きな臭い
弓を二つ、矢を二本。金具の部分から血の雫か落ちるモップも手に持ってナオキは屋上に向かった。まだ鳴り響く銃声で騒がしい下とは裏腹に静かで、風もほとんど吹いていなかった。
屋上の端を囲う柵の手前に立ったナオキはしゃがんで矢の放ち方を確認する。弓の種類なんて知らなかったが手に持った弓はたぶん高級な品だと思った。ただの半月型ではなく持ち手の部分が窪んでいて弦の部分以外はすべて黒い。握りやすくて、矢の胴体を固定する為に持ち手の上が削れている。初めてだけどすごくしっくりきていた。
立ち上がり、実際に矢を引いてみる。もしかするとやり方が違うかもしれないが、手にかかる負担からくる手応えでは目標に届く気がした。あとはちゃんと命中させられるか。
まあ当たりはしないだろう……最低でも、気づかせられる範囲に……
狙いはドアがある方角を守る警察の一人。角度は45度ぐらい下という場所にいる標的へ向けて、適当に少し上に向けてから、矢を指から離した。
必死な様子でゾンビに向けて銃を構えている警察を睨みつけながら放たれた矢は、ここしかないという軌道を通って飛んでいく。ナオキはついでにポケットから手裏剣を一枚取り出して同じ場所を狙って放り投げるとすぐに伏せて結果を待った。
先に飛ぶ矢はそのまま飛んでいき的の真ん中に命中した――まさかの期待通りに――ナオキの瞳孔が急速に開く。警察官の額から斜めに脳ごと貫いた瞬間遠くからでも音が想像できるほど血が噴き出ていたのが見えた。
すぐにわざとらしく下からでも見えるように弓を柵へ預けて、走り出す。反対方向の管理棟の壁に非常階段があることを知っていたナオキは屋上からそこへ飛び降りた。ここからは時間が勝負の鍵。階段を一つ一つの踊り場へ飛び降りながら下へ向かい、最後の一階分はまた柵を越えた。
再び走る公園の芝生の上には大量の死体があった。中央へ目を向けて見えた人間すべてが倒れていて、進む道にもいくつも転がっている。その中には紺色の服と帽子を被っているものもあった――。
きな臭い公園を外から見られないように気を付けつつも、とにかく早く辿り着くことを目指して走った。自分を見つけたような声が聞こえても置き去りにして白いドアを目指す。走るナオキに対して叫ぶ「助けて」という声にも耳を貸さず、一匹だけ出会った避けて通れない場所にいるゾンビには持っていた武器を手に留めず捨てながらぶつけてどかした。
……放った矢が刺さった部分が見える場所までたどり着くと、ナオキはフェンスを上り――突然倒れた仲間の下へ駆け寄った警察は脱出者に気づき咄嗟に拳銃を向ける――
数時間前と同じように拳銃を向けた時にはもう脱出者の攻撃は始まっていて、警察の男の首に勢いよく爪が食い込む――
首を握りしめたまま馬乗りになった脱出者はポケットから凶器を取り出し警察の男の首を裂く――
警察の男の黒目が上へ消えていき、脱出者は返り血を浴びながら拳銃を奪い取ってから立ち上がり、走り去った――
後ろから脱出へ走る様子をを目撃した警察が追いついてきて、脱出者へ向けて発砲しようとした時には、その脱出者はまるで幽霊のように……月明りの下から影も形も残さず消えた。




