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氷の王子  作者: 白石美里
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夜会 1

 国王陛下の名前で開かれる夜会は、王宮での定例行事のようなものだ。近隣諸国より、ひとつ頭が抜き出る国力を示すように豪華なものである。ビュッフェスタイルで並べられた料理も、内陸地だというのに魚介類、肉類とふんだんに揃えられている。しかし、病気がささやかれる国王は、始まりに顔を出したきり戻ってはこない。代わりに王妃がにこやかに皆をもてなしているが、国王の件は誰も尋ねる事はできずにいた。


 エマもレオンにエスコートされて、王妃に挨拶をした。隣に立つしっかりとした体躯のレオンが正装していると、大人の色香が醸し出されるよう。エマは、ちらちらとレオンを見ている着飾った女性たちの視線が気になって仕方がない。また、きらびやかで豊満な女性たちと比べると、自分のまな板のような薄っぺらい体が恥ずかしくなる。エマは自分が着ている薄桃色のドレスが余計に子供っぽく見せているのではないかと、ため息を吐きたくなったが、王妃の前ではそれを飲み込んだ。


「おお、これはまるで人形のようじゃな」


 扇子を口元に当てて、王妃は二人を見て微笑んだ。


「正しくですな。お可愛らしい。殿下が、大切になされておるのも分かりますな」


 横にいた大臣が王妃の言葉を受けて、うんうんと頷きながら言った。


「恐れ入ります」


 レオンが二人に返事をした。その言葉に倣って、エマも頭を下げた。そして、意を決して、自分の両手に力を込めた。


「先日のお茶会は楽しゅうございましたわ。いただいたお茶を……」


「お土産までいただいてありがとうございました。私も一緒にいただきました」


 レオンがエマの言葉を遮った。


「まあ、仲が良いこと。殿下にも気に入ってもらえたなら、また贈らせよう」


 王妃は笑顔で答える。まるで後ろ暗いことなどない様子だ。やはり、お茶に毒を混入させたのは王妃ではないのかもしれない、とエマは感じた。


「ありがとうございます」


 再び、頭を下げて王妃の前から辞した。

 力強くエマの肩を抱くレオンは、エマを人気の少ないバルコニーまで連れ出した。そして、レオンはエマに顔を近づけると、耳元で囁く。


「全く、王妃に何を言うつもりだったんだ」


 レオンの声は呆れていた。


「だって……。せっかく陛下と話せる機会だったのですもの……」


 エマの言葉は尻窄みになり、最後は聞き取れないほど小さくなってしまった。それも、レオンが冷たく睨むからだ。


「確信もないのに、滅多なことを言うものではない。逆に危なくなるのはあなたの身だ」


 是、としか言えないような瞳の強さで見つめられ、エマは頷くしかない。それを見て、レオンは安堵した様子を見せた。やはり、ちょっと考えなしだったかもしれないと、エマも思った。


「では、私はもう少し、所用がある。あなたはしばらく楽しんでいるといい」


 そう言うとレオンはしなやかに身を翻して人の輪の中へ戻って行ってしまった。おいてきぼりにされたようなエマは、楽めと言われても、どうしたらよいのか困ってしまう。一度輪を抜けてしまうと、もう一度戻るのには勇気がいることだ。しかも、エマには見知った顔があるわけでもない。


『信じられない! まるで子供じゃない』


『あんな子供の相手をしなきゃならないなんて、殿下がお可哀そうだわ』


 驚いたような、面白がるような悪意の感じる女性の声だった。先ほどレオンと一緒に王妃に挨拶をしに行くときに、後ろの方から聞こえてきた。あの美しく着飾った女性たちのうちの誰かが言ったのかもしれない。皆、大人の女性で、エマはあまりにも子供だった。あんな女性たちと比べられたら、敵わない。


「私だって分かっているわ……」


 エマは呟く。しかし、自分で分かっていても、人に言われるとダメージが大きい。棘のように刺さり、なかなか抜けてくれない。ため息を吐くと、人の輪から視線を外し、庭園へ目を向けて夜風に体を任せた。このまま、ここで時間が経つのをそっと待とうかしら、なんて頭を掠めるが、それでは王太子妃らしい振る舞いとは言えないではないか。


 美しく刈り込まれてた庭園は昼間ならさぞ見事な眺めだろうが、明かりが広間の光が漏れているだけで薄暗いため、残念ながら鑑賞は出来なかった。ただ、薄暗さが功を奏して恋人たちの逢いびき場所になっているため、むやみに近づかないようにと女官長には釘を刺されていた。


「あのような場所で殿方と逢いびきをしているような女性は、まともとは言えませんわ。妃殿下は誤解を避けるためにも、決して近寄ったりなされませぬように」


 汚らわしい! とでも言うように女官長は苦々しい顔をしていた。真面目な彼女からすれば信じられないことなのだろうと、エマは思った。そんなことを思い返していると、奥の方から女性が人目を気にしながら一人で歩いてきていた。逢いびき後かしら? なんて下世話なことを思いつつも、知らぬふりをしようとした。しかし、女性が目に入ると、エマは驚いて声が出そうになり両手で口元を押さえた。足音を立てないように歩いているほっそりとした女性はよく見知った者だった。広間の明かりが入る場所まで来たら、顔に浮いたそばかすまで見えた。


「エレン!」


 エマ付きの女官のエレンだった。エマは驚いて胸を押さえて、冷静になろうとした。しかし、考えてみれば、おかしくないことかもしれない。エレンだって年頃の女性だ。勤務中に逢瀬をしているのは褒められたことではないが、恋人がいても当然のことのようにエマには思えた。


「あ、相手はどんな方なのかしら?」


 でも、自分が首をつっこんでもダメよね……なんて考えているうちにエレンはいなくなってしまった。人の秘密を知ってしまったようで、エマはドキドキしている。



「義姉上」


 急にかけられた声に、外に意識を集中していたエマは思わず声を上げてしまった。


「おっと、これは失礼。驚かせてしまったようですね」


 振り向いたら、驚いた様子のブレイン公が立っていた。レオン同様正装した公は輝くような美しさだった。

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