利発
「動くなよ――こちら北側中央。男が一人脱出。停止させています」
若く利発そうな警察は、片手で銃をナオキに向けながら連絡を取った。どうやら壁に張り付いてしゃがんでいたらしい。――この野郎っ。
「手を上げろ。……ゆっくりだ。ゆっくり。両手を上に上げろ」
警察の男はじりじりとナオキの横から正面に回り込みながら指示してくる。ナオキはその指示に素直に従った。まさか自分がこんな経験をするなんて夢にも思っていなかった。
「動くなよ……よし、そのまま後ろを向け。ゆっくりだ」
どうする……走り抜けるか。いや、こうなってしまったら、もう無理だ。従うしかない。
「撃たないでください……お願いします」
「妙なことをせずに中に戻れば今回は許してやる。いいか、服の中に手を入れず、両手を見えるようにしてフェンスを上れ」
ナオキは釈然としないという気持ちを背中でぶつけながらフェンスを上った。まるで檻に入れられる猿ではないか。
「いいか。二度目はないからな。もうこんなことはするなよ、っておい――」
ナオキはそのまま一切振り向かずに歩いて警察の男から去っていった。フェンスを掴んだ指先が熱い。
罠にハメられたような気がする……でもまあ、抜け出すなら深夜が一番やりやすいだろうし、警戒してないはずはないか。あっさり誰もいないと思ってフェンスを上ってしまった自分が悔しい。
端っこのトイレい戻る先に人影があった。うっすら見えたダサい帽子で誰かは分かる。あれはタクだ。ナオキはタクに話し声が届く距離で足を止めた。
「兄ちゃん。何しとんねん。まさかここから出ようとしたんか。ほれ、戻るぞ」
こんな夜中に起きてきて、何をしているのかと思ったがナオキのことを探していたようだった。
「よく眠れんかったんか。まあ硬い床じゃけえのう。ほれ、これでも枕にして寝な」
トイレに戻るとタクが昼間キャッチボールをしたときに使ったグローブを手渡してきた。ナオキが受け取ると、タクは頷いてトイレの洗面台で顔を洗いだした。
「はああ。よく寝たあ」
そして、トイレの外に出て、ラジオ体操のような動きを始めるタク。超がつく早寝早起きで普段からこんな時間に起きているのかもしれない。わざわざナオキを探しに来たのに何か用があるわけでもないようだった。
ナオキは昨日と同じような体制でグローブを枕にして寝転がった。明日また脱出に挑戦しよう……しかしどうすればあの警備を抜けられるだろう……やっぱり待つしか……
鳥の羽ばたきすら聞こえない静かな夜。空気の澄んだ山に登って空を見上げればきっと綺麗な月が空にあるはず。目が合ったものを永遠に石にしてしまうような妖しい月が……。
「おいっ!兄ちゃん!起きろおおお!」
タクの大きな声で目を覚ますナオキ。トイレの窓はまだ暗い。
全然眠気が取れていない。一体何の――
「おおい!起きろ!」
眠すぎて目が開かない。体が動きたくないとナオキに訴えかけていた……しかし、どこからか木と木がぶつかり合うような騒がしい音と、犬が威嚇してるような声がする――
だだっ広い曇り空の中で思考の点と点がぶつかり合ったナオキは跳ね起きてタクの声がしたトイレの入り口が見える所まで、ほんの短い距離をダッシュした。
予想通りそこにはゾンビと呼べる存在があった。ナオキの立つ位置から既に二匹見えている。タクに向かって襲い掛かっていて、タクはそれを長い木の柄がついたブラシで入口を塞ぎ食い止めていた。
ナオキは咄嗟に掃除用具入れを開けて、最も攻撃に使えそうな道具を手に取った。
近くで見る本物のゾンビは映画で見る画面に映るものとはまるで違った。容姿が作り物のそれと大きく違う訳じゃない。けれど、なんだが――
雑巾を先に付けて使うモップの金具の部分をタクの後ろから――思い切り変わってしまった人間の頭に向かって突き刺す。助走をつけて突進しながら、槍で突くようにして放ったそれは顔の形が変わってしまうほどの威力だった。
……気持ちいい




