大切なもの
「兄ちゃん学生か?」
「いえ」
あっという間におにぎりを一つ食べ終えたタクは雑談を始めた。
「あっこのスーパーで働いとる子かの?」
「えっ?違います」
「どっかで見たことある気がするんやけど……まあええわ。ワシはなにしょうると思う?」
「何ですかね……」
「散歩!毎日ブラブラするのが仕事やねん」
つまり無職じゃないかと思ったが、自分も今は無職だということに気が付いた。でも、目の前にいる人と同じ職業とは考えたくない。
「しっかし、携帯も何も取られたから暇やのう。食糧と一緒にパチンコでも供給してくれたらいいのにのう。兄ちゃんはパチンコやる?」
「いえ、パチンコはやったことないです」
「ほーなん。やりゃいいのに。面白いで、パチンコ。ここから出れたら一緒に行くか」
おにぎりが無くなって開いた手で顎髭をジャリジャリしながらずっと口を動かすタク。
それにしても携帯か。交友関係も広くなかったのでスマホをマメにチェックするタイプではないナオキはその存在を忘れていた。思い出すと、この世界でスマホは繋がるのか試してみたかったが、閉じ込められた者は取り上げられているのならタクの前で取り出すわけにもいかない。
「何県出身なんですか?」
「生まれは岡山。中国地方のな。そんで高校出て関東行って……その後もあちらこちらに転々としてな。結局この千葉県に流れ着いて毎日楽しく暮らしとる」
「へー。いいっすね。今おいくつ何ですか?」
「何歳に見える?けっこう若く見られるんやで。えっとな……あれ今何歳やったっけ1973年産まれやからえっと……45、46か。見えんやろ?」
「あ、そうなんですか。たしかに若いっすね」
この世界について気になったナオキは遠回しな質問をして、思惑通りにタクが聞いたこと以上に返してきた。46歳だとタクは言ったがたしかに40代には見えない。
ナオキがおにぎりを食べ終えたあとも長くタクの雑談は続いて。ほとんどは適当に相づちを打って付き合いながら自分が考えたいことに集中していた――
「――だからお高いメロンでも買ってお見舞いに行ってやろうと思っとったんやけどここに捕まってしもうてん」
「へー」
「そうよほんまついてないで。メロンあげたら喜ぶかな思っとったのに。でも高いもの食べたら幸せってわけでもないからな。ワシも株で儲けてお金はあるけど幸せか言われたらそういう訳でもないからな。パチンコ売っとるときは幸せやけど別にお金が欲しいわけじゃないからな」
この汚いなりをした男は株なんかやってて、しかも金持ちだったのか……。人は見かけによらないなあ……。
「人生やりたいことやるのが一番!ということでワシは寝るとするか」
急に立ち上がったタクは二つ隣の個室に入っていった。
「ちょっと用足すで」
水に向けて水を流しいれる音がトイレの中で響いている。いつの間にかタクの隣でトイレの床に座っていたナオキはその場から動く気が起きなかった。
トイレの水を流す音が聞こえてもタクは個室から出てこない。静かになるとゆったりとした呼吸が聞こえてきた。驚くことに一瞬で寝る態勢に入ったらしい。本能だけで生きる野生動物のような男だ。
夜が深くなると建物内への侵入を試みようと思っていたがまだ体感的に一般的な就寝時間ではない。
これからどうするか悩んだナオキは足を伸ばして体の筋を緩めて欠伸をした。よりトイレの床に身を任せて後ろに両手を付く。今までの部屋では一番平和に感じる四番目の部屋で、今までの自分や人生にとって大切なもの――そもそも生きるって何だろう、そんなことを考え出してしまった。そういう気分だった……
便器とにらめっこしていると、スマホを見てみるということを思い出して、ポケットから取り出して覗いてみると電波は圏外になっていた。この世界にも携帯があるなら電波を受信することくらいはできそうだと思ったが電子機器というのもよく分からない。
俺は今何しているんだろう……別に何も後悔はしていないけど……ゾンビ映画はよく見るけど本当にあんな感じでゾンビになるんだろうか……
そしてトイレという居心地の良い空間は考えるのがめんどくさくなってきて寝転んだナオキをそのまま眠りへ誘った……。
次の日、タクの笑い声で目覚めたナオキはまず首の後ろ側の痛みで強烈な嫌悪感を抱いてから寝てしまったことを猛烈に後悔した。
「兄ちゃん変な寝相やなあ」
何やってるんだ俺は、今一体何時だ。
外に出て人影を確認するとナオキは肩を落とした。朝日も眩しくてもう皆起きている様子だった。
「お?顔洗わんでいいんか?じゃあ行こうか」
ナオキが頭を横に倒して振り返ると、タクもトイレから出てきて公園の中央へ指を差した。その先を見ると人が集まっていた。
「あれって?」
「分配。分配。朝飯や」
中央の広場には大きなダンボールが二つ置かれていて、それを取り囲む百人はいるかという人々は近づくにつれて列をなしていった。そしてダンボールが開けられると、まずは堂々と列を無視して横入りしたタクがその中からパンとおにぎりを持ってナオキの元へ戻ってきた。
「おし。戻ろうか」
同類として冷ややかな目をたくさんの人から向けられたナオキは一気に眠気が覚めた。
「あ、ありがとうございました。ちょっと先に戻ってもらっといていいですか」
「おい」
ナオキは走り出す。精一杯の他人の不利ではなく、公園の管理棟の入り口からコーンが消えていて自動ドアが開きっぱなしになっていたのが見えたから。




