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ナオキと十の部屋  作者: 木岡(もくおか)
・三の部屋
44/62

(とあるビル)

 少女は孤児だった。物心つく前に父と母は交通事故で死んだ。……と中学生になった時に児童養護施設の職員に聞かされていた。


 傍から見れば可哀そうな子だが、養護施設で暮らしていた少女は自分が不幸だとは思っていなかった。


 ドラマや映画――物語の中で描かれるように孤児院での生活は暴力や理不尽に襲われることもあったが、それだけという訳でもではない。心優しい友人や大人と接する時間もあったし幸せというものを感じたこともある。

 同じように孤児院で暮らす子供には生活に絶望する者や、それ故に悪の道に進む者もいたが少女はそうならなかった。結局、どこにどんな運命でこの世界に生まれてこようが人間はどう生きるかなのだ。


 ある日、少女を含む孤児院で暮らす子供のほとんどが半ば強制的に施設から出て行くように命じられた。突然大量に里親の手続きが完了でもしたのかと孤児院の子供達は思ったが、どうやらそうではないらしかった。生活に不満がない子供の中には抵抗した者もいたが子供の力でどうにかなるものではなかった。


 何か不気味で大きな力が裏で働いている……その時、少女は孤児院で働く職員の大人たちを見てそう思った。


 順番に知らない大人の車に乗せられ、1人ずつ移動させられる子供達。少女も孤児院の人数が半分ぐらいになった頃に車に乗せられた。


 着いた場所は山の中の大きなビルだった。何の説明もないままビルの中に連れていかれた少女はそこで檻の中に入れられた。少女は荷物を取られる前に上手く服の中に潜ませていた宝物のテノールリコーダーを粗悪なパイプベッドに隠してから、これからの人生に怯えて泣いた。


 周りにも檻の中に入れられた子供達……数か月経てば自分たちがここでどういう存在なのか分かった。実験体。それも、たぶん良くない研究の。


 しかし、実験体にも幾分か自由があった。檻の扉が開けられて、1フロア内だけであるが開放される時間が与えられていた。その時間の始まりと終わりを告げるのは大きな鐘の音――その音が鳴れば外に出られて、もう一度鳴った時にすぐに檻の中へ戻らなければ手と足に付けられた器具から電流が走って、その後どこかへ連れていかれて帰ってこなくなる。


 けれど確かに自由な時間だった。手と足につけられた器具も自分の力で取り外せるような作りになっていたのだ。フロア内にある部屋には食事や遊び道具も用意されていた。そして監視カメラも。


 少女が最も仲良くなった賢い少年は、その時間も何かしらの実験であると推測していた。子供たちが自由な時間に何をするのか見てデータを取っているのだと少年は言った。自分たちに自由な時間を与えるような実験で最終的にどうしたいのかは分からない――何しろ不定期で檻から連れ出されて別の階で行われる実験は奇妙なものばかりだった。


 頭に謎の装置を付けて行われる実験は、心理テストのようなものに回答させられたり、トカゲが虫を捕食するところを何度も見せられたり、たまに肉体的に負荷がかかる運動もさせられた。けれど大人に従っていれば痛い思いをすることはなかった。


「ただ自分達を見て楽しんでいるのかもしれない。少なくともこの研究を始めた理由に全く楽しむという感情がないとは思えない」

 これも、少女が最も仲良くなった少年の言葉だった。


 自由な時間は大人にとってリスクになるはず――それを敢えて与えているのは――。


 少女は少年と過ごすうちに恋をするという感情を知った。少年が見つけた監視カメラのない場所で少女は自慢の笛の音色を披露した。自作の歌を少年が素敵だと言っていつも聞いてくれた。とても幸せだった。


 しかし、隠していた笛が大人に見つかった。その時、自分が自分でなくなるほどの怒りが少女を満たした。我を忘れて大人を撃退して、我に返ると自分が怖かった。少し経ってから戻ってきた大人は笛の所持を許した。これも敢えて与えている自由か――


 他に少女の少年との幸せな思い出は実験のせいで変化した髪色を気味悪がらず褒めてくれたこと。少年は金色になった髪を「かわいい」と言ってくれて、秘密の抜け道を通り、実験の記録に使うポラロイドカメラで少女の写真を撮った。


 秘密の抜け道――そう、少女も少年もそのほかの子供達もおかしな生活から脱出を望んでいた。自由な時間があれば集団脱走の打ち合わせもできた。


 脱走には様々な障害があった。裏切りや大人の姑息な妨害、想定外のピンチ。集団脱走を決行して、結局外に出られたのは少女ただ一人だけだった。


 しかし、一人出られただけで子供たちの勝利。出られた一人が警察に助けを求めれば解決する。少女もそう思っていた。


 裸足で山を下りて、真っ当な警察官の一人に無事保護された少女。偶然通りかかった警察官に出会えて、恐怖と安心の振れ幅からその場で気を失ってしまった少女は次の日、交番内にある部屋で目覚めた。


 そして、事情の聞き取りを始めた警察官を殺した。


 研究は既に手遅れな段階まで進んでいたのだ。施設の外の人間を見ると殺したくなって仕方がなかった。


 気が動転してしまった少女は誰も傷つけないように「とあるビル」に戻った。怖くって、とにかく少年に会いたかった。


 ビルの入り口に辿り着くと同時に後ろに天使の羽のマークがデザインされた車が発進した。ビルに入ると、そこはもう自分が知る施設ではなかった。荒れに荒れていて黒い人間に支配されていた。


 少女は生き残っていた仲間の一人と合流できて、自分を追って少年がビルから脱出したことを知った。


 少女はもう一度少年に会うことを誓ったが、血だらけになった後、志半ばで黒い人間に殺された。

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