レオンとガイ
「なぜ、王妃のところへいったのだ?」
王太子宮へ戻る馬車の中で、レオンは不機嫌さを隠しもしないでいた。同乗したリネットや女官長がはらはらとした様子で二人を見守っている。エマは、恐る恐る先ほどブレイン公にした話をレオンにした。
「まったく、信じられないな」
レオンは呆れたように首を振って、腕を組んだ。
「そこに都合よく、ガイが現れたのか……」
まっすぐに前を見つめて、レオンは虚空を睨む。先ほどのブレイン公の言葉を思い出しているのか。どちらにしろ、エマに尋ねることはできなかった。
「第一、私がそなたの部屋も調べると言っただろう。そこで何も出てこなければ、皆それで納得する」
「でも、不信感は残ります。私は、潔白を証明したかったのですわ」
「私が何もないといえば、それが真実となる」
エマは首を横に振る。そういうことではないのだ。やってもいないことで不信感を持たれたくないのだ。納得できないエマを見て、レオンは眉根を寄せた。
「エマ。人の心は自由にはできぬ」
レオンの言うことが正しいことはわかる。しかし、エマは気持ちがついていかない。腹の底で何を思っているかわからない人間と接するのは怖いのだ。
「少なくとも、私は、あなただとは思っていない。むしろ、あなたが毒を飲まずにすんでほっとしている。それだけでは、不満か?」
エマが信じられない思いでレオンを見ると、不機嫌そうなままの表情だった。レオンは両手でエマの頬を包み込み、涙の跡を親指で辿る。
「殿下……?」
「まったく、ガイなどに涙を見せおって」
金の髪がエマの頬にかかり、憮然としたままのレオンの顔が近づいてくる。唇が降りてくるのを、寸前でレオンの胸を両手で押さえ阻止した。
「で、殿下。お待ちくださいっ。皆がいますわっ」
エマが焦っていると、女官長はわざとらしく素知らぬふりをして、明後日の方向を見ている。反対にリネットは、興味津々といった風だ。
「エマ、皆の噂を知っているか? 私は、感情がない、氷の王子と呼ばれているそうだ。だから、見られておっても気にはならぬ」
にやりとエマに向かって微笑み、押さえていたエマの手を軽々と外してしまう。
「あなたも、あきらめよ」
かぶりつくようにエマの唇を塞いだ。瞬間、リネットたちの息を飲む音が聞こえた気がする。エマは恥ずかしくてしょうがないが、レオンは本当に気にならないようだ。口付けながら、エマの涙の跡を拭うように何度も指が頬をなぞる。角度を変えて、何度も唇を押し付けられ、次第にあきらめたエマも、レオンの広い背中に腕を回した。
「今度こそ、供も連れず勝手に部屋を出ないように」
エマを部屋まで送ってくれたレオンは、そう釘を刺すといなくなってしまった。事後処理が残っているのだろう。そんな忙しい中、探させてしまったのかと、エマは申し訳ない気持ちになった。
部屋に入ると、エレンが待っており、エマの顔を見てほっとした表情を見せた。
「ご無事でようございました。私、妃殿下が飛び出して行かれたと聞いて、いてもたってもいられない気持ちでしたわ」
「心配をかけました」
目まぐるしい一日だった。ここ数日悩んでいたこともあるが、安堵したせいか、どっと疲れを感じる。早く休みたかった。
「お疲れでしょう。すぐにお湯の用意をいたしますわ」
「ええ、お願い」
エマは全体重を預けるように、椅子に腰掛けた。はしたないと怒られそうだが、今日ぐらいはいいだろう。リネットが足置きを持ってきてくれる。
「妃殿下、お疲れのところ申し訳ないですが、少々お耳に入れていただきたき事がございます」
女官長がエマをじっと見据えている。しかし、もうエマは女官長と話をする気分ではなかった。
「今日は疲れたわ。明日ではダメなの?」
「ブレイン公と殿下のご関係についてでございます。妃殿下にも知っておいていただきたいことがございます」
知る必要がないと言った癖に……と唇を尖らせてしまうが、なぜ話をする気になったのかは分からなが、エマにとっては知りたい話だった。
「ならば、聞きましょう」
なぜかしばし、女官長は迷うように目を泳がせたのち、喋り出した。
「殿下と公は、ご兄弟ですが、あまり良い関係ではございません。ですので、その公と妃殿下が親しくなされるのは、皆がよい感情を抱きません。私が思いを図るのは恐れ多いことですが、おそらく殿下もそうでございましょう」
「良い関係ではない……でも、本当のご兄弟でしょう?」
エマには分からなかった。故国の自分の兄弟たちはとても仲が良かった。もちろん、時には喧嘩をすることもあったが……。
「今回の犯人候補で一番濃厚なのが、ブレイン公だと私は思っております。こう言ったら、ご理解いただけますでしょうか」
なんてこと。エマは驚きに椅子から勢いよく立ち上がった。
「そんな実の弟が兄に毒を盛るなんて!」
「お静かに! 誰かに聞かれると事でございます。それに、あくまで可能性の話でございます。しかし、極めて濃厚、とだけ申しておきます」




