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氷の王子  作者: 白石美里
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おくりもの 3

 初夜以来、エマはレオンと夜を共にするどころか、顔さえ合わせない日が続いていた。


「姫のお好きに過ごされますように、と殿下からのお言付けでございます」


 ラナティアの女官からはそう告げられた。お好きに、と言われたところで、エマは何をすれば良いのか分からなかった。読書をしたり、王太子宮のよく手入れされた庭を散歩したり、はたまた自室でハープを演奏したり。それは独身時代からエマがしてきたことだが、自国ではラナティアについての勉強が急を要していたので、いきなり自由になるというのは慣れずにエマを戸惑わせた。


「殿下は、お忙しのかしら…」


 ほんの少しでも、殿下にお会いしたい。そればかり考えてたら、つい口を吐いてしまった。ラナティアの女官たちが返事に詰まっているのを見て、エマはしまった、と思う。ちなみに口に出すだけではなく、思ったことが表情にも出てしまうのは昔からだ。故国の母からは、そういうところが長所でもあり、短所でもあると言われていた。子供の頃から一緒に育ってきたようなものであるリネットなら慣れたものだが、ラナティアの女官は驚いてしまうだろう。


「きっとお忙しいことと思いますわ」


 リネットが困ったように眉根を寄せた。


「殿下は、お忙しいと思いますわ。特に国王陛下がお体を悪くしてご静養中とのことで、王太子殿下が代わりを勤めておいでですし」


 年若いそばかすを浮かべた少女が言った。他のものが困ったように黙り込んでいたので、意を決したようだった。女官の立場で王家の者の噂話をするのは、褒められたものではない。


「陛下は、そんなにお悪いの?」


 婚姻の儀でお会いした陛下の様子では体調が悪いなどとは気づかなかった。殿下と同じ金色の髪に、同じ色の瞳は慈悲深く微笑まれていた。


「はい。箝口令が敷かれておりますので、外には漏れぬようになされております。ですので、私共には噂でしか伝わってきませぬので、くわしいご容態のほどは分かりませぬが…」


「そう」


 詳しく聞いてみたい気がするが、これ以上はエマには誰も答えてくれないだろう。きっとまだ、信用されていないのだ。女官にも、殿下にも。自分で殿下の気持ちを測っておきながら、胸はちくりと痛んだ。エマの近くには必ずラナティアの女官が付いており、監視をされているのかもしれないと思う。どうしたら、殿下に害をなさないと信じてもらえるのだろうか。


「妃殿下。我らが王太子殿下は大変ご優秀な方でございます。それと相まって整った美貌が、えーと、少し、えーと、ほんの少しですが、人を寄せ付けないように見える…いえいえ。そういう風に感じさせることもございますかもしれませんが、きっとお役目に忙殺されてお忙しいだけで、妃殿下のこともお気にかけておいでだと思いますわ」


 一生懸命話す女官に気を使わせて申し訳ない気持ちになる。


「そうね。お忙しいのよね」


 女官に同意する。


「はい。しかし、平素とお変わりなご様子は、さすがは氷の王子と呼ばれる方ですわ」


「氷の王子?」


 女官は、はっとしたように口元に手を当てた。


「いえ、世間の噂でございます。あの美貌でございましょう。その上、表情を変えられないので、皆がそのように言うのでございます。妃殿下はお忘れくださいませ」


 エマは吹き出しそうになるのをこらえた。たしかにぴったりだ。感情を現さないところもだが、深く碧い瞳も冷たい印象を人に与える。馴れ馴れしく近づくことなど許さないような。微妙な表情のエマを見て女官は困ったように口をつぐんだ。


「あなた、名前は?」


「エ、エレンと申します。あの、粗相がございましたら、お許しくださいませ。こちらへ来て日が浅いので…」


 言葉は尻窄みになる。エレンは名前を聞かれるなんて、噂話を妃殿下へ聞かせたと上司に言いつけられるのではないかとびくびくしているように見える。しかし、エマの気持ちはその逆だった。


「エレンね。いいえ、ありがとう。こちらで私にそのような話を聞かせてくれたのはあなただけよ」


 噂話はよくはないが、これぐらいならいいだろう。それより、至極事務的に(能面のような顔とエマは思っていた)ラナティアの女官はエマに接していたので、このような気のおけない話を彼女とできたことが嬉しかったのだ。

 エレンはホッとして胸に手を置いた。


「あなたもこちらへ来たばかりなの?」


「妃殿下のお輿入れに合わせて募集がございましたので。それまでは、田舎におりました」


「まあ、では一人でこちらへ来たの? 寂しいわね」


 そばかすの浮いた小柄な娘は、エマとそう年齢も変わらないように見える。自分も故国を離れ、エマは寂しかった。


「いいえ。私の家は末端の貴族ですが、それはもう名ばかりで…実際の家計は火の車なのです。その上、兄弟姉妹はたくさんおりまして。数年間こちらで行儀見習いをして、箔をつけて結婚するのが夢なのでございます。ですので、募集があったときには、これは逃してなるものかと…」


 にこにこと話すエレンに、隣で聞いていた女官が腕をつつく。エレンは、はっと気づいて手で口を押さえた。


「申し訳ございません。私ったら、調子に乗ってどうでも良いことをぺらぺらと」


 今度こそエマは吹き出してしまった。こんなあけすけな話を聞くのは故国を出て以来だ。


「大丈夫よ。エレン、あなたってとっても面白いのね。もっと話を聞きたいぐらいよ」


 笑っているエマを見て、エレンは恐縮して頭を下げていた。


 良いことは続くもので、エマの笑い声で和んでいた部屋にノックが響く。リネットが対応すると小箱を携えて戻ってきた。


「王太子殿下より、ご伝言を知らせる女官でございますわ。今夜はご夕食をエマ様と召し上がられるとのことです」


 エマは信じられない気持ちだ。殿下に会える。それだけで気持ちが浮上して、心臓がどきどきとしてくる。


「あと、こちらをエマ様に、とのことですわ」


 リネットは小箱を恭しく机に置き、エマに向けて箱を開けた。中には、首飾りと耳飾りが収められていた。最初に目を引くのは、中央に据えられた蒼玉だ。それを囲むように真珠が模様を作っている。揃いの耳飾りにも、大きな蒼玉が使われている。普段から宝石を見慣れているリネットも感嘆した。

 エマは思いがけないおくりものに飛び上がりたい気分になる。しかも、今夜は殿下に会えるのだ。


「リネット、今夜はこの首飾りを着けて殿下にお会いするわ。ああ、早く夜にならないかしら」

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