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第88話:帝都との別れ


 オレたちウルド荷馬車隊が帝都を離れる日がやってきた。

 魔竜ナーガアグニを討ち取った激戦から、数日が経った朝である。


「ヤマトさま、荷の積み込みは完了しました」

「こっちも完了だぜ、兄ちゃん!」


 村長の孫娘リーシャや、村の子ども達から声があがる。 

 帝都の市場バザールで仕入れた品物の積み込みも完了して、いよいよ出発の時間となった。

 

 今回は村からはウルド産の高品質な革製品や、織物・焼き物などの工芸品を持って来ていた。

 帰りは逆に空になった荷馬車に、帝都で仕入れた香辛料・医薬品・鉱物などを満載して帰路につく。

 

 辺境であるウルドの村に貨幣経済はない。大きな街で稼いだ硬貨は、基本的に仕入れで使い切る。


「みんな、また帝都に遊びにきなよ」

「ウルドの子ども達がいなくなると、オバちゃんたちも寂しくなるわ」

「道中も気をつけるんだよ、みんな」


 出発前のウルド荷馬車には、市場バザールの他の売り子たちが群がり、別れを惜しんでいる。

 ウルドの幼い子ども達は朝から晩まで声を張り上げ、一生懸命に売り子に励んでいた。

 その健気な姿に帝都の市場バザールの誰もが、親しみをもってくれていたのだ。


 帝都にいる間は小難しい外交交渉に専念していたオレは、そんな帝都の人々の温かい心意気を感じる。

 どんな形態の国家でもあっても、住んでいる市民の姿はどこも同じなのであろう。


「じゃあ、オバちゃんたち、またね!」

「お土産、ありがとね!」


 そんなヒザン市民の温かい心に触れて、荷馬車隊の子ども達も別れを惜しむ。

 自分の家族の姿に、まだ幼い彼らは重ねているのかもしれない。満面の笑みで出発する荷馬車から手をふる。


「よし、城門へいくぞ」


 撤収作業と別れの挨拶が終わる。オレは出発の号令をかける。

 ここから向かうのは帝国軍専用の城門であった。



 ウルド荷馬車隊はヒザン帝国軍専用の城門へたどり着く。

 ここは普通の市民や行商人は近寄ることもできない専用の門。周囲には一般市民の姿はない。

 事前に用意してもらった許可証を見せる必要がある。


「ウラドおじ様、この度は本当にありがとうございました」

「イシスは愛娘まなむすめが同然。またいつでも帝都に遊びに来い」

「はい! ウラドおじ様」


 この軍事門を通る許可証を発行してくれたのは、帝国の老貴族ウラドであった。オルンの太守代理の少女イシスと別れを惜しんでいる

 イシスの実父と旧知の中であるウラドは、イシスのことを昔から可愛がっていた。


 ウラドには帝都に到着した当初から世話になっている。外交の根回しや巨竜討伐後の事後処理など、多方面にわたっていた。

 第一線を退いたとはいえ、有力貴族であるウラドの権力は健在。現役の軍人時代は厳しいと噂のウラドは、今は目にしわを寄せていた。


 そんな老貴族ウラドの先導で、城壁をくぐり抜けて街の外に出ていく。


「イシス殿とリーンハルト卿。そしてウルドの村の皆よ。このたびは本当に世話になったな」


 城門を出た人気のない場所で、皇子ロキが待ちかまえていた。

 一介の辺境の荷馬車隊を、帝国の皇子であるロキが見送りことは異例である。そこで、ひと気のないこの軍事門で見送ることになったのだ。


「ロキ殿下、こちらこそ。オルンとの友好条約の締結の件、本当にありがとうございました」

「イシス殿とリーンハルト卿には、帝都を救ってもらった恩がある。気にするな」


 ロキとイシスは別れを惜しみながら、今後の両国間の友好について語り合う。

 巨竜アグニを討伐した功績もあり、貿易都市オルンとヒザン帝国は友好条約を結んだ。しかも対等な立場での平等な友好条約を。


 これは両国間の国力差を考えたら、破格の好条件であった。

 それほどまでに帝都を救ってもらったことを、皇子ロキは感謝していた。

 今回の帝国での騒動でオレたちが汗をかいた甲斐が、これで実ったのだ。


「そして、ウルドのヤマト殿……貴殿にも本当に世話になった」


 皇子ロキは最後にオレの挨拶にきた。

 これはヒザン帝国式の別れの順番からでいえば、最上級の敬意の証である。一介の平民である身分の自分に対しては、まさに破格の扱いであった。


「気にするな。たいしたことではない」


 感謝を述べてきたロキに対して、オレは答える。

 自分が成果をだしたことは、バレス探索隊を救助しに向かったことだと。

 他の霊獣を倒したことは、身に降りかかった火の粉を払った結果だと説明する。


「そうか……そして、我が帝国の爵位も本当にいらぬのか、ヤマトよ?」

「ああ、ロキ。オレはただの村人であり交易商人だ。それ以上でも以下でもない」


 帝都を滅亡の危機からを救った功績で、オレにはヒザン帝国の爵位と勲章が与えられる予定だった。多くの謝礼金や財宝と共に。


 だがオレは辞退していた。

 そんな手間や財源があるのなら、奮戦をした真紅クリムゾン騎士団の連中に恩賞を与えてやれと。

 そして巨竜に果敢に挑み戦死した騎士たち、その家族への補償金を増やしてやれと断ったのだ。


「本当に欲のない男だな、ヤマトよ」

「土産なら荷馬車にいただいた。それで十分だ」


 苦笑いをする皇子ロキに答える。

 土産はウルド荷馬車隊に、すでに積み込んでいた。

 それは黒狼フレキ級の霊獣、そして魔人バアル級と魔竜ナーガ級アグニの残した素材である。


(霊獣の素材か。かなりの量になったな……)


 黒狼フレキ級のコア硬皮こうひ魔人バアル級の羊角や大鎌。

 そして何より多かったのは魔竜ナーガ級の素材であった。

 竜牙ドラゴン・トゥース竜鱗ドラゴン・スケイル竜爪ドラゴン・ファング・竜ヒゲ、そして巨大なメインコアの数々だ。

 これらはメインコアを破壊する前に、本体から斬り裂いた部位だった。


(おそらく事前に切断した部位は風化せずに、素材として現世に残る法則なのであろうな……)

 

 もちろんヒザン帝国とオルンの取り分も残してあった。

 この大陸の習わしでは倒した霊獣の素材は、止めを刺した者に与えられる。

 勇敢な帝国の騎士たちに、オレは心から敬意を表していたのだ。


(霊獣の素材は希少価値が高いと聞く。そういった意味で独占も危険だな……)


 とにかく得た素材を元に、新たなる農機具や道具の開発をするのが今から楽しみである。

 だが山穴族であるガトンは乗り物にめっぽう。荷馬車で帰郷しても、しばらくは使いものにならないであろう。


「それなら有難く、部下たちの恩賞に回させてもらおう」

「ああ。そういえば、シルドリアとバレスは元気にしているか」


 最後の別れ際にロキに尋ねる。

 あの二人の姿を、今日はまだ見ていない。目立ちたがり屋な二人にしては珍しいことだった。


「今日は見ていないな。霊獣討伐の怪我は、動けるまで治っていたはずだが……」

 

 同じ帝国軍に所属するロキも知らないという。

 ウルド荷馬車隊が出発する日時を、あの二人は知っていたはずだ。


 それにもかかわらず姿を見せないのには、なにか訳があるのであろう。あまり気にしないでおく。


 そんな会話をしている内に、いよいよ帝都を離れる時間となる。


「世話になったな、ロキ」

「ウルドのヤマト、貴殿は……いや、何でもない。当国こそ世話になった。なにか困ったことがあれば、いつでも文をよこせ」


 皇子ロキは何かを言いたそうにしていた。

 だが言葉を飲み込み、別れの挨拶をしてくる。

 第三皇子とは巨大国家であるヒザン帝国の皇族の一族。うかつな言葉は発せられないであろう。


「ああ、そうする」


 こうしてオレたちウルド荷馬車隊は帝都の城門を離れ、帰路の旅路へとつくのであった。



 帝都を離れ、西に向かう街道を少し進む。


「ヤマトの兄さま、前方に軍がいます……」


 先行偵察をして戻ってきた、ハン族の少女クランから報告がある。


 街道を少し進んだ先に完全武装の騎士団が、オレたちを待ち構えていたのだ。


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