12.充填する拳撃《チャージ・ストライク》
次話は3日後です。
『さぁーて、お待たせしました!次の決闘への挑戦者がやって参りました!』
「ほう……?」
「今回は早いな」
司会者の声が響くと同時に、観客たちは少しだけ意外そうな顔をする。
普段の決闘よりもセッティングが早かったからだ。
というのも、大抵この闘技場に出場させられる人間たちは、同族の惨たらしい死を間近に見てしまうが故に、怖気付いて中々決闘の決意ができないからである。
そのため、ここの闘技場では一度試合を行うごとに1時間以上の時間を休み時間として設けることが多い。
……が。
今度の挑戦者は、先ほどの戦いを見ても怖気付かなかった強者ということだ。
俄然、観客たちからも期待が向けられる。
『今度の挑戦者は、先ほどの小汚いおっちゃんとは違い、綺麗な顔立ちをした少年です!』
「ほお……少年とな」
「オホホホ、綺麗な方は嫌いじゃないザマス。早く、見たいザマスね」
「んー?わたし的にはー……強ければ、誰でも良いんだけどさー。そいつ、強いのー?」
挑戦者のプロフィール説明を聞き、沸き立つ観客たち。
どうやら誰もが多少の関心を抱いているようだ。
『(よしよし……さっきはイマイチだったからなぁ……。今度の少年はそうでないことに祈るしようかな〜……っと)』
バルドの実力は言っても精々人間の兵士の中級クラス程度。
確かにみっともない戦い方だったし、それなりに長生きをして観客たちの嘲笑を誘ってはいたものの、中には見応えのある戦いを期待する者も少なくはない。
できればさっきの奴よりは面白い戦いをしてくれよ……と。
そういう期待を込めながら、職員に渡されたアキトのステータスを見ていると……。
『(な、なんじゃこりゃアアアアアア!れ、レベル1って……さっきのおっちゃんでも、20はあったのに………これじゃあ、戦いぶりには期待できねぇじゃねぇかよ!!!)』
しかし、プロフィールに書いてあったレベルの欄を見た瞬間に司会者の希望は露と消えてしまった。
『(れ、レベル1……これじゃあ、最悪ゴブリンと戦わせても負ける可能性が出てくる。……どうする?今更、すいません、こいつ弱かったです、なんて言えるような空気じゃねぇぞ?)』
司会者が辺りを見回すと、観客たちのほとんどがポップコーン片手に興奮している姿が見受けられる。
究極的な話、魔族は強い者が見られればそれで良い。
しかし、それは即ち弱者を嫌悪することを意味することにも繋がる。
自身の加虐性を鎮めるために、たまに弱者と馴れ合う魔族もいなくはないが……。
大抵は強者を見たがる。
先ほどの説明で、それなりに期待を持たせるようなセリフを吐いた自分がいけなかったか……と、先にも立たない後悔の念を抱きながら、アキトの紹介を続ける。
『(ちっ……これで俺の給料が減っちまったらタダじゃおかねえからな)え、えーと……とりあえず、アキト選手に登場していただきましょう!アキト選手、入場をお願いします!!!』
「「「「「「ワァアアアアアアア!!!!!!」」」」」」
選手の登場に伴い、観客たちの歓声が鳴り響いた。
ーーーが。
「「「「「「ーーーーーーッ!?」」」」」」
その声は一瞬で搔き消えることになった。
何故なら、秋人が黒いガントレットを装着した状態で尋常でないほどの濃密な殺気を発していたからだ。
このとき、秋人のレベルが1であることを嘆いていた司会者は思った。
ーーーもしかしたら、何とかなるかもしれない。
と。
◆
『え、え〜と……ば、場の空気も温まったところでそろそろ決闘を始めたいと思います!魔物使いの方は、黒牙豹の準備をお願いします!』
司会者の指示に従い、魔物使いらしき黒ローブの係員が檻から黒牙豹を出した。
「グルウォォオオオ!!!」
檻から解放された黒牙豹は、雄叫びを一つあげると、係員の指示に従ってリングに上がる。
秋人もそれと同時にリングに上がり、目の前の獣を睨みつけた。
『え〜〜〜、両者共にやる気は十分ということで……では、決闘スタート!』
司会者の言葉と共に黒牙豹は全身をバネのようにして屈み、そして一直線に秋人へと迫った。
ーーー速い!
今まで大抵の選手に対してはお遊びでやってきたであろう黒牙豹の本気の疾駆を見て、観客たちは驚愕の声を漏らす。
魔族の身体能力は基本的に人間よりも高い者が多いので、黒牙豹の動きが見えないということはないが……。
観客たちが心配しているのは、それと相対している秋人の方である。
普通の人間ならこの一撃でお釈迦……そうでなくとも、多大なダメージを受ける可能性が高い、と。
そして、そんな観客たちの予想に違わず秋人は棒立ちで突っ立っているだけ。
ーーーやはり、期待外れ?
そんな言葉が観客たちの頭に浮かび上がる。
「グルウォォオオオ!!!」
そして、距離にして10メートルほどあった秋人と黒牙豹の間が、1メートルを切ったところで、黒牙豹の雄叫びが響く。
獲ったぞぉおおお!と、言いたげな声音で振り下ろされる黒牙豹の大きな爪。
その場にいた誰もが秋人の死を予期した。
「『充填する拳撃』……」
だからこそ、闘技場にいた誰もが彼の零した一言を聞き逃してしまっていた。
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