午
ナオキが幻でも見てるのではないかと戸惑ったが、初めてユミコの顔を見た時と同じように近くで瞳に映したユミコに動きを止められた。そして、柔らかい感触と華やかな匂いが胸の中に飛び込んでくる。
「良かった……」
「ユミコちゃん……?」
肌で感じたその温もりにナオキの心は疑う余地もなくユミコだと言った。
「どうして、ここに……どうして入ってきたんだ」
「もう一日以上待ったんですもの……座って目を閉じているのも生きた心地がしないほど辛くて」
一日……?ものの数分で24時間以上……?
「本当に?外の世界ではもう一日も時間が経ったの?」
ユミコも動揺した表情で口を「え」にしてから頷く。その目からは今にも涙が滝になって落ちていきそうだった。
「信じられないかもしれないけど、俺も今ここにきたばかりなんだ。このおかしな景色を見せられたばかり……なんだ」
「これって……」
ユミコはナオキに身を寄せたまま、周囲を見渡した。それまで周囲の状況が目に入っていなかったようで、それを目の当たりにしたユミコは固まった。
「そう……部屋の中はこんな感じなんだ。全く別の空間……未知の場所。俺も今驚いてるよ。……それにまずいことになった。早くここから出ないと」
「キャア」
ユミコが急に悲鳴をあげて顔を覆いうずくまる。ナオキは瞬時にユミコの目線の先へ振り向いた――が、特に変わったものは見つからなかった。
「どうしたの?」
「ごめんなさい……でもこの下の階……尋常じゃないほどの霊気が……早く逃げたほうがいいです」
「え……動ける?」
ナオキはしゃがんで確認してからユミコの手を取って見えているエスカレーターへ向かった。作動してない上りか下りかも分からないエスカレーターから先ほど見る一階の様子も、先ほどいた場所と同じでナオキには何も霊らしき姿は見えない。
「大丈夫?」
「はい。このフロアにはいません」
上りきってすぐのベンチに腰を下ろしたユミコはずっと斜め上を向いていた。霊感があるという人にいると言われると、ただ電気が消えているだけの場所でも見ているだけで不安になってくる。闇の中で何かが動いた気がしたナオキはここにきて親指を隠すというおまじないのようなことをしてしまった。
どうして、一階部分だけが……本当に困ったことになったなあ……
ナオキはショッピングモール内の地図を見つけて、その前まで歩く。建物の形を一目見たところ馬の形に見えた。長い一本の道が胴体、その両端の下に処々で繋がった細い二つの道が付いていて、実際に四足歩行の動物に似せたかのように片方には上にも細い道が続いていた。現在地を示す赤い点は胴体の中央、フードコートにある。
これからこのショッピングモールでどう行動する……ユミコと、二人で……
落ち着いている時間はないと思い立った矢先、一階が騒がしくなってきた。低いところから……徐々に……徐々に……その騒がしい音は高いところへ向かっている。……が、一向に爆発することはなく不規則に、今度は小さくなっていく――
その音がはじけた時、ナオキはユミコの下へ走った。
「ユミコちゃん!」
口ではそう言っているつもりだがあまりの轟音に自分の声すら聞こえない。複数人で大きな太鼓を叩いているような音だった。聞いたことのないリズムだがただ乱暴に打ち鳴らしているのではない。
ナオキは周囲を警戒しながらその音の中でユミコの手を離さなかった。やがて、まるで時間が止まったかのようにピタリと音は消える。
意識が遠くなっていって、初めて自分の呼吸が荒れていることに気づく。無意識に動いた足も体を支えられず、ナオキは床に手をついた。
走っている足音が聞こえる……下の階……?
「大丈夫ですかー?」
下の階から手を振っていてガラス越しに目が合った男は迷彩柄のチョッキを着ていた。




