光の王と聖女の物語
前半シリアス後半はギャグ。深く考えずにスナック感覚でさっくり読んでいただきたい、悪役令嬢の婚約破棄もの。
「レティシア・テレーズ・アルルバニア!私は貴様との婚約を破棄することを宣言する!」
王立高等学院の卒業パーティーの最中、婚約者である王太子から指を突きつけられた瞬間思い出した。
ここが乙女ゲームの世界であると。
乙女ゲーム『福音の聖女~光を告げる乙女~』
その大陸、セレスティアには伝説があった。
百年に一度“聖女”が生まれると。
その聖女と同じ年、王もまたこの世に生を受ける。
聖女はその王に祝福を授け、その治世を支えるべく生まれるのだ。
王がどこにいても、どんな姿でも。
聖女は必ず探しだし王に告げる。
「あなたこそ、百年の平和と繁栄をもたらす光たる王」
だと。
そんなプロローグから始まるこのゲームは、ある日突然聖女の証が額に現れた孤児のヒロイン、マリー・アンジュとなり、貴族や王族の通う王立高等学院で学生生活を送りながら同い年の各国の王子達を攻略していくものだ。
一人はこの国の王太子フレデリック。
一人は工業大国ミランから留学生してきた王子カミーユ。
一人は水と芸術の国ルーファからの留学生リシャール。
一人は砂漠の国ラザド=ミネからの留学生ザラフィム。
最後の一人が宗教国家聖シシルヴァニアからの留学生ファリス。
やけに留学生が多いのは、聖女の祝福を受けようと、各国が聖女と同い年の王子を送りこんできたから。
最終的に聖女と結ばれた王子が祝福を受けた光の王となり、その祖国は百年の平和と繁栄が約束される、というストーリィー。
なお、逆ハールートというものは存在しない。
光の王がそんなに何人もいたのでは価値が下がってしまう。
そして私はこの国の王弟であるアルルバニア公爵の令嬢。
フレデリックの婚約者であり、フレデリックルートでの悪役令嬢である。
どうやらマリー嬢は今回?あるいは聖女の生まれた国であり、唯一王太子であることからも判るようにメインルートなのでそういう流れなのか。フレデリックを選んだらしい。
他の王子のルートではそれぞれの王子の婚約者が悪役令嬢の役目を負うため、それ以外では私は名前しか出てこないはずだからだ。
私の婚約者、いや、元婚約者であるフレデリック王太子殿下は続ける。
「お前の様な罪深い女は王妃に相応しくない。よって婚約破棄の上、我が名をもって国外追放とする。そして、我が愛する聖女マリー・アンジュとの婚約を宣言する」
逆ハールートというのは無かったはずだが、何故かヒロインと王太子の周りを囲んでいた攻略対象、異国情緒たっぷりの褐色の髪と肌に緑色の瞳のザラフィム王子が進み出る。
「君が庶民出身であるマリーを見下し、またフレデリックを彼女に奪われた嫉妬から嫌がらせを繰り返していたことは調べがついている」
これは特定の攻略対象を落とすまでに他の攻略対象との親密度もある程度上げなければならない、というゲームシステムの影響だろうか?
最終イベントを起こして誰か一人と結ばれるまでは誰が光の王かは判らない、ということになるため、公平に見定めるために全員と交流をもち、親密度を上げなければならないのだ。
別に聖女の力で最初から誰が光の王か判っても良さそうなものだと思うのだけど、それだと乙女ゲームとして成立しなくなるからかも知れない。
それに一度エンディングを迎えたあと、途中のセーブから他の人を攻略してもスチルやイベント収集率がちゃんと上がる親切設計だった。
ちょっとファンタジーっぽくない、やけにメカメカしい小型端末を腕に装着したカミーユ王子が後を続ける。
この端末、スマホみたいなものらしいよ?
ゲームの中で遠くの人と連絡を取ったり、動画を見たり、辞書代わりに調べ物したりしてたから。
「まず、彼女の教科書や学用品を切り刻む」
そう言われて私は顔を引き攣らせる。
知っている。
覚えがある。
所謂移動教室。教科専用特別室へ移動する授業の間に、侍女に命じて教室の机の中にあった教科書やノートを切り刻ませた覚えが。
そしてボロボロになった教科書や学用品を見て泣き崩れるマリーの足元に、自分の教科書やノートを投げつけてこう嘲ったのだ。
「あらあら大変。私のお古でよければ差し上げてよ?貧乏人には新しいものを買う余裕なんてないでしょう?」
うん、性格悪いね。
彼女は聖女であることが判って学園に通うことになったんだから、実際には新しい物を買う余裕どころか、教科書が無い、学用品が無いとなれば即座に支給されるんだけど、そこで自分のお古を
「恵んでやる」
とばかりに足元に投げつける。
お古を
「ありがとうございます」
と拾わせるのだ。
何て酷い。なんてプライドを傷つける行為なんだろう。
私だったら横っ面引っ叩いて、投げられたものを投げつけ返してやるところだ。
また、ここで挿入される下から見上げるアングルの彼女のスチルは、周りの取り巻きも含めていかにも悪役らしく憎たらしかった。
「更に貴族の令嬢のみを招いた茶会に『女生徒同士の気軽なお茶会』だからと言って彼女を招き、制服姿で現れた彼女を笑い者にし、あまつさえ紅茶を掛けたそうだね」
それも確かにやった。
皆が豪華なアフターヌーンドレスを着ている中、制服を着て現れた彼女にわざとぶつかって紅茶を零し、
「まぁ!お召物が汚れてしまいましたわ。どういたしましょう!?すぐに代わりを用意させますわ」
と自分が直近の茶会で着たドレスを着せかけたのだ。
他人のドレスがそうそう都合良く合うはずも無く、(特に胸の辺りが)ぶかぶかのドレスを着せられて俯いている彼女に
「大丈夫ですわ。私のドレスが孤児院育ちの貴女に合うはずがありませんもの。だって・・・その、孤児院での暮らしは食事もままならないから発育が悪いのでしょう?慰問に行ったことがありますから知っていますわ。私常々心を痛めておりますのよ。私が王妃になった暁には、哀れな子供達のためにもっと福祉に力を入れますわ」
と言いながら、お針子を呼んでその場で寸法を詰めさせる。
「どうぞお気になさらず。このドレスは一度着たからもう着ることはありませんの。遠慮なくお持ちになって?」
生徒だけの茶会だからと学生の正装である制服を着て現れたマリーをドレス姿の令嬢達で取り囲み、自分がもう着なくなったドレスだとすぐ判るドレスを着せる。
孤児で貧しい食生活を送っていたため貧相な身体つきだと馬鹿にする。
性格悪いなぁ。
レティシアが贅沢できるのは、別にお前が金を稼いだからでも偉いからでもないだろうと言いたい。
親が身分高いからってだけで、本人別に偉くないからね。
このイベントでのスチルは二枚で、一枚はぶかぶかのドレスを着たマリーだ。
化粧っ気も無く、アクセサリーの一つも着けず。髪は後ろで一つにまとめただけで身体に合わない豪華なドレスの肩を、ずり落ちないように抑えているのをお針子までが嗤っているのだ。
更にお針子の持った針の先端が白く光っていて、いかにも陰惨な印象だった。
もう一枚はレティシアのドレスを着て、取り巻きの令嬢達にひそひそとやられている場面だ。
「まぁ。あれは先だってのお茶会でレティシア様が着ていらしたドレスでは?」
「お茶会に場違いな格好で出席されては困りますものね」
「本当に非常識な方」
「いくらお古とは言え、そんな方にドレスを恵まれるなんて。レティシア様は本当にお優しいですわ」
という具合だ。
類は友を呼ぶのか。朱に交わって赤くなったのか。
本人だけではなく周りの人間まで性格が悪いようだ。
思わず天を仰いで溜息を吐いてしまう。
「ふっ、今更胸が痛むのかな?いや、そんなわけないか」
ナルシストっぽい見た目に相応しい、気障なポーズで前髪を掻きあげながら進み出てきたのはリシャール王子だ。
しかし次に口を開いたのは、神官っぽい衣装に身を包んだファリス王子。
「これが最後の、そして最も重い罪だ。お前は十日前、マリー様を図書館の二階の階段から突き落とそうとした。マリー様が咄嗟にお前の手を掴んだお陰で捻挫だけで済んだが、下手をすれば命に係わるところだった。聖女の身体に傷を着けるとは。最早言い逃れはできないぞ!」
このファリス様、他の王子達と同じ年のはずなのに妙に幼い外見をしている。
設定上攻略対象が全員同じ年にならざるをえないので、外見だけでもショタっぽいのを用意しようとしたのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
そう、マリーは聖女だ。
百年の平和と繁栄を約束する、王に祝福を授ける聖女様だ。
その聖女様に命に係わるような危害を加えるなんて、百年の平和と繁栄を邪魔するようなもの。
それまでの嫌がらせとはレベルが違う。
その後どうなるか、レティシアは考えなかったのだろうか?
私は、どうしてこんなタイミングで記憶を取り戻してしまったのだろう?
正直フレデリックの下した国外追放という処分は甘いくらいだと思う。
処刑する、と言われてもおかしくない。
いや、この大陸の幾つもの国の王子の恨みを買った果ての国外追放ということは、処刑されるより悪いかも知れない。
何故このタイミングで?
もっと早く記憶を取り戻していれば、マリーに手を出したりしなかったのに。
ここがゲームの世界だという記憶を取り戻した今となっては他人事のような、実感の湧かない感情ではあるが、レティシア、つまり私はフレデリックを愛していた。
王となることが決まっている彼の隣に立った時、彼に恥をかかせないように。
王となった彼を支え、時には護れるように。
勉学も教養も、剣術や馬術といったものさえ人の何倍も努力して磨いていたのだ。
そう考えれば哀れなものだ。
愛した男をポッと出の女に奪われ、婚約が決まった時から長年重ねてきた血の滲むような努力が踏み躙られる。
そりゃあ辛くないはずが無い。
女として同情する部分もあった。
あったが、やはり胸を掻き毟りたくなるような怒りと憎しみが湧いてくる。
嫌だ。今では他人事のような、記憶の無い頃の罪の罰を背負うのは嫌だ。
何故ゲームの中の男のためにそんな目に?
もっと早く記憶を取り戻していれば、ヒロインなんか放っておいた。
どうせ何をしたって、悪役令嬢がヒロインから男を奪い返すなんてできはしないんだ。
何とか、何とか逃れることは出来ないだろうか?
このままでは追放されてしまう。なら、
「わ、私はそんなことしておりません。言いがかりですわ」
無駄な足掻きでも、何とか言い逃れできないかやってみよう。
それで更に事態が悪化して死刑にでもなれば、それはもう追放されて長く苦しむよりは、と考えるしかない。
「なんて恥知らずな」
「俺の調査結果が間違っているとでも?」
「それこそいいがかりだよ?」
「・・・・今更言い逃れできるとでも思っているのか?」
「お前の様な女が我が国の王妃に成らずに済んでよかったわ!」
王子達が聞く耳持たないとばかりに口々に吐き捨てる。
確かに苦し紛れに言っただけだが、それはどうなんだろう。
「私の言い分は全くお聞きにならないおつもりですか?そんな横暴な!私を裁くと仰るなら、アルルバニア家の名において正式な裁判を要求いたします」
「そんな必要はない。お前の罪は明白だ」
「なら正式な裁判を。法の下に公平な裁きを受ける権利は誰にでもありますわ!それを相手の言い分すら聞かず一方的に裁くとは。特にフレデリック様は将来王に成るというのに、それで人の上に立つ資格があるおつもりですか?」
「貴様言わせておけば!どこまで愚弄する気だ!」
「その通りです。私はレティシア様が王妃にならなくて本当に良かったと思います」
カッとなった王太子が口角泡を飛ばして怒鳴るのを遮ったのは、今まで黙っていたマリーだった。
ずっと黙って立っているだけだったので半分そこにいることを忘れかけていたが、ここにきてその場を支配するかのように王子達の囲みから抜け出し前に出る。
「おぉ!マリー!貴女もそう思うか!」
私に向けた顔が嘘のように、鼻の下を伸ばした笑顔で王太子が彼女に手を差し伸べる。
パチンと乾いた音が響いた。
「マリー?」
マリーに叩き落とされた手を宙に彷徨わせながら、フォレドリックが子供のように首を傾げる。
それを見るマリーの表情は冷やかだった。
「触らないでください。私は聖女です。本来馴れ馴れしく男性が触れていい存在ではありません」
そう言われ、フレドリックは慌てて手を引っ込める。
なるほど。確かに王子とは言え、若い男が聖女にベタベタと手を触れるというのはおかしな話だ。
それを指摘されれば、フレドリックとて迂闊に触れることはできない。
「し、しかしマリー様。今までは僕達と仲良くしてくれていたじゃないか!?」
「それは皆様が王子だからです」
それを聞いて、王子達が一様にショックを受けた表情になる。
もしかして、皆自分が魅力的だから親しくしてくれていると思っていたのだろうか?
確かに乙女ゲームの攻略対象だけあり、皆外見はいいけれど。
それにしてもこんなにはっきり権力目当てだと、本人を前に、それも大勢の前で言い切るとは。
「私は聖女として、“光たる王”を見極めなければならなかった。それで、私と同じ年に生れた皆様の人柄を知ろうとしていただけなのに、何を勘違いなさっているのですか?」
どうやら私も勘違いしていたようだ。
ゲーム内でも『公平に見定めるために全員と交流をもち、親密度を上げなければならない』と説明されていた。
彼女はその通りに振る舞った、という意味で言ったようだ。
「そんな・・・・・それでは私のことは?」
「私はフレドリック様と結婚なんてしません。もちろん皆様のうちの誰のことも好きではないし、皆様の中に“光たる王”はいらっしゃいません!」
今度は先程の比ではなく、王子達に衝撃が走る。
男としてきっぱり振られただけでなく、光たる王ではないと切り捨てられてしまったのだ。
聖女と同じ年に生れた王子である。
もしかすると自分が、と思っていただろう。
周囲もそう期待したからこそ、聖女のいるこの学院に送りこんできたのだ。
その自負も期待も、男のプライドと共に一撃粉砕だ。お気の毒に。
「そもそも婚約者がいるのに他の女に言い寄る不誠実な男が、“光たる王”のはずがないでしょう?聖女に気に入られたからといって、選ばれるわけでもありません」
最後に正論でもって王子達に止めを刺し、マリーは私の前へと歩いて来た。
「あなたこそ、百年の平和と繁栄をもたらす光たる王」
私の前で跪き、私の両手を取って額の痣、聖女の証を押し当てる。
聖女の言葉に応じるように、その証は淡い輝きを放った。
「女王陛下万歳」
聖女の言葉に、今まで事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた卒業生や教授、そして来賓が釣られたように叫ぶ。
「女王陛下万歳!」
「光たる王、レティシア陛下万歳!」
「女王陛下に栄光あれ!」
と。
最初こそ戸惑い気味だったそれは、徐々に熱狂的な歓喜の叫びに変わって行く。
この国に百年の平和と繁栄が約束されたのだ。
それも当然だろう。
「待て待て待て!私は認めんぞ!」
そしてそれに水を差す者がいたのも。
フレデリックだ。
愛し合っていると思っていたらしいマリーには袖にされ、“光たる王”ではないと突き放され、ついには王太子の地位すら失ってしまったのだ。
この国に“光の王たるレティシア女王”が誕生した以上、彼が王位を継ぐことはない。
つまり彼は王にもなれず、それどころか女王に婚約破棄を突きつけ、国外追放しようとした慮外者。
下手すれば自分が国外追放、いや、病死したことにして殺されてもおかしくない。
「さっき、レティシアが王妃にならなくて良かったと言ったではないか!?それが何故“光たる王”なのだ!?」
「“光たる王”だから、王妃ではおかしいです。女王様に成るべきでしょう?」
「その女は!お前をいじめて!」
「私は平民でしたが、今は聖女です、お前などと呼ばれる存在ではありません!私が庶民の出だからと馬鹿にしているのはフレデリック様ではないんですか?」
全くその通りで。
でもね、私も訊きたい。
私、聖女のことをいじめてたんだけど、それなのに何故“光たる王”よ?
「それに、レティシア陛下は私をいじめてなんかいらっしゃいません!」
「聖女様・・・・・」
「陛下、私は陛下を支えるべき者。どうかマリーとお呼びください」
「マリー。では説明してくれる?」
「はい」
聖女は私を庇うようにフレドリックとの間に立ち、胸の前で両手を組んだ。
その姿はまさに神の言葉を告げる聖女。
「一体どのようにねじ曲がって伝わったのかは知りませんが、陛下と私は同じ組。当然同じ授業を受けるため、陛下も教室を移動されていました。そしてあの日、陛下は私より先に教室を出て、私より後から教室へお戻りになりました。ですから、陛下が私の教科書やノートを切り刻むことはできません」
いや、自分の手でやったわけじゃく侍女に命じてやらせたんだけど。
「私の教科書は国庫から頂いたお金で買い揃えたもの。また自分のために国のお金を使っていただくのを申し訳なく思っていた私に、陛下はさりげなく御自分の教科書や学用品を譲ってくださいました」
あ、そう受取ります?
率直に譲ると言えば気を遣わせると思って、態と厭味ったらしく渡したと思ったと。
「それに、お茶会に制服で出席して笑い者になったのは私の考えが至らなかったからです。この学院は貴族や王族が通う学校です。なら『女生徒同士のお茶会』に来るのは貴族や王族の御令嬢方に決まっているではありませんか。ならば皆さんがドレスを着ていらっしゃると、少し考えれば判ることでした」
あー・・・・・そう言われれば確かにそうだ。
貴族や王族の御令息御令嬢の学校なんだから、生徒同士のお茶会でもそれはもう華やかなドレス姿での出席になるに決まってるよね。
むしろそうだからこそ成立したいじめだとも言える。
「う・・・・それは・・・・・」
これには王子達も反論が出ないようだ。
そりゃあ男子生徒同士でも、何かと集まる際は制服なんて着ていない。
特に王子達など、格の違いを見せつけるように着飾っているんだから。
「なのに私はそこへ制服を着て出席するなんて・・・・それでも陛下は私を追い返したりせず、それどころか御自分が粗相をした振りをして制服を汚し、御自分のドレスの寸法を直して私に着せて下さいました」
くすん、と聖女は小さく啜りあげて続ける。
「その時、陛下は御自分のことを少し話してくださいました。孤児院に慰問に行った時に見た孤児の暮らしぶりに、常々心を痛めているのだと。御自分が王妃になったら、孤児の生活を良くするために福祉に力を入れたい、と」
「おぉ!なんとお優しい」
「そんな下々のことまで・・・・」
「王妃になった後のことを・・・・・・・そんな風に」
違う!それ嫌味だよ!
騙されちゃ駄目だよ!
「その時にはっきりと解りました。この慈悲深く、貧しい子供達にも目を向けてくださる方こそ“光たる王”だと!」
「では!ではあの階段でのことは何なのだ!?私は見たぞ!その女が階段から落ちかけたお前の後ろに立って手を突き出しているところを!」
そうだった。
まだそれが残っていた。
この場面ではスチルではなくムービーが挟まれていた。
階段を降りようとするマリーを見つけ、そちらへ向かう最も親密度の高い攻略対象。
しかしその後ろに自分の婚約者を見つけ、慌てて走り出す。
その様子を見て異変を察し、後ろを振り向くマリー。
そのお陰で突き飛ばされたものの、咄嗟にその悪役令嬢の手を掴んで難を逃れるのだ。
「逆です」
それに答えたマリーの声は、誰が聞いてもうんざりしていると解るものだった。
その表情までが、嫌そうに歪んでいる。
「あの時私は階段の途中で慌てて向きを変えたせいで、足を踏み外して落ちかけたのです。それを助けようとして、陛下が手を差し伸べて下さったんです」
え?そんなタイミング良く!?
凄い偶然ですね!?
「何故そんなところで急に向きを変えたかと言うと」
ふんっと鼻を鳴らし、マリーはフレデリックを睨みつける。
「馴れ馴れしくしてくる嫌な男がこちらに来るのを見つけて、慌てて逃げようとしたからです。つまり貴方から逃げようとして階段から落ちかけたのを、レティシア陛下が助けてくださったんですよ!」
「そんな!」
フィレデリックが膝から崩れ落ちる。
姿を見ただけで逃げるほどお前が嫌い宣言!
そして自分のせいで階段から落ちかけた聖女様を助けた自分の婚約者に、公衆の面前で聖女様を階段から突き落とした濡れ衣を着せた罪確定。
これは辛い!
「それから、何度も言わせないでください。私は貴方にお前呼ばわりされる立場ではありません。ましてや“光たる王”であるレティシア陛下をその女などと。不敬ですよ!誰か!この男を捕らえなさい!」
待って!待って!まだ私即位したわけじゃないし、この人一応まだ王太子だし、それは不味いんじゃないの?って、あぁ・・・・・・・
この大陸の数千年に及ぶ歴史の中で崇められ続けてきた聖女と、国に百年の平和と繁栄をもたらす王への不敬である。
あれよあれよという間にフレデリックと、他の四人の王子までが会場の警備をしていた騎士に捕らえられてしまった。
いいのか!?他国の王子だよ、それ!
「レティシア陛下。我が光たる王よ」
やがて五人の姿が会場から消え、改めてマリーが私の前に膝を着く。
それに倣って、会場にいた人々が私に向かって跪いた。
「我ら一同、心より陛下に忠誠を誓います」
そう言って熱っぽく私を見上げたマリーを見て気がついた。
あれ?痣の形ちょっと違わない?
聖女の証は四つの菱形の中央に円形の模様だったはず。
なのに彼女の痣は四つの円の中央に菱形。
なんかこれ・・・・・・
『同人サークル**がグロリア社に訴えられたんだって』
SNSで見たニュースが頭の隅を過る。
グロリア社というのは『福音の聖女~光を告げる乙女~』の発売元の会社だ。
どこかの同人サークルが、『福音の聖女~光を告げる乙女~』をパロディにしたゲームソフトを売って、グロリア社に訴えられたのだ。
グロリア社は比較的二次創作に寛容な会社だけど、内容があまりにエグイ男性向けの18禁だったので流石にグロリア社も切れたらしい。
本来の攻略対象を無視して悪役令嬢達を落とすというシナリオで、女同士のエロシーンが延々と・・・・・・申し訳程度に聖女の痣のデザインが変えてあって・・・・・・え?
まさかここ同人ゲームの世界!?