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ナオキと十の部屋  作者: 木岡(もくおか)
・三の部屋
26/62

ルナ

 ナオキは壁に背中を預けて廊下に座り込んでいた。


 何が……起こったんだろう……


 夢を見ていたようだった。悪い夢を。


 でも、ナオキの体は八番目の部屋の出来事を確かに記憶していた。


 まだ手に微かに感覚が残っている――稲妻が走り痺れるようなあの感覚が――。


 ナオキは小刻みに震える自分の二つの手の平を遠目になって見つめた。どんどんぼやけていく視界、頭の中には黒い空間にいた白い何か達が溢れてくる。


 白い体で奇妙な形をしている奴らが何匹もいた。とんでもなくでかい奴も。そして、落書きのように崩れていて最後に襲ってきた奴――。


 人間の頭では到底理解できないと思える空間だった。一言で表すなら「異常」。そんな空間にさっきまで自分はいた。


 しかしもっと異常なことがナオキにあった。


 ――悪くない気分だ。

 あの黒い空間の恐怖の大きさを客観的に理解できているし、もう二度と入りたくないという気持ちもある。しかし、体から湧き出てくる力、万能感。


 ナオキも自分の状態に困惑していた。


 繰り返し瞬きをして自分の目のピントを合わせて、震える手を握りしめて止める。


 火事場の馬鹿力という奴だろうか。それとも挑戦を始める前からホラー映画を見漁って培ったホラー耐性がここに来て限界値を超えて壊れてしまっているのか。


 どちらにしろ悪くない。霊的な力が働いてるなら逆に体が重くなりそうだし、きっと大丈夫だ――


 ちゃんと部屋から出てきた記憶がないが、八番目の部屋はクリアと言うことでいいんだろうか?本当に自分はどうして戻ってこれたんだ?……まさかここは似ているだけで別の空間なんてことはないよな?


 不安が頭をよぎったナオキは廊下を光が指すほうへ小走りで向かった。飾る置物がない廊下に自分の足音が響く。


 ダルマみたいな老人はいた。


 蛍光灯が見える部屋の中が見える位置で止まり、ユミコの姿を捉えるとナオキは安堵の息を吐いた。


「良かった」


 ナオキがユミコを見てそう言うとユミコはキョトンとどうしていいか分からない表情になった。


「何か……忘れものですか?」


 キョロキョロしながらそう言ったユミコを見てナオキは頭の中で、この状況の理由を推測した。


 おそらく、さっきの部屋に入っていた時間はこの空間では取るに足らないほどの時間になるのだろう。


 この空間と部屋の中では時間の流れが違うことをユミコに教えて自分が変なことを言っている訳じゃないと釈明しようとしたときに横から声がした。


「君、まさか奥の部屋に入ったわけじゃあるまいね?」


 バーカウンターテーブルの上で手を組んだ老人がナオキを食い入るように見ていた。


「白い奴を見たか?真っ白な奴じゃ」


「……見ましたけど」


「そうか……」


 そうか?……それだけか?俺が奥の部屋に入ったのを聞いて、白い奴らを見たことを確認して、こいつは何を思った?なぜそんなことを急に聞いた?


 ふざけるな……


「ふざけんな!おい、何か知ってるんなら話せ!」


 ナオキの中で込み上げた怒りは一瞬で爆発した。老人の胸倉を掴み、拳が顎に当たるほど持ち上げる。


「離せ。教えることは無い」


「お前何者なんだよ……知ってること言わないならこ……」


 殺すと言いかけたところでギリギリ踏みとどまった。自分の中の冷静で善なる心と近くにユミコがいるということが邪魔をした。


 老人は何も言わずナオキをた。その顔は真顔のままでナオキの怒りに怯んでいなかった。自分よりも何十歳も年が下の若者を見下して遠くから眺めるように見ていた。


 急に怒りすぎただろうか……いや、自分が危険な目に会っている中でこいつは何か知っているのに黙ってここに座っていたんだぞ。他の挑戦者だってそうだ。こいつが知っていることを話せばカズオは死んでいないかもしれないしユミコはここでずっと座っている必要がないかもしれない。当然の怒りだ。

 ナオキは老人の胸倉を掴む拳をより引き上げて苦しくなるくらいに押す。


「教えろ……知っていること全部」


 老人を睨みつけてじわじわ力を込めていると、騒ぎが聞こえたユミコが部屋から出てきた。


 ユミコは目を大きくして、口を開けた。その口を片手で覆い、困惑している。


 ナオキは突き飛ばすようにして老人から手を離した。舌打ちを残して廊下のほうへ向かう。


「殺意の塊がクロビト……白いのはシロビト……部屋に入ればまた見るじゃろう」


 背を向けたナオキに老人がつぶやくように言った。


 老人のほうを見るとナオキのほうを見ていたわけではなく上を見ていた。


 


 独り言のつもりだろうか。教えられない理由でもあるのか……だとしても許さない。


 ナオキは戻らずに次の部屋へ向かった。老人が少なくともここから出られなくてここにいるだけではないことは分かった。それだけでいい。情報なんてなくても今の自分ならこの場所から出られる――。


 手前から三番目のドアを開けた。その先にある次の空間へ入る。


 周りがコンクリートに囲まれている。狭苦しい……ビルの廊下?そしてこれはエレベーターか。


 廊下の突き当りのような場所で後ろも横もコンクリートの壁だけがあった。狭い空間の中、進める場所は灰色の扉に透明の窓が付いているスタンダードなエレベーターのみ。中は電気が付いていてそこから漏れる光で暗い空間が照らされている。


 エレベーターの扉の前に何か落ちている。これは……写真?


 写真の裏には「ルナ」と黒い字で書いてあった。



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