手や足さえも
扉を開ける時、そういえばユミコがチョッキを着てない件について尋ねるのを忘れていたと思った。自分が部屋から出てきたとき嫌な感じがしたということはあそこにいた化け物がが強かったからと勝手に解釈したが、少し気になるし、それも含めて戻ってきたら話そう――。
三度体がドアの中へ吸い込まれて、その先を目にする。八番目の扉の中は真っ暗だった。
暗い。どういう状況だ。何も見えない。地に足はついているが自分が立っている場所も分からない。
ナオキはズボンのポケットから懐中電灯を取り出してスイッチを押した。光は出てきてくれなかった。故障かと思いスイッチを何度も押したが結果は同じで何も見えるようにならない。
ナオキは周りに手を伸ばしながらゆっくり辺りを歩き回った。音も匂いも無い。静寂の中、いつ何が出てきてもおかしくない状況による緊張感の中で。慎重に暗闇を探索した――しかし、何にも手は当たらなかった。
二つ目の部屋では自分が入ってきたドアは残っていたが今回は一つ目の部屋と同様にドアは消えていた。それどころかどこに手を伸ばしても壁も何もない。
なんだか濃い煙が立ち込めている感じがする。いくつもの霊が自分を取り囲んでいるかのようにそこらじゅうで気配が膨らんだり縮んだり――。
洋館に入ってからは凡人ながら霊の気配らしきものを感じていたが今感じているものはこれまでとは比にならなかった。
ここは――たぶん、あそこだ。
ゆっくり動く足を止めて、ナオキはこの空間についての結論を一つ出した。
ここはあの黒い空間だ。一つ目の部屋でも二つ目の部屋でも外側にあった途方もなく黒いあの場所だ――。
ナオキはその考えに至ると、そうに違いないという根拠のない確信を持った。暗いというか黒い。自分の手をどれだけ目に近づけても何も見えない。周りのすべてが黒い、たぶん今は自分の手や足さえも。
――ナオキは勘で方角を決めて、ひたすら真っすぐに歩いた。
歩いても歩いても前に進めていないように感じる……行けども行けども景色はずっと黒いまま……地面だけは確かにそこにあった。
これが奥に行くほど強い霊がいるという場所の八番目か――どんな試練があろうと超えてやる――
30分は歩いただろうか。何も起こらないから長く感じているだけだろうか。視覚、聴覚、嗅覚が何の役にも立たなくて、触角は徐々に感覚を失ってきていた。手足を動かし続けているはずだが、進んでいる感覚がないので麻痺している。指先から氷が水になるように溶け出して黒い空間に飲み込まれていくようだ。
どうすればいい?――ここはどういう場所なんだ――出口は――どこまでいけば明るくなる――何か変わる?――俺は今何をしている…………このままではっ
ナオキはハッとして立ち止まった。ネガティブになっている自分を殺して、目を閉じ、胸に手を当てて確かにここにいる自分を感じた。
大きく呼吸をして落ち着き頭に感覚を集中させると、鳴りやまない嫌な霊の気配をより強く感じられた。
かなりの数がいるように思える。けど、これは遠い。近くで周りを取り囲んでいるように感じていたがこの方向はより濃い気配がする。
何かがあると思われる濃い気配の方向を目指した。それは斜め上。頭の遥か上に気配があった。
再び歩き始めるとすぐに地面が平坦な道から上り坂になった。
進んでいる――進めている――
濃い気配がする方向を厳重に注意しながら黒い空間を上り、集中力が途切れるほどの時間が経った。
もう来るなら来てくれ。一体この先はどうなっているんだ。
薄っすらと白い一本の線が坂道の終わりを区切っていた……その先には黒い空間に白い線で描かれた世界があった……壁と床の境界もはっきり分かる……果てしなく広い……部屋……
白い何かがうじゃうじゃといる。その一つがこっちに近づいているように見える。小さい。いや、でかい。そして、早いっ――
ナオキは大きな手に体を掴まれた。
その手の持ち主は白い体で理解できない芸術品のように体の部分部分がめちゃくちゃな形だった。




