ノイズ
小学校中学年ぐらいだろうか、10歳になるかならないかに見える少年はきっと助けを求めていた。少年だからではなく人間なら誰でもそうだろう。
ナオキとタクはお互いに声を掛け合うこともなく、建物の奥へ走り出していた。ナオキは一瞬迷ったが、後ろから来る銘銘の狂気で少年を追う複数のゾンビの一匹と目が合うとすぐに決断した。半分目が飛び出していて顔が曲がっていたからだ。そのゾンビだけは、ナオキを見つけると確かに目を合わせてきた。
無理だ――無理だ無理だ――。あの数に無闇に飛び込んでも勝てるわけがない。
一瞬判断が遅れたナオキの前をタクが走る。タクが管理等の中央に位置する階段を上り始めたのでナオキは何の考えもなく続いた――階段の手すりに手をかけたとき、ナオキはあまりの音に展示室のほうへ振り返る。
その光景を見た時に思わず、足を止めてしまった。少年の断末魔に思われた叫び声は、モデルのような中学生女子のゾンビが発していた。足を止めて公園のほうへ青赤くあざがついた口を開いている。その声は人間の文字にならなくて、まるでテレビのノイズを大音量にしたようだった。
「兄ちゃん!呼んどる!」
ナオキは階段を上った。少年を先頭にまだ複数のゾンビがこちらに向かってきている。
二階の廊下に辿り着くとタクは行き先に迷い、行ける道すべてに目を向けて、首を回した。ナオキも追いつき確認すると、二階の廊下の左右にもゾンビがいた。水色の制服を着ていた職員も変わってしまっている。正面の部屋にあったはずの布が掛けられた死体と思われる物体は布だけになっていた。
「助けてええええ」
下から泣き叫ぶ少年が発した言葉が聞こえてくる。階段に戻った二人はさらに上に進んだ。三階に駆け上がり最も近く最も頑丈そうな扉に入る。そこは弓矢がいくつも置いてあった部屋だ。昨日の昼間にも入ったナオキは知っていた。
いきなりの連続、瞬時の判断の連続で全くと言っていいほど脱出への手順が思い浮かんでいない。けど、弓矢はもしかしたら役に立つかもしれない……
「はあ……呼んでるってなんですか?……あいつらは仲間を呼べるんですかっ?」
別に怒っていた訳じゃないが焦る気持ちがそのまま声に乗った。
「ワシも人から聞いた話で半信半疑だがそんな話があるんじゃ!ワシも見るもの全部初めて。こんな経験初めてじゃ」
タクも同じようなもので、やり場のない気持ちを声に出した。
その後、二人の間には沈黙が流れて――下の階からはもう男の子の鳴き声は聞こえなくなっていることに気づいた。近くで助けを呼んだ大人に見捨てられてどんな気持ちで短い人生を終えただろうか。ゾンビ映画好きのナオキは少年が追われていたゾンビの中には少年の親や友人もいたのではないかなんて考えてしまった。
「もうたくさんじゃ……」
タクの声がしたほうを見ると、足元に水色のシャツを着た男性が倒れていた。死んでいるのか生きているのかも分からない。
「兄ちゃん。本当に短い間だったけどありがとな。ワシなんかの話し相手になってくれて……こんな話を聞いてくれた人は久しぶりじゃ……若い子なら初めてかもしれん」
ナオキのほうへ振り返らないまま遠くを眺めるような声でタクは話し始めた。その手には小刀の鉄器が
「ここにずっと居ても先は長くないだろしなあ……下から奴らがわんさか来よる。なあ、兄ちゃん……兄ちゃんはまだ生きたいか」
「……はい」
「そうか、わしはもう……まあ……それなりに年くっとるし諦めはつけるわな。この世界は空っぽやって言ったやろ。いつ死んでもええとも思ってたから…………まあ、最後は兄ちゃんの盾になるかのう」




