欲望
想像とはまるで違う対応を受けてナオキは思わず目の前に手を被せた。白色のような橙色のような暖かい光が上空からナオキの体に降り注いでいた。
ちゃんと見なくてもそれが何か分かる。太陽光――目を極限まで閉じて見る足元には走り出したくなるような若い緑色の芝生が靴と共にあった。
ナオキは少しづつ目に太陽光を入れて、やんわりとだがなるべく早く目を慣らし――目の奥から頭痛を引き起こしながら自分が今立つ場所の全貌を見た。
……たくさんの緑……公園?……人。
微笑むような気持の良い天気の下、これまた微笑むように気持ちの良い公園がそこにはあった。真上にある太陽、雲一つない青空、両脇が緑で噴水やベンチが置いてある歩道。大人が散歩に使うような都市にあるタイプの公園だが遠方にはテカテカしていない木製の遊具もあった。
後ろには黒色の柵があって、ナオキは大きな公園の端っこにあるちょっとした芝生の広場に居るみたいだった。すぐ前の散歩道には今も若い男女が二人横並びで通り過ぎて、ベンチにはダボダボのポロシャツを着たおじさんが座っていた。
ここは……
ゆっくりと散歩道に歩き出して、まだ開ききってない目で空間の理解への旅に出掛ける。
ここは……ここは……何だ?……長く暗い場所にいた反動でいつまでも眩しい。
道行く先では芝生の上にブルーシートを広げたり、木材を運んだり、木にロープをかけている人がいた。公園でバザーか何かのイベントでもある日なのだろうか、人の姿はそこそこ多かった。
太陽の暖かい光から匂いがする。それを感じたことは無かったが光にも匂いがあるのだなとナオキは頭の片隅で思った。
どうなっている……霊とは無縁の景色だ。ここは幽霊が住む洋館の四番目の部屋のはずだよな。――まさか、何かの間違いで脱出させてもらえたの……か?
広がる景色に恐怖や脅威みたいなものが全くなくてナオキの心は徐々に緊張から安心に切り替わっていく。周りにいる人は皆何か作業していて年配の人もいるが若い人のほうが多かった。制服を着た中高生もいる。
不思議そうな顔でとぼとぼ歩いているのでナオキは複数の視線を感じていたが、わざわざ話しかけてくるような人はいない。皆ナオキと目が合うと作業に集中した。
誰かにここがどこなのか聞いてみようか――どこにいるのかも分からず歩いているなんて変人だが。人の多いところでこの下の服とミスマッチなチョッキを着ているのは恥ずかしいな。それに右腕の袖には血の跡がある。
ナオキは右腕の袖に付いた血の跡を上手いこと隠そうとこすったり袖をまくってみたりしたが最適なものは見つからなかったので、そのままもう少し歩いてみることにした。そして、不自然なものを見つけてしまった。
公園の出入り口だったであろうその先にアスファルトの道が続く場所が通行止めになっていた。看板が置いてあるようなものではなくて、鋭く光る新品の有刺鉄線が頭の高さまで隙間なく張り巡らされていて、外には警官らしき服装の男が数人見張っている。
有刺鉄線の横の柵の間から警官と目が合ったナオキはとりあえず、当たり前の景色であるとしてそこを通り過ぎた。相手の目は不審な者を見る目だった。通行止めの周りには人がいないし近づいては駄目な場所なのだろう。
その先の道でも人々の様子は大体同じでスコップで穴を掘っている奴なんかもいたりした。公園内には学校の校舎一棟分か二棟分くらいの大きさで造形も無愛想な直方体、色も灰色のような白のような学校みたいな建物があった。推測するに、あれは公園を管理するような場所だが――
やはり誰かにそれとなくこの場所について聞いてみようか。そう決めたナオキは話しかけやすそうな人物を探した。
「おい、どうした。青ざめた顔して」
首を回すナオキが話しかける前に横から話しかけられた。話しかけてきた男は色黒の30代半ばくらいの年齢に見えるおじさんで――第一印象は汚いだった。
「あ、えっと……」
「場所が全部取られてて迷っとんか?じゃあ一緒に来るか?」
「あ、はい……」
ナオキは聞きたいことを聞く前にとりあえずその男の隣について歩いた。どこへ行くのかも分かっていなかったが。
男は急に他人を呼んだのにも関わらず歩く途中、前だけを向いていた。その顔には手入れされていない髭が生えていて、頭には服と同じ模様でダサい紺色の帽子。手にはラベルが貼られていない水が入ったペットボトルを持っていて、とにかくワイルドという感じだった。
「向こうに良い場所があって、そこに居ることにしてん。一人じゃ広いから兄ちゃんも一緒に居ってええよ」
「あの、ちょっといいですか」
また急に話し始めたので、ナオキもすかさず――
「着いてからにしよう」
質問しようとしたがさらっと後回しにされた。
着いたのは大きな建物の裏側を進みポツンとあった公衆トイレだった。
知らないおじさんに公衆トイレ――これはこのまま中に入っちゃダメなんじゃないか。そう思ったが男の体格はひ弱なほうで細身なのでそういう欲望を満たそうとする展開になった場合はすぐに抜け出せそうなのでナオキは男と男子トイレに入った。
「あの、僕ここに迷い込んだというか何というか、ここはどこで何で外に警官がいるんですか?」
「兄ちゃん今どういう状況かも分かってないんか。ゾンビやゾンビ。ゾンビが出たんやって」