
「大丈夫。フローなら、私以上に素晴らしい国を作ってくれる」
「無茶を言わないでください……っいきなり言われて、はいそうですかと気軽に受け入れられる案件ではありませんよ!」
「私は昔から、王になる自覚を持つよう伝えていたつもりだけどな」
「それがこんなに早くなるとは聞いていないです……っ」
泣きそうになっている弟を見ると、可哀想になってきてしまった。
が、弟には可愛い婚約者がいる。可哀想なのは自分の方だ。
「とにかく、僕はまだ王になんてなりませんから!!」
「あ、フロー!」
フローリアンは涙目で怒ったまま、その場を出ていってしまった。




