の音
その姿を見た時にピタリと足が止まり、それと同時に時が止まったような感覚に襲われ、鳴りやまぬ鐘の音だけがナオキの頭を巡った。
金色の髪をしているがあれはルナではない。けど、表情が違うだけで目や鼻はルナと同じのように見える。その女はどこを見ているのか分からないイカれた目、金色の髪の一本すら微動だにせずエレベーターの真ん中に立っていた。
見た限りではルナではないと思えるのはその女がルナが来ていた白色の衣服ではなく黒色の衣服を身に纏っていて、楽器ではなく武器に使うとしか思えないガラスの破片まみれの笛を持っているからだった。
ナオキはエレベーターの方向へ向かって走り出す。エレベーターにたどり着くまでの道には一つだけ道が分かれた場所があった。エレベーターの中にいる女に近づくのは避けたいが後ろからクロビト達が追ってきているのでそこにかけるしかなかった。
女に注意しながら走り角を曲がる直前、一瞬だけ確認した女の顔色。瞳孔が開いた目が確かに自分を捉えていた――
角の先には文句なしの景色、上へ続く階段があった。ナオキは迷わず階段に向かって走り上り始める。
なるべく高い位置で冷たい手すりを握って引っ張り、二段飛ばしで階段を駆けた。階と階の中間の踊り場で見た一階からはまだ女もクロビトも迫ってきていない。
このまま上れるところまで上ろう――いやそれで本当に大丈夫か――ルナはどこへ消えた――
二階へたどり着き、そのまま三階へ続く階段に足を乗せる。まだ階段までたどり着いた足音はしない。追手と階段一階分の差は確保できていた。
三階まであと十数段ほどに差し掛かった時、ナオキは素手で心臓を握られたほどの衝撃を驚きから与えられた。
一階でエレベーターの中にいた女が三階の廊下に立っていた。
急に吸い込んだ息を吐き出す間もないまま、その女はナオキに迫ってきた。凶器の笛を振り上げて、躊躇なくナオキの頭を狙って振り下ろす。
ナオキはそれを階段の踊り場まで飛び降りながら躱した。膝をついたナオキを見て女はさらに次の一撃を当てようと襲い掛かってきた。
鋭く風を切る音が聞こえるほどに凶器の笛を振り回してくる。その女から逃げる為にナオキは上ってきた階段を二階に向かってジャンプで飛び降りた。
「ありがとう。会い来てくれて」
下から迫ってきていたクロビトも確認して二階の廊下へ走り始める直前、ナオキを見下ろし女はそう言いながら笑った――
二階の廊下にも部屋の窓があって――開いているドアもあった――けどクロビトと正面から出くわすことはなかった。そんなフロアでクロビトに追われながら、追ってきてはいないが自分に凶器を振りかざす女の奇襲を警戒した。
階段――階段はどこだ――とりあえず隠れられる場所でもいい――誰か助けてくれ――
心に余裕がなかった。足が思うように回らない。倒れそうになりながらも気持ちだけで前に進む。しっかりと覚えていないが、自分が最初に使って地下に行った場所ある階段の方角へ向かって走った。
突然頬に針が刺さるような感覚がする。ガラスが割れる音がして、次の瞬間右の二の腕にじんわりと経験したことのない痛みが走る。
凶器の笛が腕に直撃した。右腕が焼けたように熱い。
「私、寂しかったの」
窓ガラスを割って現れた女が嬉しそうに言った。




