お茶会 2
困るエマや無表情のレオンなんておかまいなしに、ロイドはひとしきり笑っていた。これ以上、何かを言えばさらに墓穴を掘ってしまいそうで、エマは口を開けずにいた。
「笑いすぎですわよ」
横目で睨むぐらいしかできない。
「これは、失礼いたしました」
口だけだ。ロイドはちっとも堪えていない。何か言いってやりたいが言えぬため、口をぱくぱくさせているエマを面白そうに見ている。にやにやと笑うロイドに対し、エマはくやしくて堪らない。
「ロイド、からかうのはそれぐらいにしておいてやれ。エマ、私は能面と言われようが別にかまわぬ」
レオンは本当に気に留めていないことがうかがえる。それに対しても寂しい気持ちになる。
「殿下がかまわなくても、私が困るのですわ…」
レオンのことをそんな風に思っているなんて、彼自身に思われたくないのだ。しかし、言葉はごにょごにょと尻窄みになってしまう。レオンは面倒くさいとでも言うようにため息を吐いた。
「何が困るというのだ?」
エマは無意識に口を尖らせてしまう。言い訳をするときにはついそうなってしまうのだ。母からは、王女がはしたないと叱られていた。だから、人前では重々気をつけてきたつもりだ。しかし、兄たちと兄妹喧嘩をすると、つい癖がでてしまい、面白がってよく指先で弾かれたりしたものだ。
「だって、そのせいで殿下が私のことをお嫌いになられたら困りますわ」
レオンは目を見開きまじまじとエマを見ていたが、視線を外し横を向くと拳を口元に押し当てた。
「くっ…ははっ」
(笑ってる)
初めてレオンの笑っている姿を見た。エマはぽかんと口を開けてしまう。なにがおかしいのかと思ったが、レオンの笑顔に目が吸い寄せられると、そんなことがどうでもよいことになってしまう。
給仕をしている女官たちも一斉に驚いた顔を見せていた。ロイドでさえ、目を見開いていた。
「ああ、これは失礼。ただ、あなたがあまりに少女のようでおかしかった」
(子供っぽいと言うことかしら)
エマがレオンに一番言われたくない言葉だ。初夜では失態を見せてしまったが、レオンと年齢が離れている分、振る舞いはしっかりと大人のつもりだった。ラナティアの女官たちに失礼な態度を取られても、取り乱したりしなかったのに。これもそれも、水の泡だ。ロイドのせいだと思うと、愚痴くらいいってやりたくなる。
「少女ではございません」
(子供ではなくあなたの妻ですわ)
しょんぼりとしてしまう。
「大人の女性は、少しからかわれたぐらいで、本気にはせぬ。ましてや、真っ赤な顔をして口を尖らせるなど、少女と言われても仕方がない」
思わずエマは口元を押さえた。悪い癖が出ていたと知り、恥ずかしさに顔が燃えるようだ。
「はい」
たしかにその通りでエマには何も言えない。視線がゆるゆると、自分の膝へ下りて行った。
「しかし、私は嫌いではない」
エマが驚いて、レオンを見ると何事もなかったかのように食事を再開している。何とおっしゃいましたか、と聞けるような雰囲気はもうレオンにはない。やはり碧い瞳は何を考えているのかエマには読めない。
「いやあ、私の言葉が過ぎましたなぁ。妃殿下どうかお許しください」
のんびりとした声はロイドだ。
「これから仕事でしばらく首都を離れますので、反省して帰ってまいります」
反省などするつもりはないだろうが、口を出すのはやめた。
「まあ、どちらに?」
「ロンプトンという国境の町ですな。これが田舎なので何もなさすぎまして、行くと思うと気が滅入ります」
「国境?」
「ええ。妃殿下のノース王国ではなく、ケアード王国との国境ですよ。と言っても何もありませんよ。ただの視察のようなものです。ケアードとはずっと良好な関係ですしね。ましてや…」
ちらりとロイドがレオンに視線を送る。
「私の母の故国だ」
レオンが後を結んだ。ケアード王国はラナティア王国の南に国境がある。対してエマのノース王国は北に位置する。エマは地図で名前を知っているだけだ。
「温かく作物もよく育ち、豊かな国だ」
「素敵な国ですのね」
レオンの母がケアード出身ということも勉強した気がするが、すっかり抜け落ちていた。
「しかし、出発前にいいものを見せていただきました。あなたのあのような顔を見るのは久しぶりですな」
ロイドはにやにやとレオンを見ている。レオンは碧い目を見開いて、ぽつりと言った。
「…そうか」
それは聞き取れないほどの小さな声だった。