仕入れられなくて
「え……」
突拍子もない言葉を聞いたナオキは固まった。その間もユミコはチョッキのボタンを閉じていっている。
「私決めてたんです。今回ナオキさんを待ってる間に。ここでずっと不安と戦って、どうしようどうしようって、ナオキさんはどうなってるだろうって悩むよりは。私も一緒に部屋の中に入って運命を共にしたほうが良い。力にもなれる」
「うーん……でも」
深く考えなくても、足手まといになるイメージしか湧かなかった。今のところの扉では敵からただ逃げて出口を目指すという状況ばかりなので一人のほうが動きやすい。
「覚悟はできてます。ナオキさんがいなくなると私もここから出るのは無理なのでもしもの時は私を見捨ててもらっても構いません」
ユミコの覚悟は迷いのない言葉から伝わってくるが、捨て身の姿勢でついてきてくれるのは良いことばかりではないとナオキは考えていた。
「ユミコちゃんが持ってる霊感って霊の位置が分かったりするの?ドアの先の空間にはどこかに出口のドアが置かれてるんだけどその場所も分かったりしたら……」
「霊の位置は把握できると思います。しっかりこの目に映すこともできますけど……ドアの位置はやってみないと分かりません」
まあ、そりゃやってみないと分からないよな……もし出口の位置が分かるならメリットのほうが大きいと思ったが確信が持てない以上やっぱり――
「やっぱり連れていけないよ。俺自身想像以上の危険に合ってるし、もしもの時も君を見捨てられない。君には生きててほしいんだ。俺にとって心の支えだから」
少し言っていて恥ずかしい言葉だったが本心だ。ユミコが死んでしまっては100億円と並んでここで命を懸ける大きなモチベーションの一つが無くなる。
「それで、どうして君には先の部屋に人がいるのが分かったんだ?」
まだ納得していなくて何か言いかけたユミコを差し置いて老人が口を挟んだ。空気を読めないなと思ったがたしかにその話もまだだった――。
「それに答える前にもう一つだけ質問してもいいですか?……僕が十個の部屋をクリアしたときはユミコちゃんも一緒に外に出れますよね?」
また老人とのやり取りが始まる。ナオキはさらっと聞いたが内心この質問をするのはかなり怖かった。
「無理だ……」
マジか……ナオキはその言葉で頭がいっぱいでその先を考えるまで時間がかかって、それはおそらくユミコも同じだった。隣の様子を見ることができないので老人から目が離せない。
「能動的に出るのはな。けど君が十個の部屋を見てくれば君も生きて外に出られるだろう。方法は君が全部の部屋を見れば分かる」
老人がナオキとユミコに指を差しながら続けて言った。その言葉は二人を安心させて、ナオキは大きく息を吐いた。これが可能と不可能では大きく話が変わってくるし可能である前提でこの先の話を考えていた。一種の賭けみたいな問いだった。
「こういうわけだからユミコちゃんはここで待っててよ。もし、どうしても居ても立っても居られなくなったら追ってドアを通って来て。まずは俺一人で中に入る。何時間俺が出てこなかったら入るとかは君に任せるけどなるべく入ってくるのは我慢して。いい?」
「……はい」
人を納得させるのは中間の答えを出すのが一番良い。顔を近づけて優しい声で撫でるように言った。その甲斐あって心なしか頬を赤らめて瞳を大きくしたユミコはチョッキを着たままベンチのいつもの位置に座った。
「それで先の部屋に人が入っているのが分かった理由ですけど、部屋の中で会った人から聞いたんです。結局その人とは別れちゃいましたけど、話を聞く限り間違いなくここから三番目の部屋に入って、出るのに成功したみたいなので分かりました」
「そうか……」
かなりざっくり話したがそれ以上老人が詳しく聞いてくることはなかった。そして、ナオキもどうせ教えてくれないのでなぜこの情報を求めたのかはもう聞かなかった。
「あと、その先の部屋に入ってる人が俺がいない間に出てきたら止まっててもらえるようにお願いしといてくれるかな。俺が話したいって言ってたって。どんな人か分からないけど無理には頼まなくていいから」
立ち上がる前に、思い出してユミコに伝えた。
「……分かりました」
結局、役立つ情報は仕入れられなくて、ただ次の扉に向かうだけ――それでも、自分の推測が確信に変えられて良かった。特に十個の部屋をクリアすればちゃんと外に出られることが分かって余計な不安が消えたことは自分にとって重要なことだ。
老人も定位置の廊下の机に戻り、可憐なユミコを目に焼き付けたナオキは四つ目のドアの前に立った。フラットな気分だった。ここに来た時と同じくらいの精神と体調。万能感はないが100億円とユミコの為なら恐れない。
ドアノブを握りドアを開けるナオキ――
っ?……眩しい……




