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氷の王子  作者: 白石美里
20/27

崩御

 エマたちが王の居室の扉を開くと、知らせを聞いて駆けつけた王妃やブレイン公が寝台の前に立っていた。しかし、王の遺体はすでに別室に運ばれているようだ。


「おお、レオン殿下。待っておった」


 顔色を悪くした王妃は、女官に支えられてやっと立っているという状態だった。先ほど広間で挨拶をした女性とは別人のように、弱々しい。


「遅くなりました。父上は今どちらに?」


「今は医師に見させていますよ。おそらく、毒殺で間違いないでしょう」


 ブレイン公は普段と変わらず冷静だ。


「毒殺……」


 エマは、息をのむ。また、毒なのか。しかも、今回は本当に亡くなってしまったのだ。目の前で交わされている会話が本当の事なのか実感がない。国の最高権力者である、国王陛下に毒を盛るなんて信じられないことだ。


「なぜ、このようなことに……」


 王妃は、やりきれないとでも言うように首を振った。女官に支えられてかろうじて立っていた王妃は、その反動で、バランスを崩し倒れ込んでしまう。慌てて数人の女官が王妃に駆け寄り、抱き起こそうとしたが、それよりも早くブレイン公が抱き上げた。


「陛下、大丈夫ですか?」


「すまぬ」


「お気になさらずに。どうぞ、こちらにお掛けになってください」

 

ブレイン公は、そっと椅子に王妃を下ろした。そして、王妃の椅子のそばに片膝をつき、様子を伺う姿は真摯だ。レオンたちの前に衛兵が進み出て、片膝をついた。


「申し上げます。発見をした女官の話では、陛下は夜会の始まりにお姿を見せられましたが、すぐにお部屋にお戻りになったそうです。付き添った女官が寝台で休まれる陛下を見て、お部屋を後にしたそうです。その後、女官が夕食をお持ちした時にお亡くなりになられた陛下を発見した次第です。数人の女官が同じ話をしているので間違い無いと思われます。毒が盛られたとなれば、陛下がお休みになられてから、女官が夕食を持ってくるまでの間のことと考えられます」


「陛下の部屋の前には衛兵がついているはずだろう。その間に訪ねてきた者はいなかったのか?」


「いま、部下に確認をさせております」


 レオンの問いに、ロイドがすばやく返答する。きびきびとした態度は、のんびりと構えている普段のロイドとはまるで別人のようだ。


「そうか。それで、首飾りというのは?」


「それは、この者からお話させていただきます。申せ」


 後半は後ろにいるだろう女官に向けてロイドが言った。ロイドの背で隠れて姿が見えずにいたが、おずおずとレオンの前に現れた女官はリネットだった。真っ青な顔をして、見てわかるほど震えている。そんなリネットの前に、ロイドは部下から布に包まれた物を受け取り、それを開いて見せた。まさか。しかし、それはエマの思った通りで、それは真珠が散りばめられ、見事な蒼玉が付いた首飾りだった。


「これが、陛下の寝台の近くに落ちていたそうだが、見覚えはあるか?」


 リネットは、細かく首を横に振った。今にも泣き出しそうになっている。


「こ、これは、失くなったのでございます。エマ様が外出中に紛失したと女官長様だって、女官たちだって知っております。エマ様は王太子殿下にご報告をされるところでしたが、女官長様が調査をしてからとおっしゃってできなかったのですわ。女官長様にもどうか、聞いてみてくださいませ」


「女、聞かれたことに答えよ。これは、誰の物だ?」


 鋭い眼光のロイドを見て、リネットは怯えたように両手を胸元でぎゅっと握った。見知った顔だからといって、慣れ合う気はないようだ。リネットは、視線を下に向けた。


「エマ様の物でございます。王太子殿下からいただいたものです」


「なんと! そなたが毒を盛ったというのか!」


 王妃が椅子を倒して立ち上がり、今にもエマに掴みかかろうとしたが、とっさにレオンが背にエマを隠した。王妃を止めたのは、ブレイン公だった。エマは、あまりの恐ろしさに身がすくむ思いで、庇ってくれたレオンの服を握りしめた。


「ロイド、紛失の時期など女官長たちにも話を聞くことにするが、それは後でも良い。エマは、夜会の間中私と一緒にいたのだ。そのような時間はなかったはずだ。疑う必要はない」


「かしこまりました」


 ほっとして、ため息が溢れた。リネットも同じようで、胸をなで下ろしている。レオンが後ろに手を伸ばし、服を握りしめているエマの手を握りしめた。まるで、安心させるように。


「おや、義姉上は私がお声を掛けた時にはお一人でしたよ」


 信じられない言葉を発したのは、王妃を支えているブレイン公だった。自分の味方をしてくれるのだと思っていた公にエマは言葉が出ない。


「私たちが離れたのは、ほんのわずかな時間だ」


「義姉上は先日何やら毒物について話しておられましたよね」


 その言葉に周りの空気が変わったのが分かった。皆がエマを痛いほど注視している。信じられない者を見るような目や、疑惑の色を浮かべた目。このままでは、犯人にされてしまうのではないか。第一、エマたちが毒を盛られたのだ。


「ち、違いますわ。王妃様からいただいたお茶に毒が入っていたのですわ」


「エマ!」


 厳しいレオンの声に我に返った。駄目だ。これでは、王妃を疑っているようではないか。


「何を申す。そのようないいがかり、無礼ではないか!」


 王妃がエマを睨みつけた。真っ青な顔で、目だけがぎらぎらと光っている。


「陛下、失礼しました。あまりのことに妻も混乱しているようです」


「いや、許せぬ。この娘、一度調べよ」


「非礼はお詫びいたしますが、妻ではございません。いくら一人の時間があったとしても、わずかな時間でそのようなことをするのは不可能です」


「そなたが出来ぬというのなら、私が調べるまでじゃ。衛兵、この娘を捕らえよ」


 衛兵たちは反応できずにいる。彼らはロイドの部下で、しいてはレオンの部下である。その主人のレオンが反対しているので、顔色を伺うだけで動けずにいたのだ。


「陛下、まずは門番をしていた者に話を聞きましょう」


 ブレイン公は王妃をなだめるように、にっこりと笑った。公は、王妃の味方のように思える。王妃も信頼するように頷いた。


「門番をしていた者を呼んでくれ」


 ブレイン公が声をかけた。近くの衛兵が敬礼をして、門番を呼びに行った。それを見て、ロイドが、参ったという風に顔を手で覆ったのを、エマは視界の端でとらえた。それが何を意味するのか分からなかった。ただただ、嫌な予感しかしない。


「あなたは黙っておれ。じきに疑いなど晴れる」


 レオンがエマの耳元で囁いた。自分の言葉で墓穴を掘っている自覚はあったので、エマも頷いた。間もなく、門番らしき男がやってきて、頭を下げた。


「女官が出て行ってから、誰か出入りはあったのか?」


 レオンか問う。門番は、はい、と答える。


「王太子妃殿下がお越しになられました。もちろん、すぐにお通しいたしました。妃殿下がお帰りになられてから女官が来るまでは、誰も来ておりません」


「ひ、人違いですわ! 私は、ずっと広間におりましたわ!」


 エマは思わず叫んだ。そんなはずはない。この門番は誰かと間違えているのではないか。


「門番。妃殿下は人違いだと申しておられる。お前の勘違いではないのか?」


 ロイドが門番に問う。門番は表情を変えずに返答した。


「いいえ。間違いなく妃殿下でした。自分がお通ししたのは、目の前におられる王太子妃殿下です」


「嘘よ、嘘だわ。彼は嘘をついているわ」


 皆の視線を痛いほど感じる。まるで部屋の空気までもが、エマが犯人だと言っているようだ。


「殿下、本当に私ではありません! 信じてくださいませ!」


 レオンに懇願するが、困惑したように目を見開いてエマを凝視していた。自分の言葉が虚しく通り過ぎていくようだ。何と言えば、自分が犯人でないと信じてもらえるのか分からない。


「この娘を捕らえよ」


 王妃が指をさして命令をした。衛兵が命令に従い、エマを捕らえようと腰に差した剣を抜いた。エマは、恐ろしさに身を固くした。


「待て!」


 レオンが叫ぶと、衛兵の動きが止まった。


「捕らえるのは不要だ。私が調べることとする」


「殿下! 庇い立てするのはあなたの身にならぬぞ。早う、この娘を捕らえるのじゃ」


 動き出そうとする衛兵たちを、レオンは横目で押さえつけるように睨みつけた。


「庇うわけではありません。私が調べるのであれば、近くに置いている方が都合が良いだけです。第一、私が妻と離れた時間はほんのわずかな時間だと言っております。その門番と、王太子である私の言葉は、どちらが信頼があるか。調べればすぐにはっきりとするでしょう。陛下にはお約束致す。王太子の名の下に、そして次期国王として、犯人を見つけ出しましょう」


 え? とエマは思わず声が出た。めちゃくちゃな言い分ではないのだろうか。自分の置かれている状況を一瞬忘れるほどだ。次期国王という肩書きを出され、王妃も言葉に詰まっている。小さな咳払いがして目を向けたら、ロイドが拳を口に当てており、その唇は弧を描いていた。どうやら、笑っているのをごまかしているようだ。


「ロイド、エマを連れて行け」


 誰か何か言い出さぬ前に、とでも言うようにロイドは「是」の返事をして、すばやくエマを退室させようと促した。レオンは力技で皆を黙らせてしまったようだ。エマは皆の白い目から逃れられると思ったら、ほっとして吐息を吐いた。


「兄上、あなたらしくないのではないですか?」


 ブレイン公は、エマの退路を断つように扉の前に立った。


「そんな公平さを欠くようなことをして、皆が納得するでしょうか。いま、一番怪しいのは義姉上だ。こう言っては何ですが、義姉上が犯人ということになれば、あなたにだって疑惑の目は向くでしょう。義姉上を使ってあなたが父上を殺めたということだって、無いとは言い切れなくなる」


「無礼だ」


「これは、失礼しました。しかし、王太子が妻を使って国王を殺めて、それを隠すために強引に連れ帰った。などと噂がされれば、国が荒れる元です。権力を使って事件を握りつぶした、など外聞が悪すぎるのでは? 変な前例を作っては良く無いでしょう」


 ブレイン公はレオンに歩み寄り、彼にしか聞こえ無いように、そっと小声で囁く。レオンは、ブレイン公を見据えたまま表情に変化はなかった。しばし、逡巡したのち、決断したように髪をかきあげた。発せられた言葉にエマは驚愕した。


「エマを王宮の一室で監視する事とする」


 ロイドが驚いてレオンを見るが、レオンの表情にはもう迷いは無いようだった。ブレイン公の顔にもなんの感情も浮かんでいない。エマは不思議だった。ちっとも似ていない兄弟なのに、こう見ると奇妙な事によく似ている。ブレイン公がレオンに囁いた言葉は、エマには漏れ聞こえており、信じられない思いだ。囁いたブレイン公にも、その言葉で幽閉を決断したレオンにも。



ーーあなただって、彼女を疑っているのでしょう。

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