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氷の王子  作者: 白石美里
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消えた姫君

 国王が崩御したことが国民に告知された。本当のことは秘されたまま、病死と。ただ、異例だったのが、本来ならば、葬儀後すぐに新国王の戴冠式が行われるはずだが、ひと月、喪に服すとの触れが出された。ただ、病気で臥せっていた国王に代わり、元々レオンが国政を取り仕切っているのは周知の事。国王の代理を務めてきた王子が新国王になる。人々の気持ちには不安などの曇りなどはなかった。『父親への思慕だろう、レオン殿下も人の子だったんだなぁ』 などと噂される程度のことだ。

 

 王宮では国葬の準備が執り行われている。しかし、中心部にいるものは、それどころではなかった。国王毒殺については、レオンが箝口令をしいたため王宮にいるものでも、知るものは少ないが。


 執務室では普段通りに王太子による業務が執り行われている。しかし、その裏ではレオンは、ロイドたち少数の側近に指示を出していた。国王の毒殺犯を秘密裏に捜し出すためだ。


「あの衛兵は口を割ったのか?」


 人払をした執務室。深く椅子に腰をかけたレオンの前に立つのは、ロイドだけだ。目の前のレオンは、激務であるにもかかわらず、顔には一切疲れなどは見えなかった。あの衛兵ーー国王の居室の門番で、エマを通したと証言した男だ。現在は、王宮の地下牢に捕らえられている。


「それがなかなか口が固い男でして」


 捕らえた男には、人に言えぬような手荒いことをしているが、頑として口を割らない。思った以上に忠誠心が厚いようだ。


「お前らしくもない。さっさと口を割らせろ」


 ロイドは深く頭を垂れた。面目無いとでも言うように。子供の頃からレオンの手足となって動いているため、主人の気持ちはよく理解しているつもりだ。珍しく感情的をあらわにしている目の前の美貌の主人。イライラしているのは、焦っているのだろう。それは、遅々と進まぬ毒殺犯の捜査のせいではない。おそらく、王宮に軟禁されることになってしまった自身の妃のせいだろう。

 

 結局エマは、王宮の一室に監視付きで閉じ込められている。ある程度の自由は認められているが、国から連れてきた女官からも離されて、あの少女のような妃殿下はどんな恐ろしい気持ちでいるのだろうか。一刻も早く出してあげたいと思うのは、主人も同じではないのだろうか。


 もう、一歩だった。あの時、王太子宮に連れ帰れるはずだったが、ブレイン公の一言で軟禁されることになってしまった。ロイド自身、レオンがエマを特別扱いに見えぬように、対応したはずだった。しかし、そこをブレイン公に逆手に取られてしまった。あの公の勝ち誇ったような顔を思い出すと、腸が煮えくり返りそうだ。おまけに、下手をうったのはロイドがちんたらしているせいだと、レオンの心の声が聞こえてくるようだった。ロイドは恐ろしくて、レオンの顔を見ぬようにしたほどだ。


「裏で糸を引くものの名も必ず、吐かせよ」


「御意。しかし、おそらく……」


 黒幕は見当がつく。ロイドは、命令さえあればなんのためらいもなく、喉元に剣を向けることができるが。レオンは、決心がつくのだろうか。今まで、いろいろと事があっても、レオンは問題にしてこなかった。父王が殺されたといっても、また庇うのではないか。それが、自身の首を絞める事になったとしても。氷の王子などと呼ばれているが、ロイドの主人は非情にはなりきれない。それほど、レオンにとって、ブレイン公は特別なのだ。公……、とともに母親が、と言うべきか。


「なんだ?」


「いえ……。ところで、妃殿下のご様子はいかがですか?」


「変わりないと報告は受けておる」


 報告。自分では会いに行っていないようだ。たしかに、レオンが顔を見せれば公平さを問うものが出てくるかもしれない。


「僭越ですが、殿下がお顔を見せられれば、ご安心なされるのではないでしょうか?」


「必要ない。私が行けばまた、皆のいらぬ誤解を生む。それより、早期に解決させればよい」


 がっくりと肩を落とした。しかし、女心というのは、そういうものでは無いでしょう、などと言えるわけがない。


 レオンは、後継者としてそのように育てられたのだ。皆に公平に。


「失礼いたします。殿下に火急にお耳に入れたき事がございます」


 扉の外から声がかかった。レオンが許可をすると、声の主は滑り込むように部屋へ入ると、膝をついて頭を垂れた。執務室で働く文官の男だ。


「申し上げます。王宮から由々しき、噂が流れております!」


「噂とは?」


 ロイドが返答を受けた。男は生唾を飲み込む。恐れ多いとでも言うように。


「国王陛下が、あ、暗殺をされたと。しかも……」


「しかも?」


 男は逡巡して、瞳を力一杯閉じたが、意を決したように、目を見開いてレオンを見上げた。


「その犯人は、王太子妃殿下だと。王宮の一室に捕らえられていると、大騒ぎです。その真偽を確かめようと、妃殿下がおられる部屋を探し出そうとするものまで現れました。それが、野次馬も相まって、大変な人数になってしまいまして。中には、国王陛下を弑した不届きものを征伐するなどと申す、正義を振りかざすものもおりまして……まるで、暴徒のようになっております」


「なんだと!」


 妃殿下の身が危ない。頭に血が上った者には、少々のことでは収まらないだろう。


「ロイド、軍を動かして暴徒を止めろ。まず、エマの身を保護せよ」


「御意」


 ロイドは、部屋の外で控えている副官に指示を出す。そして、自身もエマが軟禁されている部屋へ向かう。すると、もうレオンの背は小さくなっていた。ロイドも数人の部下を従えて急いで向かう。


 報告を受けてから、エマが軟禁されている部屋へ着くまではほんのわずかな時間だ。嫌な予感に背中にじっとりと汗がにじむ。ロイドのこういった感は大体当たるのだ。


 そこは惨状だった。


 血の海。廊下には、見張りの衛兵が倒れていた。一目で、絶命しているのが分かる。部屋へ入ると、女官が数人剣を突き立てられて倒れていた。部屋中に血の匂いが充満している。しかし、肝心のエマの姿はない。


「すぐに城の門を封鎖しろ。見知った顔でも外へ出すな!」


 ただ事ではない。ロイドは慌てて指示を出す。


 後ろで悲鳴がした。


 女官たちがやってきたようだ。女官長と数人の女官がいた。普段冷静な女官長でさえ、口元を押さえて、目を見開いている。


「姫様! 姫様!」


 一人の女官が叫びながら、布団を剥いだり、寝台の下を覗く。どうやら、エマと国からやってきた者のようだ。どこにもエマがいないことを確認すると、レオンに噛み付いた。


「恐れながら殿下!」


 機転を利かせて、女官長が止めた。しかし、その女官の気持ちは収まらないようで、女官長の手を振り切ろうとした。見かねて、ロイドが腕を捕らえて、部屋の外へ引っ張り出した。


「離してくださいまし! 我が姫様はどこへ行かれたのです? こんな人が殺されて。ここは、変です! ここに来てから、おかしなことばかり。このことは故国ノース王国に報告させていただきますから!」


「落ち着け」


「落ち着いていられますか! 姫様が無事におられなかったら、どうしてくれるんです」


 女官はすごい勢いで、ロイドの胸ぐらを掴んでくる。なんて女だ。女官の後ろで、女官長が慌てている姿を目の端にとらえた。


 ノース王国へエマがいなくななったことが公になれば、国際問題になる。どう宥めようかと思案していたら、部下が血相を変えて走ってきた。


「隊長、お耳に入れたいことがございます。牢へ繋いでいたあの衛兵の男が絶命しておりました。おそらく、毒殺ではと」


「何だとっ!」


 あの男が殺された。口封じか。犯人は、恐らく……。しかし、相手も手段を選ばないようだ。


「なんと! あの衛兵が!」


 一緒に報告を聞いた女官は、気が動転しているようだ。その間に女官長に、目で合図をする。心得たように、女官長は頷いた。彼女に後は、任せることにする。


「妃殿下の身が心配だ。殿下に知らせねば」


 ドン! という大きな音が部屋から聞こえた。壁を叩く音。あの冷静な主人が、そのような感情的なことをしたのか。部屋へ足を踏み入れるのをしばし迷う。


「聞こえておったわ」


 扉から、レオンが姿を見せた。その顔には、怒りの色。ロイドは長く仕えているが、レオンが表情を表に出すのを見るのは初めてだ。


「ロイド、お前は軍を率いてロンプトンへ出立せよ」


「今からですか?」


「ここにエマがいないとなれば、私もすぐに向かう」


 エマが、ロンプトンにいると当たりをつけたようだ。探りを入れてからではなく、すぐに軍を差し向けるとは。冷静なレオンらしくもない。


「御意。しかし、名目は何にしましょうか?」


 軍を動かすのだ。れっきとした理由がなくては、ロンプトン市も納得しないだろう。


「理由など適当に作れば良い。もともと、叩くつもりだった」


「まったく! あなたらしくもないですよ! 理由がなくては国民も納得しないでしょう」


「忘れたのか? 戴冠してないだけで、すでに私は王だ」


 とうとう、キレてしまったようだ。

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