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氷の王子  作者: 白石美里
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お茶会 4

 王妃のお茶会に呼ばれたのは、エマだけのようだった。通された王妃の居間は、普段生活するプライベートな空間。そこには、王妃のお気に入りと思われる女官が数人と給仕をする侍女、というごく少数しかいなかった。

 王妃と国王は年齢が随分離れており、娘といってもおかしくないほどだ。エマは、自分の記憶を手繰り寄せる。たしか、王妃はラナティアの有力貴族の娘だったと故国で習ったはずだ。国王はレオンの母と死別後、再婚している。

 エマの向かいに座る王妃オレリアはけむるような色香を放っていた。口元の黒子や、つい目が追ってしまう豊かな胸元。同性とはいえ、エマはどぎまぎと緊張してしまう。


「ラナティアはどうじゃ? 良い国であろう」


「はい。素晴らしい国で、1日も早くこちらの国に慣れたいと思っておりますわ」


 そうか、と王妃は満足そうに微笑んだ。下を向けば、長い睫毛が頬に影を落とす。そんな王妃と対峙しながら、エマは緊張してカップを持ち上げた。カップのお茶は、すっとするような変わった香りがしいる。ラナティア王国特有のお茶なのかしら、と緊張しながら口をつけた。


「あ、美味しいですわ」


 くせのある香りをしているが、味わいはすっきりとしたものだった。


「そうであろう。これは、私のために調合させた特別なものじゃ。気に入ったなら持って帰るがよい」


「ありがとうございます」


 エマはにっこりと微笑んで礼を言った。どうやら歓迎されているとまではいかないにしても、嫌われているようではないらしい。ほっとして、もう一口お茶を含んだ。


「ところで、王宮では、そなたが来てからの王太子の変わりように、皆が噂しておるわ」


 可笑しそうに扇を口元にやる。


「氷の王子が夢中になっておるという姫君に、我も会うてみたかったのじゃ。なるほど、たしかに美しい姫じゃ」


 面白がっているような王妃に見つめられ、エマは恥ずかしくなり、指をもじもじと動かした。そして、王妃が小声で漏らした声もしっかり聞こえてしまった。王太子が少女趣味だったとはな、と感嘆した風だ。ますます赤くなる顔がエマは止められない。王妃の本音だろうと思うと、がっくりと肩を落としてしまった。


「まあ、なんにせよ、明るい話題は良いことじゃ。陛下が床に着かれてからは、王宮は火が消えたようになっておってな」


 眉を下げて、寂しそうに王妃は微笑んだ。


「そういえば、先ほどブレイン公にお会いしましたわ。陛下のお見舞いに行かれたそうで……」


「おお、公はまた来てくれておったのか。陛下が早くお元気になられるとよいのだが……」


 王妃は柔らかく微笑み、カップに口をつける。エマはなんて言ったらよいのか分からず、是の意味で頷いた。王妃は心から陛下を案じているようで、早く良くなってもらいたいとエマも思った。

 ブレイン公と言えば、先ほどから気になっていることがある。


「そういえば、ブレイン公と王太子殿下はあまり似ていらっしゃらないのですね」


 彫刻のようで作られたような顔立ちのレオンと、エキゾチックなくせのあるブレイン公。どちらも一度見たら忘れられないような美貌を持っているが、受ける印象はまるで違う。太陽と月のようだ。


「そうじゃな。王太子は、陛下の若い頃に生き写しのようじゃ。見事な金色の髪に、碧い瞳。立ち振る舞いなどもよう似ておる。時折、王宮に長く勤めるものははっとさせられるようじゃ」


 王妃も若い頃の国王を思い出すかのように目を細めた。


「公の方は、亡き母君によう似ておる。ケアード国の特徴が色濃く出ておるようじゃな」


 父親にそっくりな兄と母親にそっくりな弟。エマはそうだったのかと、納得して頷く。


「あの二人が協力してこの国を治めて行ってくれたら、これ以上喜ばしいことはないのだがな」


「はい、きっとそうなさって行かれることと思いますわ」


 いつも冷静なレオンと、先ほどのブレイン公の穏やかな眼差しを思い浮かべる。きっと二人で手を携えて国を治めていってくれるに違いない。それはとても素晴らしいことのようにエマには思えた。


「そうだな。きっとそれを陛下もお望みじゃ」


 そう言った王妃の顔はなぜか寂しげに見えた。それ以上、エマには聞くことはできなかったので、その後はたわいもない話をして、王妃の居間を後にした。しかし、その顔が印象に残り頭から離れなかった。




「よく探しなさい。このようなことあってはならぬことです」


 エマが自室に戻ると、女官たちが慌ただしく動き回っており、何やら探し物をしているようだった。部屋中の物をひっくり反しているようで騒然としている。


「何の騒ぎですか?」


 騒ぎを見て女官長が声を上げると、それでエマが戻って来たことに気づいたらしく、皆が頭を下げた。それほどに熱中して探していたようだ。


「もう、いいわ。それで、何を探しているの?」


 頭を上げるように手振りで示して、女官たちに尋ねたが、彼女たちは目を見合わせて話すのを躊躇っているようだ。


「あなたたち、何を隠しているのです。はっきりと言いなさい」


 女官長が怒りを含んだ声を出すと、彼女たちは身を竦ませた。だが、すぐに床に手をついて頭を下げ、泣き出した。


「申し訳ございません。妃殿下の首飾りが見当たらないのでございます。お出かけになられた後に、掃除をしようと思いまして部屋に入って気づいたのでございます」


「首飾り……何ということでしょう。ここはエマ様の私室でございますよ。そこで物が無くなるなんて……」


 リネットは信じられないとでも言うように首を横に振り、エレンは驚きに目を見開いた。


「女官長さま、ここの警備はどうなっているのでしょうか? 物を盗む不届き者がいるということですか? それとも外部の者が侵入してきたということでしょうか? 今回は無くなったのは首飾りですが、もしエマ様の身に何かあったら、一大事でございます。これは、王太子殿下にすぐにご報告させていただきますわ!」


 踵を返して扉に向かうリネットの背に女官長が慌てて声をかけた。エレンはどうしたらよいのか分からないという表情でリネットと女官長を交互に見ている。


「お待ちください。一度こちらでも調査をさせてください」


 リネットの顔が怒りでますます赤くなる。


「なんということでしょう! 自分の保身のためですか? エマ様に何かあってからでは遅いのですよ!」


「それは重々承知しておりますが、王太子宮でこのようなことが起こったのは私の責任です。調べましたら、必ず王太子殿下にもご報告致します」


 そして、エマの方へ向き直り、女官長は頭を下げた。


「妃殿下、申し訳ございません」


 あまりのことに呆然としていたエマは、女官長の言葉で我に返った。自分の物が無くなるなんて、足元がぐらつくようなそら恐ろしさを感じる。このようなこと一度だってなかったことだ。誰かが悪意を自分に向けているということも、それが素知らぬふりをしてこの中にいるかもしれないということも、それともどこからか侵入してきたのかもしれないということも、エマの内臓を冷たくさせる。乾いた口を湿らせてから、平静を装って声を出した。


「無くなったのはどの首飾りかしら?」


 床に手をついていた女官は震える声を絞り出した。


「ちゅ、中央に、お、大きな蒼玉が付いている、真珠がちりばめられている物でございます。揃いで、耳飾りがございます」


 それだけ言うと、床に伏せて女官は泣き出した。リネットが悲鳴のような声をあげた。


「なんということでしょう! それは、先日王太子殿下からいただいた首飾りです」

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